D.GRAY-MANの趣味ブログ

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ココチよさって私らしく暮らすこと ~読書と音楽と映画と・・・Plain Living and High Thinking~

本日は、お越しくださり、ありがとうございます。

自分の得た知識・経験・体験・スキルなどを興味の趣くまま提供する趣味ブログです。

自分の好き嫌い・得手不得手・趣味に、少しでも共感頂けて、つながっていけることを楽しみに待っています、ね(^^)

【自己紹介】
https://profile.ameba.jp/me

【趣味ブログの標語】
「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」by タモリ

【関連サイト】
<ノート>
固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。
https://note.com/bax36410

<インスタグラム>
「日日是好日-暮らしの歳時記フォトアルバム」
「写真と言葉はひとつ」と題して、お気に入りの写真に言葉を添えて、投稿しています(^^)
https://www.instagram.com/bax36410/

<ブクログ>
大人の本棚「こどもごころ」(只今、本&映画&音楽&ゲーム等セレクト中♪)
一冊の本からは、人生と同じように無数の道筋が次なる本に向かって伸びています。
その道のひとつ、または複数を選択して未知の本と巡り会える、そんな自分の好きな本(に音楽と映画をプラス)を、好きなだけ置いた、理想の本棚&“素の自分”に戻れる大人のための秘密基地♪
https://booklog.jp/users/trafalgar

真実と向き合うことって、いいものなんですが、私たちを一時的に惨めにするときもあります。

真実を知って、驚いたり、ショックを受けたり、惨めになったり、悲しくなったり、ってありますよね。

真実とはそれだけパワーがあって、受け止め方によってよくも悪くも影響が大きいのです。

「悲劇と喜劇は真実の二つの側面だ。だが、悲劇と滑稽どちらの面を見るかは、見方の問題だ。」アーノルド・バイザー(著述家)

「賢者は真実を発見して喜び、凡人は間違いを発見して喜ぶ。」ジョセフ・マーフィー(思想家)

「人があなたのことを悪く言う。それが真実なら直せばいい。それが嘘なら笑い飛ばせばいい。」エピクテトス(哲学者)

起きている事実は変えられなくても、物の見方はその人次第で変えられます。

起きていること自体が問題ではなく、それをどう見るかが大事だと考えて、自分の視点を変えることで、どんな時でも前向きになるようにしていきたいものです。

また、批判的な考え方ばかりをしていては、無意識のうちに自らをマイナス思考に陥らせてしまうし、同じものをみても、その解釈の仕方で、考え方は変わってくるから、物の見方をプラスに、前向きにとらえられるように訓練していくことも必要です。

ただ、ひとりの人間なので、自分が少しでもそう思っていれば、他人の批判も気になってしまうものですよね。

逆に、全く事実に反していれば、相手にもせず気にもしないだろうと思うので、事実なら素直にそれを改めて、批判が全く気にならないくらいにしていければと、意識してみてください。

そう意識したとしても、それを知ってなのか、ときに真実から逃げたいときも出てきます。

たとえば、キャリアで、これが自分のキャリアだと信じて(またはそう思おうとして)やってきたけれど、やっぱり違うみたい、なんて感じ始めたとき。

友達だと思っていた人が、どうやら向こうは同じようには思ってくれていなかった、とか。

恋愛でもそうですよね。この人だと思ってきたのにだんだん違ってきた、というようなとき。

こんな風に真実に気がつくと、その真実がそれなりに衝撃なだけではありません。

じゃあこれまでの私は何だったの?とか、これからどうしよう、とか、別の課題や質問も出てきて選択を迫られることが出てきます。

選択することはときに痛みが伴うし、一時的に何かを失うことでもあるから、つい、あえて今の状態がベストではないけれど、そのままでいることを選んでしまうこともありますね。

でも、時間が経てば、わかってしまいます。

そこが真実の強さというか、本当のことは隠していても、だましていてもいずれは表面化します。

真実と向き合うことと、そこから逃げていることとどちらがより大きな痛みなのか、どうにも否定できなくなります。

また自分をだますことはもっと大変ですし。

真実を見つめるって、確かに一時的に惨めになったり、悲しかったり驚いたりするのですが、よくよく見つめてみると、これほど解放感のあることもないのです。

それに、真実と向き合わないことには何も変わらない。

たとえば、自分がハッピーじゃない、という真実があったとしたら、その真実を見ないことにはじゃあもっとハッピーになろう、と決心できません。

やってきた仕事が自分のやりたいことじゃないとわかったら、それを受け入れない限り、新しい仕事へのステップは踏み出せません。

また、もしやりたい仕事じゃなくても、今の生活や状況を考えて、それでも今の仕事を続けることに決める選択もあるでしょう。

でも、真実がわかった上での続ける選択と、そうでないのとでは、意味合いが違ってきます。

真実がわかっているときのほうが、おかれた状況の中で自分の納得できるベストの選択をしやすくなります。

だから真実はパワフルですね。

「何が真実であるか、いったい人生ってものはどういうふうにできているか。そういうことはめいめい自分で考え出すほかはないんだ。本から学ぶことはできない。」ヘルマン・ヘッセ(詩人)

