昨日のニュースで細川総理時代のウルグアイ・ラウンドの話で出ていました。その公式文書が公開された模様。

1990年代に貿易の自由化が論議されアメリカから市場開放を恫喝されたアレです。

自民党の宮沢氏が総理だった頃、農産物の一部を市場開放すると(アメリカによって無理矢理させられると)激怒した農民によって自民党は選挙で大敗し過半数割れを引き起こしたとのこと。だから自民党は総理も含めてだれも百姓には逆らえないというおかしな時代でした。そして自民党政権が倒れた後で発足した細川政権でコメの一部自由化が決まった模様。

そしてあれから30年も経過した現在。農家はどんどん減り続けて今や全国で約50万個に。政府(農水省)のやってきた事は農家をお守りする!と言いながら“高いコメの値段を維持する事と“そのために生産量を抑えて減反を繰り返す”という農政を守る事でした。この歪んだ政策に執着した結果が今の壊滅的な状況(農家が激減して高物価)を生み出して1個600円のキャベツを買わなければならないご時世になっているのです。今日コメの価格を調査してみたら1ヶ月前まで5kg税込み4000円で売られていた国産米が3500円に下がり始めていました。さすがに売れないのか高いコメ。農家に補助金という税金を支払いコメの生産を抑えさせて高いコメを販売させ続けてきたという日本の農政。結局は政府自民党は農家に「あなた達をお守りするので、選挙の際はヨロシク!」という極めて歪んだバーターを何十年も続けてきたのです。いい加減この保護主義を止める時に来ているのか。

エネルギーも食料ももはや海外から買わないとやっていけない我がニッポン。

そろそろ若い柔軟な知性の持ち主が日本の舵取り役に出てこないかと心待ちにしております。

  昨日のことです。横浜駅西口から乗って来た男性客。相鉄線のある駅までとの事。

そこそこ距離があるのでルートを説明すると「運転手さんにお任せします。」という答えでした。

そして目的地について支払いが終わると客の態度が豹変。

「こういうのやめた方がいいよ!」「こんなに高い料金だしさ!。」「俺、地元だけど普通もっと安いよ!」

というので「具体的のどのルートがご希望でした?」と聞けば「××の山超えてさ!」と漠然というので、「××のどの道の事をおっしゃってるんですか?」と聞けば結局「もういいよ!」と言って降りて行った。結局地元民らしいけれど本質が分かっていない輩。

わたし達タクシードライバーも一々距離を測ったりはしません。タクシーあるあるで目的地へのルートはよく右コースと左コースのような2パターンがあるケースが多く。わたしはお客さんにどちらがいいですか?と選んでもらってから出発します。

実は前述の目的地へも2パターンあります。恐らく細かいルートを説明できなかったこの客(地元民なのに)の連想していたのはもう1つのコースだと思います。わたしの選んだコースより手前を左折して進んでいくからショートカットのような錯覚を起こします。逆にわたしの取ったコースはストレートで直進していくからなんだか大回りしているような錯覚を起こすのかもしれません。

ただし手前左折コースは奥までかなり走ってから右折して狭い市街地を抜けなければならず更に橋を渡って目的地の駅にたどり着くので結局のところ距離的にはあまり変わりません。(頭にきたから距離検索で測りました)

むしろ狭い市街地を抜けると速度が落ちるから同じ距離でも時間計が作動して料金が高くなる可能性があります。(100~200円位ですが)

結局、こういう嫌な客はたまに乗ってきますが我慢するしかない。

 わたしも60歳を超えてもうすぐ61歳です。今日はチェックアウトのお客さんに玄関のキーの返却を言うつもりでしたが、肝心な場面で失念してそのままお送りしてしまいました。すぐにメッセージを打ったものの全く既読にならず後悔。

結局先ほど既読がついて出国前に空港の郵便局から送ってくれるとのこと。真面目な中国の女子大生さんだったから助かりました。

それにしても最近物忘れが時々起こります。忘れた!と気づいている内は安心なんだとか。忘れた事にすら気づかなくなると認知症の始まりだそうです。精神科のドクターが言っていました。娘との二人暮らしでわたしがもし認知症になったらと思うと背筋が凍ります。その大変さはよく知っています。幸いと言いますか亡くなったわたしの父も母も兄もわたし自身が家族の認知症で苦労した事はなく、父はアルツハイマーでしたが施設に入って母が毎日面倒を見に通ってました。だからわたし自身は父の世話をしてはいませんでしたが、その大変さはよく知っています。さてわたし自身がそうなったらどうするか。認知症になると自覚できる人もいるそうです。少しづつ分からなくなっていく恐怖との闘いだそうです。世間知らず娘にその苦労を背負わせる訳にはまいりません。いっそのこと認知症が中期に入ったら富士の樹海に行って1人寂しく逝ってしまおうという衝動に駆られるかもしれません。これは冗談ではない。