前回の記事で書きましたが、今日の話題は「生命の木」です。
私は元々、占いにもタロットにもスピリチュアル方面にも関心がなかったので、生命の木って「新世紀エヴァンゲリオン」のOPに出てくるあの?・・くらいの認識しかありませんでした。(^_^;)
(一番最初に出てくる木みたいなのは「鋼の錬金術師」にも出てきたけど形が違うのでよく分かりませんが、2番目に出てくる図です。)
初心者向けにものすごく分かりやすくかみ砕いてもらった動画を、ちょこっと見ただけなので、私が書くのもおこがましいんですけれど。(´Д`ι)アセアセ
でも、よく知らないし・・と言ってると書けることがなくなっちゃうので(汗)、思ったことを書いてみます。
タロットリーディングで、「月」のカードの時によく、
「分かんないけど、分かんないなりに可能性含む」って言葉が先生から出てきて・・・。
最初「ふーん??」って思いながら聞いてたんですけど。
生命の木には「分かるライン」と「分かんないライン」があって、
前回書いた私の苦手な「運命の車輪」のカードは、分かんないラインにあります。
そして、そのもっと上の方には「愚者」があるんです。
それを聞いて浮かんできたのが、
「愚者の旅」という言葉と、
昔買った「夢をかなえるゾウ」という本のことでした。
「愚者の旅」っていうのは、タロット習い始めてすぐ聞いた言葉です。
タロット大アルカナは、「愚者」が0のなーんにもないところから、1番「魔術師」でポンっとこの世界に飛び込んできて、「世界」のゴールにいたるまで、いろんな経験する物語なのだ、という意味です。
途中、女帝みたいに甘えたり、皇帝みたいに頑張ったり、戦車みたいに挑戦したり、死んだり、吊るされたりして、それらが全部全部集まって、意味を持つ瞬間(太陽、審判、世界)までの物語。
『夢をかなえるゾウ』は、15年くらい前にベストセラーになった本です。
その中にガネーシャという、関西弁のゾウの神様が出てきて言うんです。
「世界を楽しんでや。心ゆくまで」
(水野敬也 著『夢をかなえるゾウ』より)
って。
その時、神様っていうのがもしいたら、こういうこと考えるのかなあ?って、ちょっと思ったんです。
この本のガネーシャは、世界を作った側の立場ですから。
この地球とか狭い範囲じゃなくて、大宇宙の歯車を回してるような、
タロット21番「世界」のフォルトゥーナみたいな存在が、もしいると仮定したら。
例えば、いろんな体験できるアトラクションいっぱい入った遊園地を作った側だったとしたら、「さあ、みんな、楽しんでね」って思うのかもしれない。
「だから経験を怖がらないで」
「だってそのために来たんだから」
って、「愚者」は言うのかもしれません。
何しろ彼は物語の主役で、経験を探し求めているそうなのです。
「ワンド6」みたいに勝利者としてパレードする日も
「ソード9」みたいな絶望もあって。
「愚者」はおバカだから、別に人生に学びなんてないんだけど。
ただただ泣いたり笑ったり、体験するだけでいい。
10番「運命の車輪」はその点一つ一つにある歯車で。
「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉があるように、
あれがあったからこれがあって、これがあると次があるって。
「分かんないけど、分かんないなりに可能性含む」っていう言葉は、
最近不安になるたびに頭をよぎるんです。
明日の心配なんてしないから、小包一つ棒にさして旅に出る愚者と、
旅行に行けば誰よりも荷物の多い私は、全然違うけど。
どうなるか分かんない世の中だけど・・
そんな時は生命の木のことを考えて、
ハンドルを少し緩めてみてもいいのかも?と、思いつつあるこの頃です。