[ 内容 ]
最高速のスーパーコンピュータを手元に置いて使おう!
著者の研究室の片隅では、現在、市場に出ている最高速のスーパーコンピュータに匹敵する計算スピードの手作りスーパーコンピュータが、24時間休みなく銀河の衝突を計算している。
なぜスーパーコンピュータを手作りしようなどと考えたのか?
そんなことができるのか?
手元に置いて何に使い、どんな可能性がひらけるのか?
自らの体験にもとづいてこれらの疑問に答えつつ、さらに1秒間に1兆回の演算をこなすテラ・フロップス・マシンへの挑戦までを熱く語る。
[ 目次 ]
プロローグ 事の始まり
第1章 柔らかい情報処理と硬い数値計算
第2章 専用計算機を作る
第3章 天文学から生命科学へ
第4章 グレープの超高速化
第5章 未来の計算機システム
[ 問題提起 ]
というわけで、こちらのコメントで約束したとおり、今度はGRAPEのお話。
『電脳進化論?ギガ・テラ・ペタ』でも取り上げられていた天文専用計算機のGRAPEも,GRAPE-7からはFPGA化されてPCI-X経由で普通のパソコンに刺さるようになった。
もともと天文シミュレーション向けの重力多体問題を解くアクセラレータだが、プラズマや流体のシミュレーションに使おうという動きもある。
開発中のGRAPE-DRではさらに汎用化が進み、用途が広がるだろう。
そう。
南方司殿の指摘のとおり、並列計算もうまく行っているところは非常にうまくいっていて、その代表の一つがGRAPE。
本書はその生みの親である、杉本大一郎による「葡萄畑繁盛記」だ。
[ 結論 ]
すでに本書から干支は一回り。
手作りスパコンは今やチップに載り、PCIボードすら発売され、そしてついにGRAPE-DRでペタを伺うところまで来た。
なぜ、これほどGRAPEは成功したのだろうか。
本書には、それがぎっしり詰まっている。
手が届くところまで来てから手を出す。
口径20cmの反射望遠鏡を作るには、まず口径10cmの反射望遠鏡を作ってから取りかかった方が、いきなり20cmの反射望遠鏡に取りかかるより早い。
この趣旨のことを言ったのが誰だか忘れてしまった。
Bentleyの"Programming Pearl" (Perlじゃないよ、つーかラクダ本のタイトルはこれの語呂合わせでもある)か、"More Programming Pearl"で見た言葉だが、革新的(Revolutionary)だったConnection Machineとは対照的に、きわめて進化的(Evolutionary)に発展してきた。
そのとき作れるものを、その時作れる技術と予算でやってきた。
最初は20万円の手作りボードから、本書の最後ではそれをワンチップ化するところまで。
スペシャリストとジェネラリストの分業。
実はConnection Machineも、またほとんどのHPCもそうなのだが、GRAPEは厳密にはコプロセッサーだ。
それを統括するワークステーションなしには何もできない。
データの前処理と後処理は、汎用のワークステーションやPCの仕事。
と書くと簡単そうだが、具体的に何を専門家にまかせ、何を自分でやるかという問題は実に「汎用性」のある問題で、この部分というのはGRAPEの開発を遥かに超えた応用性を持つ。
下手なビジネス書より本書の方がずっと丹田におさまる。
美しい言葉に酔いたかったら中谷 彰宏でもいいだろう。
しかし実際に動くものを作りたかったら、実際に動かした人の言葉を聞きたいではないか。
この専門機と汎用機の分業のありさまというのは、実は今日のソフトウェア開発にもあてはまる。
速度が必要な処理は専門ライブラリーを使い、それをスクリプト言語からアクセスする。
PerlならどこまでをPure Perlで書き、どこまでをXSでやるかということになる。
ソフトウェアエンジニアにも非常に役立つ示唆が、本書のあちらこちらにちりばめられている。
「先生」の役割。
本書で杉本先生は、これでもかこれでもかと生徒達をよいしょする。
PP.195
「杉本先生は大所高所からチームを組織している」
という。
彼らは、内心では「杉本先生なんかにいちいち説明をしていると、手間がかかるだけだから、俺たちがさっさとやってしまうのだ」と思っていて、私自身も「まさにそのとおり」と思っている。
それでいて、GRAPEをチップ化する際には、退職金を担保に借金するのも厭わない。
これで育たぬ学生がいるだろうか。
なまじ「できる」人は、とかく何でも自分でやってしまいがちだ。
そうして自分自身の成長にも、そして組織の成長にも知らぬ魔に歯止めをかけてしまう。
かといって、なんでもかんでも人に押し付けては、人に嫌われる。
何を人に任せ、何を面倒みるか。
そして、自分がいつ後任に道をゆずるか。
[ コメント ]
これほどの名著が、「品切重版未定」とは何とももったいない。
復刊を望むと同時に、是非牧野先生あたりによる続編が切望される。
いや、すでにWebにアクセスがある人は先生の日記だけでかなり楽しめてしまうのだが(blog化して欲しいなあ)、梅田望夫が「ウェブ進化論」を著したのとまさに同じ理由で、牧野淳一郎も一般書を著すべきだと思う次第。先生にそれが出来ないわけがない。
私が先生の文章を初めてみたのは、「SFマガジン」だった記憶がおぼろげにある。
GRAPE-DRの稼働と同時ぐらいだったら、最高のタイミングなのだけど。
[ 読了した日 ]
2010年1月14日