例えば、本は参考になるかもしれないけれど、そこに答えがあるわけではないから、一般論ではなく、自分がどうしたいのか、どう進むのかを考えるべきだと、そう思います。

自分に合った、自分が納得できる生き方は、本人にしか分からないから。

大切なのは、惨めになってしまうのは、一時的だということ。

そこを超えれば、解放感に変わってすっきりしてきます。

だって、本当のことがわかるって、本当じゃないことを知っているより、いいではありませんか。

真実を受け入れるにはタイミングもあるので逃げている自分がいたら、そういう時期なのです。

本質を見抜く力をつけなければ、不確かな情報に振り回されてしまうことになり、真実と本質が分かっていなければ、どんなに考え行動しても、的外れになりかねないので、表面的なことに惑わされないで、物事の本質を正確に把握するように努めていきたいものです。

いずれ、受け入れるべきタイミングはやってきますから自分をあまり批判しないこと。

批判する代わりに、勇気を持ってみてください。

いずれ、真実と向き合うときに必要になります。

「何かがおかしい時は、真実が隠れてないか気をつけろ。」バーナード・ショー(劇作家)

年をとることについて、あなたは普段どう思いますか?

年をとるって、いやだなあ、と思いますか?

それとも、毎年毎年年を重ねるのが楽しみ?

年を取ればしわも増えるでしょうし、体力も落ちたり、記憶力が落ちたり、といろいろあって、そのおかげでできれば若いままでいたいと思うときもあります。

でも、年を取るのは、結局は避けて通れません。

そしていずれどの人も人生を終えるときがきます。

もちろん、人生の長さには個人差がありますけれど、みんなが毎年ひとつずつ年を取り、いずれ終わりが来る、って本当に公平ですね。

要は、年をとることについて自分がどう考えるかで年齢の重ね方って、全然変わってきますし、日常にも変化があります。

年をとるのはいやだいやだと思っていたら毎日がうっとうしい。

でも、毎日生きていられて感謝、また毎日賢くなっていける、と思っていたら楽しいです。

年齢と共に増えるものといったら、しわだけでなく、経験や知恵。

経験や知恵は、ときに時間をかけないと手に入らないこともあって、美貌や若さと天秤にかけても十分余りあるほど貴重なものです。

実際、10代や20代のころなんて、苦しくって大変で、戻ってもいいと言われても戻るのなんか勘弁して欲しい、と思う方も多いはず。

そりゃあ今持っている経験と知恵も一緒に持って若返れるならいいですけど・・・・・・

だから、年を重ねることって、いいことなんだと思ったら、毎年が待ち遠しくなります。

自分で年をとるごとに賢くなって、待ち遠しいわ、と思っていればいいのです。

「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、経験に対処する能力に応じてである。」ジョージ・バーナード・ショー(劇作家)

学ぶことを意識していれば、それは次に生かすことができます。

何も考えなければ、そのときだけの出来事に終わってしまいます。

どんなことでも将来に役立てていくことを意識しながら、いつも起きたこと、経験したこと、失敗したことから何を学べたかを考えてみることに気づければ、人生の彩りが変わってくるのだと、そう、感じます。

また、年齢で物事を決めてしまわないのも大事。

もう若くないからやり直せない、とか、新しいことは始めれない、とか。

年齢のせいにして、何かをやったりやらなかったりは本当に勿体ない。

始めたいときが始めどき、やめたいときがやめどきです。

それは年齢が決めるものではありません。

「賢く考えていながら、愚かに行動してしまうのが、人間の性だ。」アナトール・フランス(作家)

