新国立劇場 「ドン・ジョヴァンニ」 | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。




20141022日(水)14時 新国立劇場オペラパレス
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:「ドン・ジョヴァンニ」


2008年、2012年に続く新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」。2012年は世界最高のドン・ジョヴァンニ役マリウシュ・クヴィエチェンひとりが際立つ舞台だったが、今回は歌手全員のレベルが粒ぞろいであり、ソロだけではなく重唱でのアンサンブルも聴きものだった。加えて152作品ものオペラのレパートリーを持つ実力者ヴァイケルトの指揮が的確で音楽の運びが自然でよどみがない。歌手やオーケストラへの指示は明確ではたから見ていても非常にわかりやすい。あの指揮なら歌手は歌いやすく、オーケストラは弾きやすいだろう。ヴァイケルトのリードのもと、舞台からは和気藹々とした雰囲気とチームワークの良さが感じられ、総合的には前回をしのぐ公演になっていた。

なお、当日は冷たい雨が降る中気温が低かったのか、会場内も寒く感じられ、オペラ開始後しばらくの間いま一つ演奏が盛り上がらなかったが、第1幕第7場の農民たちの踊りと合唱の場面あたりから雰囲気が温まり出し、以後終幕に向かって熱気を帯びていった。


歌手陣は全てよかったが、中でもドンナ・アンナ役のカルメラ・レミージョとドン・オッターヴィオ役のパオロ・ファナーレが目を惹いた。

1幕ジョヴァンニが立ち去ったあと、父を殺した犯人だと気づいて歌うアンナのレチタティーヴォとアリア「ドン・オッターヴィオ私、死にそう!」の決然としたレミージョの歌いぶりは存在感がある。続くオッターヴィオのアリア「彼女の心のやすらぎこそが」でのファナーレの美しく繊細な歌いぶりは清潔感があり素晴らしい。その素晴らしさは第2幕の苦悩するアンナへの心遣いを歌った「まずは私の大切な人を」でさらに発揮された。テノールにとって難しいこのアリアを力むことなく滑らかに細やかに歌うファナーレはまだ若く先が楽しみだ。

アドリアン・エレートはいかにも人柄が良さそうで、ドン・ジョヴァンニとしてのあくの強さはクヴィエチェンほどではないが、騎士としての品格が感じられる。柔らかな歌い方により、ジョヴァンニの弱くもろい面もみせることになり、性格表現が深くなった。

ほかの歌手もよい。アガ・ミコライは前回アンナ役だったが、エルヴィーラ役も合っており、ジョヴァンニに対する愛憎相半ばする女心を見事に表現していた。歌唱も力強い。

レポレッロのマルコ・ヴィンコは声が少し小さめに聞こえたが、軽妙な演技が役にぴったりとはまっていた。

新国立劇場の研修所公演から本公演に初登場というツェルリーナ役の鷲尾麻衣が海外の歌手と較べてもそん色のない落ち着いた堂々とした歌唱と演技を披露したことはうれしい。


歌手ひとりひとりの歌唱だけではなく、重唱のアンサンブルの良さは今回特筆すべきことで、それはたとえば第1幕フィナーレで舞踏会に招待されたアンナ、オッターヴィオ、エルヴィーラが歌う三重唱「公正なる天よ、お守りください」の音程の正確さとハーモニーの美しさに端的に表れていた。


グリシャ・アサガロフの演出は奇を衒うことのないおなじみのもので、すっかり定着している。

ツェルリーナのアリア「ぶって、ぶって、大好きなマゼット」のバックで弾くチェロのソロはもうひとつだったが、ヴァイケルトの指揮のもと東フィルも安定した演奏ぶり。またチェンバロの石野真穂が臨機応変の演奏で、カーテンコールでも歌手陣から拍手を浴びていた。


指 揮:ラルフ・ヴァイケルト
演 出:グリシャ・アサガロフ
美術・衣裳:ルイジ・ペーレゴ
照 明:マーティン・ゲップハルト

ドン・ジョヴァンニ:アドリアン・エレート
騎士長:妻屋秀和
レポレッロ:マルコ・ヴィンコ
ドンナ・アンナ:カルメラ・レミージョ
ドン・オッターヴィオ:パオロ・ファナーレ
ドンナ・エルヴィーラ:アガ・ミコライ
マゼット:町英和
ツェルリーナ:鷲尾麻衣

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

チェンバロ:石野真穂


撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場撮影