ミシェル・ダルベルト ピアノ・リサイタル(来日30周年記念) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。




1016日(木)19時 紀尾井ホール

スキーやスキューバダイビングを趣味としているというミシェル・ダルベルトは決して大きくはない体格だが、鍛えられた身体を駆使して、ノミで彫刻を刻むようにピアノから筋肉質で力強い音を抉り出す。この音でなければ作曲家の作品に込めた思いは伝わらないという情熱と衝動がダルベルトの演奏から伝わってくる。ピアノはファツィオリを使用していたが、この楽器の持つ明るく豊かな響きで歌い上げるようなイメージとは違う重量級の芯のある音が続いた。


ベートーヴェンの月光ソナタ。第1楽章の三連符の主題は微妙に揺れ、その下で左手の重厚な和音が深く沈み込むように響く。第2楽章のアレグレットは遅いテンポで重々しく、軽快さとは程遠い。第3楽章は嵐の吹きすさぶ中、髪を乱したベートーヴェンが英雄的に雄々しく屹立している光景が浮かんでくる。これぞベートーヴェンという激しさ。早くもブラヴォが飛ぶ。


シューベルトはふだん我々が聴く歌謡的で抒情的な演奏とは違うスケールの大きな音楽になっていた。

「楽興の時」からの4曲では第5番の激しさはまるでベートーヴェンのようでもある。第1番中間部の深み、第3番の素朴さ、第6番の祈りからはシューベルトの純粋さと孤独も表現される。


4つの即興曲」D935からの2曲。まず第3番の「ロザムンデ」の主題は独特のリズムとイントネーションがあり、何かを語りかけてくる。5つの変奏も個性的だ。第1変奏の高音部も歌うより語る。語るという点では第2変奏のシンコペーションは味わいと深みが増す。第3変奏は重い。第5変奏の美しい真珠のような6連符はひとときの憩いのように感じる。

4番も男性的で雄大。ローラーコースターのように上下する中間部の粒立ちのはっきりとした音は美しいだけではなく力強さを持っている。滝つぼになだれ落ちる奔流のような一気に駆け降りるコーダに圧倒される。


後半の1曲目ラヴェルの「ソナチネ」はドライな表現。都会的で突き放すように醒めているがその奥に秘めた情熱が感じられる。

フォーレを敬愛しているというミシェル・ダルベルトだが、即興曲第3番ではあこがれに満ちた中にエネルギーがみなぎる。フォーレの傑作、ノクターン第6番は隈取がはっきりとした力強さがある。


最後のショパンの「ピアノ・ソナタ第3番」はダルベルトのこの日の演奏の総括のように、全てが力強く英雄的に堂々と弾かれた。第1楽章アレグロ・マエストーソの雄々しい開始、苦悩を突き破るように現れるカンタービレの第2主題は苦味もある。第2楽章スケルツォも優雅軽快というよりも激情が強い。そして第3楽章ラルゴの開始の重々しさ。通常甘く語られる中間部も深く沈潜する。そして第4楽章フィナーレの爆発。まさにベートーヴェンの熱情ソナタに匹敵する激しさ。圧倒的な力でコンサートを終わらせたダルベルトはブラヴォが叫ばれる中、アンコールを3曲弾いた。

ここで初めてダルベルトは集中と緊張から解放されたかのようにリラックスし、ラヴェルの「夜のガスパール」から「オンディーヌ」をみずみずしく輝くように弾き、ショパンの前奏曲嬰ハ短調作品45をしみじみと聞かせた。最後はシューベルトの「クッペルウィーザー・ワルツ」でユーモラスに締めた。