考えていることが、そのまま行動に移せるとは限らないから、考えと行動のギャップが小さくなるようにしていくことが大切です。

むしろその通りには行かない方が多いのだから、少しでもギャップを埋めることを意識してみてください。

日本では年齢で人を判断することが確かに多いですね。

30代の女性、40代の女性は・・・・・・とか。

20代までにしておくべきこと・・・・・・など。

アラサー、アラフォー、アラフィーと、グループにしてわけて考えると、わかりやすいからでしょうか。

マーケティングもしやすいかもしれません。

確かに、20代、30代までにできたらやっておきたいこと、40代でやっておきたいことはあるでしょう。

でも、すべての人がそれに当てはまるとは限らない。

なのに、自分がそれに当てはまらないときは落ち込み材料になったりもするので、平均的な参考程度にしてそれが「普通」などと見ておかないことが大事ですね。

平均や普通に当てはまらないことは、別に悪いことでも何でもありません。

むしろユニークで(特徴があって)見方によってはプラスになるかも。

自分は年を気にしていなくても周りが気にしていて確かに自分だけではすまないこともあるかもしれません。

それでも、年齢のせいにしていたら何も始まらないときもあります。

いずれにしても、年を重ねて知恵もついて賢くなって、より良い自分になれる、と思っていてください。

今は精神年齢、見かけ年齢、身体年齢、などいろいろあります。

そのあたりにこだわってもいいかも。

そうしたら年は自分で決めることになります。

もし何か自分の年齢のせいにしていることがあれば一度見直してみてください。

本当はそうじゃないことは自分で知っているはずです。

年を経るごとに魅力が増していく。

そういうヒトにワタシはなりたい。

あなたが仕事であれ、そのほかのことであれ自分がやっていることは、何か意味がある、と確信できますか?

たとえば、私のやっていることは誰かにとって役に立っている、とか、誰かにとっては意味のあること、誰かの助けになっている、というような確信です。

人は、自分のやっていることに意味を見出したいもの、自分が貢献しているとわかることは楽しいことです。

だから、そんな確信があれば、モチベーションにつながったり、喜びにもつながって、さらに意味も増してきます。

私が思うには、それぞれの人がやっていることは思っているよりも、本人がそうと知らなくても意外に意味がある、ということです。

なので、もしあなたが私のやっていることなんて、意味もないし、感謝もされない、と思うなら、一度見方を変えてみてください。

たとえばやりたくないことをまかされたとします。

やりたくないことをやるのは、モチベーションをキープするのが大変。

パスできるならいいけれど、仕事や家の都合などそうできないときもけっこう多いものです。

ひとつの見方としては、私がやりたくないことをやるのにも、意味があり、これで誰かの役に立てるのかもね、と見てみること。

それだけで、気分は少し違ってきます。

もちろん、その間にほかのやりたいことをアピールするなど、やりたいことをやれるように自分でできることはやっておくと良いですね。

でも、意味があると信じていることで結果が変わってくるから不思議。

「真実の中には、個人的な経験を経て初めて本当の意味が理解できるものも多い。」J・S・ミル(哲学者)

分かっているつもりでも、どれだけ事実として実感できていて、自分の中で受け入れているのかによって、その先の行動は全く違ったものになってきます。

時には、立ち止まって、表面的な建前ではなく、本当に意味することが、理解できているのか考えてみることも必要ですね。

例えば、私事で言えば、ブログやnote、そして、instagramに、毎日、何を書くか緻密にプランしているわけではなくて、どちらかというとランダムで、思いつくこと、頭をよぎることなど書けることを書きます。

それが、誰かにとってタイムリーな内容になるはず、私がふと思いつくことには何か意味があると信じて書いています。

なので、内容や構成がどうの、ということにはそれほど注意を払わず。

だから続いているのかも。

私の記事が誰かにとってタイムリーだなどと、読者の方がどういう状況にいるかなんてわからないし根拠もない確信ですが、そうしていると確信は現実になり、さらに確信できるようになりました。

それから、読んでくださる方にも、それを受け取る力があるのですよね。

今日の記事は私にとってタイムリーな内容だった、と思えるのは、受け取る側の力でもあるのです。

だって、どんなにメッセージを送ったって、受け取るほうにそのメッセージを見い出す用意、準備がなければ無意味です。

だから、その受け取れる力のある人、準備のある人が読んでくれている、その準備のある人たちが記事を見つけてくれるだろうと確信しています。

で、実際そうなっています。

これは私にとっても意味のあることです。

「人生の意味とは、自分がやりたいと思うことをすること。」パウロ・コエーリョ(作詞家)

