今年を振り返ってみると、いつにもまして体調が最悪の年でした。
生まれつきダメな上に更年期や夏の暑さも加わって、本当に何もできない一年でした。( ̄Д ̄;
体が弱く生まれて損だなとか、丈夫な人はいいなと思うことは、子供のころからしょちゅうあります。
慣れているとはいえ、さすがに何十年も具合が悪いといい加減イヤになる。
そんな時タロットを引くと、15番「悪魔」が出ます。
美空ひばりさんの「愛燦燦」という歌があります。
雨潸々と この身に落ちて
わずかばかりの運の悪さを
恨んだりして
人は哀しい 哀しいものですね
それでも過去達は 優しく睫毛に憩う
人生って不思議なものですね
(作詞作曲:小椋 佳 歌:美空ひばり)
私はこの歌詞の「わずかばかりの運の悪さを」という部分がとても好きです。
この曲を聞くたびに、そうねー、わずかばかりのことなのかもね、と思うんですよね。
ちなみに、「愛燦燦」をタロット表すと何かな?と思って引いてみたところ、
3番「女帝」でした。もう一枚追加で引いてみたら、15番「悪魔」。

「女帝」はプラス、「悪魔」はマイナス。
なんだか面白いですね。
「愛燦燦」は、過去のマイナスも未来のプラスの可能性へつながっていくことを歌っているのかもしれません。
若い頃、美輪明宏さんの著書を古本で集めた時期がありました。
その中の一冊、『ああ正負の法則』の中に、〝盈つれば虧くる〟(みつればかくる)という言葉が出てきます。
月の満ち欠けのように、完全な状態になれば問題が起きてくる、栄枯盛衰というような意味だそうです。
例えば、歴史に残るような美女たちが辿った苦労や不幸を取り上げて、こう書いています。
ですから、「まあまあどうにか見られなくもないかな」と言われるくらいの、ちょうどみなさんぐらいの容姿容貌の人々はそれにふさわしく、まあまあ可もなく不可もなくという無事平穏な人生を送ることが出来るのです。
美人をうらやましがる必要は少しもありません。貴方くらいの器量の人がちょうどよいのです。よかったですね。大いに安心して下さい。
(『ああ正負の法則』 美輪明宏(著)より)
↑ここを読むといつもちょっと笑ってしまうんですけれども(笑)
家も、「あそこが足りない、ここも足りない」という家で我慢しておくとよいと書かれています。
完全な状態を望むというのはけっこう怖いことなんだなあ・・と、この本を読んだ当時思いました。
完全な状態とは、タロットで言えば5番「教皇」。

私たちは「完全な安心」や「理想の人生」を手に入れたい。
でももしかしたら、欠けがあるから人は生きていられるのかもしれない。
以前の記事で紹介した中坊弁護士も、著書の中で同じことを言っていました。↓
誰しも「これさえ無ければ自分は・・・」ということはある。
だが時には、そうしたことに自分の足元が守られていることさえ、あるんではないか。
人生っちゅうのはそういう不思議な道を行くことやと、おやっさん、ワシ、急所を教えてもろうたな。
(『金ではなく鉄として』 中坊 公平 (著) より)
15番「悪魔」は、その人の急所のようなもの。でも、マイナスに守られることがある。
タロットも、正がいい・負はダメとは言っていません。
むしろ人間はダメな体験によって完成されると、ウエイト版は伝えています。
いつしか自分の中の「悪魔」や負の体験をも取り込んで、新しい人になって行くのだそうです。
19番「太陽」

「愛燦燦」も中坊さんも〝不思議〟と言っているけれど、長く人生を生きた先輩たちがそう言うんだから、きっとそうなんでしょうねえ・・・。
そんなことを考えながら、人生って~不思議なものですね~♪と口ずさんでいる年末です。