そうそう、当たり前で単純なことだけれども、これができている人は少ないですよね。

自分がやりたいということがあるのか、いまできているかを考えてみることがポイントです。

難しく複雑に考えずに、純粋に自分がやりたいことを実行してみた方が楽しいなって、そう考えています。

毎日私がランダムに書いていることにさえ、誰かにとって何か意味があるのなら、他の人がやることも同じ。

あなたのやっていることも、自分も含めて、誰かにとって意味があるはず。

そう思って、普段やることにエネルギーを注いでみてください。

森博嗣さんのエッセイの中で、以下の様に、ここへ来てよかった、という肯定こそ、幸せの手法であると書いていましたし、ね。

『幸せというのは、このように小さなものを見つけて拾い上げることだ。いつも探していれば、どこにでも落ちている。探さなければ見つからない。見つからないから、自分が不幸せだと思いこむ人が多いように見受けられる。後悔というのは、過去にまで遡って、不幸せを探しているようなものだから、幸不幸どちらも、結局は本人が探して見つけているという点では同じだ。歩いているのは、誰でも一本道。そこに落ちているものも大差はない。拾い上げる目と手が違っているだけである。』(森博嗣さんのエッセイ「つぶさにミルフィーユ」という作品から引用。)

『小さな幸せというのは、毎日どこかで必ず見つかるものだ。』(森博嗣さんのエッセイ「月夜のサラサーテ」という作品から引用。)

自分のやることに違うエネルギーを注げば、戻ってくるエネルギーも変わりますから、いずれ結果も変わってきますよ。

あなたがとても私には出来そうにないな、と思うことはどんなことですか?

それから、突然ふって湧いた困難な状況や怖いこと、悲しいこと、怒りたいこと、とても耐え切れそうもない、許せなさそうと思ったりすることもあります。

が、不思議なことに、出来なさそうと思うことができるようになったり、とても耐えられそうもないと思っていたことが、時間が経てば、なんとかなってしまった・・・・・・

なんて経験、どんな人にもないでしょうか。

よく試練も困難も乗り越える力がある人にふって湧くといいますが、これって本当のようです。

人間は本当に自分でやらなければならないとき、できるとかできないとか考える余裕もなくなってとにかくやるしかない、という状況になります。

そうすると、案ずるより生むが易しで、なんとかなっちゃう。

なんとかなるというか、やるしかないからでしょうか。

そんなときは思っているよりもたくさん力が出るのですね。

周りにすごい!といわれても、全然自分でピンとこなかったり。

ということは、潜在能力としては私たちはみんな自分の知っているよりもたくさん持っていることになるのでしょう。

やらないと本当に困ることは、万難を排してでも、またできるできないなど考えずにやるものですよね。

「日々新しく創造的に昨日の自分を乗り越える、そこに人間の本質がある。」コンドルセ(哲学者)

「大変な仕事だと思っても、まず、とりかかってごらんなさい。仕事に手をつけた、それで半分の仕事は終ってしまったのです。」アウソニウス(詩人)

他人との比較ではなく、自分自身がどれだけ進歩できているかが重要で、その視点で、どんなことをすればもっと成長できるかを考えてみることが必要ですね。

楽天的な考えとおもわれるけど、過去の自分に比べて、どれだけ成長しているかを常に意識して、最初の一歩さえ踏み出してしまえば、後は何とかなるものです。

どんなやり方でも、どんなに少なくてもいいから、まず一歩を踏み出すことを意識しながら、とりあえずその先は考えずに、そこだけに集中してみると、案外、上手くできてありしてしまうから。

できる・できないであれこれ迷ったり悩んだりするのはまだ余裕があるとか、やらなくて済んでしまうということなのでしょう。

また、許せないと思っていることも、いつか許そうと思っていれば、時間が経てば適当なタイミングで許せるようになっているはずです。

許さないままいるのは、とてもエネルギーのいることだからですね。

自分が疲れないために自己防衛本能が働くのでしょう。

自分を守ろうとするのは、人間の本能で知らないうちにやっていますので、これも実は私たちの持つすごい力のひとつです。

できなさそうなこと、耐え切れなさそうなことを乗り越える鍵としては、まず、必要性がひとつ。

飛び込んでみよう!と思う勇気。

無理と決めてしまっている心をを手放してできるかも、と可能性を見てみる姿勢。

自分の中の気持ちの準備。

やろうと思う気持ち。

やりたい、なんとかしたいと思う気持ち。

あきらめずに続けてみる根気。

そして、やればなんとかなるさ、というような自分の持っている力への信頼。

これがあれば、どんな困難も試練も、きっと大したことなくなってしまいます。

「現実に触れよとは切実な経験をせよということである。」安倍能成(哲学者)

できる範囲のことだけを無理せずしていても、そこに負荷はかからないし、心の強さも筋肉と同じで、負荷のかかることをしなければ、強くならないから、苦しくつらい経験を乗り越えることで、それを将来に活かしていきたいものですね。

もし何か不安に思うことがあれば、とくに理由はなくていいですから、自分の力を信じてみようと思うことから始めてみてください。

「人にとって最も恐ろしいのは、惰性で日を送ることである。向上心があれば、飽きることがない。」西堀栄三郎(登山家)

次にどんなことをするのか、どうすれば今より少しでも良くなるのかを常に考えていれば目線は自然と上向きになるので、現状に満足して油断しないように、少しでも向上することを心がけてみてください。

向上心が高まれば、期待と希望もそこから生まれてくるはずだけど・・・・・・、すごく危険なことでも、普段当たり前のようにやっているとその感覚が麻痺して、なんとも思わなくなることってありますよね。

よく考えてみると、私が今やっていることは本当はよくないかも、とか、これは本当は怖いことなのかも、と思うようなことはありますか?

いわゆる、惰性でやっていることとか、耐性が出来てきて、本来ならこれはなんとかしたほうがいいのに、そのままにしてしまっていることなどです。

たとえば、それほどハッピーじゃないけど、ものすごく不幸せというわけじゃないから、まあいいか、というような感じ、とか。

仕事や恋愛、人間関係でもそんな状態はありそうです。

また夢があったほうがいいと思っていても、ない状態が続くと、そのままの惰性でなんとなく生きてしまうことも。

それから、人からひどい扱いを受けているのにあまりに当たり前になっていて、ひどい扱いをされていることに気づかないこともあるかもしれません。

もちろん、何がひどい扱いなのかの感覚は人によって違うので、ひどい扱いとは限らないかもしれませんが言葉使いなど、「お前はダメな奴だ」とか「できない奴だ」なんていわれたり。

「あなたに何ができると思っているの?」なんてのも。

目上の人に言われれば納得しそうになりますが、ダメな奴、なんて言い方は、よく考えてみるとひどいものです。

そういわれ続けたら、誰だって私は本当にダメなんだ、と思い込んでしまいますよね。

これは実はとっても怖いことです。

だって、本当は全然ダメじゃないのに、そう思っていたらそれまでの力しか発揮しなくなってしまいます。

人は自分がこうだと思っていることがそのまま現実の自分に反映されるもの。

また、耐性も出てきて、ダメだといわれることや、人間性を否定されるようなことが当たり前になり、ひどいつもなんとも思わなくなってくるかもしれません。

もちろん、誰かに否定されようがなんだろうか、ハイじゃあ次の人!という精神の耐性はあっていいものですが。

耐性の意味では、アルコールやタバコ、カフェインなども同じですね。

本当は長い目で見れば身体には良くないとは言え、慣れれば逆に楽しめるようにもなります。

中毒性もあるので、ときには耐性が危険になることも。

よく考えてみると、逆の惰性もあります。

本当は、感謝できることがいっぱいあるのに当たり前すぎて、見えなくなってしまう惰性。

いわゆるぬるま湯状態で、刺激が全くないときなど気持ちはだんだん乾いていくというか、なんとなく冷めてシニカルになっていき、その冷めた状態に気づかないときもあるかもしれません。

普段当たり前になっていることに、ときには振り返って何かこれで良いのだっけ?と考えてみることには何か価値がありそうです。

また、毎日私たち自身も少しずつの変化があります。

少しずつはときに気づかないこともあり、しばらくすると大きな変化になってびっくりさせられることも。

良いびっくりなら歓迎です。

でも、気づかないうちに何かマイナスのびっくりもあるかもしれません。

惰性や耐性があるので、気づかないことも。

そういえば、カエルを熱湯に突然入れると驚いて飛び出てくるけれど、水を少しずつ温めて、ぬるま湯へ、そしてだんだん熱していくとその熱に気づかず、死んでしまうという実験もありますね。

私たちにも、同じようなことがあるかもしれません。

「どんな職業であれ、偉大な力を出す人と人並み以下の力しか出せない人の差は、日々自己改革する想像力と熱意を持つか否かで決まる。」トム・ピーターズ(経営コンサルタント)

目の前のことを惰性でやっている人と、将来イメージを持って行動している人ではこの先大きな違いが出てくることになります。

想像力の有無は、成長スピードに大きく影響するので、自分が将来どうなるのか、そのためにいま何をするのかを考えてみてください、ね。

また、自分の中の惰性や耐性に、どんなものがあるか振り返って、それが良いものか、良くないものかたまにチェックしてみるのでもOKです。

どんな将来イメージを持ち、いまどんなことをしていますか?

1年後には今よりどのくらい進歩していたいですか?