本日は、ロシア少女兵戦記の第5回目となります。

その前に、ウクライナ避難民の受け入れに関する進捗状況の報告です。

日本政府がウクライナ避難民の受け入れを発表して3週間が経ちました。

私もAirbnb.orgサイトに無償客室を登録しましたが、いまだにオファーもなく宙ぶらりんの状態になっています。

一昨日、出入国在留管理庁に確認したところ、ビザの発行を行っているだけで、避難民の渡航費、日本での交通費、生活費は全て自己負担ということが判明しました。

愛知在住のウクライナ女性イワニェーク・リリアさんが親族を迎えにポーランドまで出向いたところ、帰国便の手配が満席でできなかったり、料金の高騰などでうまくいかず、日本への避難を希望するウクライナ人を代表してポーランドの日本大使館にチャーター便の手配を陳情に行かれました。ところが彼女はにべもなく門前払いされたとのことです。(NHKの報道より)

結局100万円近いお金を払って親族と帰国されたとのこと。私は大変気の毒に思いました。

前述のような形骸化した避難民受け入れ表明がフランスのフィガロ紙の記者に“偽善だ!”とする批判記事まで出ております。

日本国民の一人として誠に情けないと思います。

ロシアに家族を持つ私としては人道的、道義的責任もあって何とか受け入れを実現したいと思っております。

そこで現在情報収集をしております。

幸い、昨日これらの批判を受けて政府官邸は渡航費の国費負担の検討を始めました。

渡航費の問題が解消されれば、本邦への避難を希望するウクライナの若者達が大勢いるとのこと。(前述のリリアさんより)

私も腹をくくろうと思います。

生活費などの国費による支援が見込めない状況であれば、私の私費負担で2名までなら受け入れ可能です。(ゲストルームAを使用)

とりあえず、政府の渡航費に関する正式な発表を待ちたいと思います。

 

今回ご紹介するロシア女子戦士はスターリングラードで活躍した第1077女子高射砲連隊の75名の少女達です。

ご紹介の前に、これまで当シリーズで登場した6名の女子達(番外編のクラウディアさんも含めて)の内、戦後まで生き残った方3名、戦死した方3名とその運命が分かれました。

この分かれ道になったのは何かを私なりに考えてみました。

以前、軍事ジャーナリストの友人の加藤氏からこんな事を聞きました。

「戦場での取材で命を落とすのは、正義感の強い熱血タイプのジャーナリストだよ。」

6名の女子達はいずれもドイツ軍に多大な損害を与えたのですが、戦死した3人はとにかくナチスへの憎しみが強く、

とにかくできるだけたくさん殺したいという願望に取りつかれていた感じがします。

戦死した3人は正義感が強く熱血だったのです。

そして戦場でもっと大勢殺そうと無理をしました。

家族を虐殺された事への復讐でナチスを殺し続ける、というのはドラマや小説などの設定で、実際にはソ連のプロパガンダによる

ドイツ軍の残虐行為の報道が彼女達をそれ程までに駆り立てていたようなのです。

しかしながら、実際には進撃するドイツ国防軍の指揮官達は占領地での地元民の虐殺は後々厄介な火種になるので禁じていました。

一部のアインザッツグルッペンのようなナチス親衛隊によるユダヤ人狩りなどの残虐行為が大きく報道されていたのでしょう。

十代の少女達が銃を取ってナチスを殺しまくった、という事実をみると、

社会主義国の宣伝効果たるや凄まじいものがあったんだと思いました。

 

さて、本日登場する少女兵チームはスターリングラードでナチスの精鋭部隊を

壊滅させた第1077高射砲連隊の75名の少女達です。

彼女達はスターリングラードのトラクター工場で勤務する志願兵でした。

年齢は17歳~18歳の少女達で、高校を卒業していない女子もいました。

当時のソ連では女性兵士が対空防衛陣地に多数配備されていたようです。

私もいろいろと調べてみましたが具体的な数字が出てきませんので、ソ連全体でどのくらいの規模で女性砲兵がいたのかは不明です。

いわば狙撃銃の大砲版ですから、男性兵士不足の内地で防空任務に大勢の女子が参加していたと思われます。

どこかの記述に、女の子の部隊ごとにドイツ軍機の撃墜機数を競っていたというのもありました。

彼女達が守備していたのはスターリングラード北郊外のヴォルガ川に近いトラクター工場でした。

このエリアはソ連軍にとって戦力的に最も手薄な場所で、そこを狙ってドイツ軍が侵攻してきたのです。

高射砲連隊の戦力は37mm対空機関砲と85mm高射砲の合計37門でした。(何門づつかは不明)

これらの砲を担当していたのが75名の女子志願兵達でした。

彼女達の他に戦車2両、装甲トラクター3両、それに約400名の工場労働者(男性)による民兵が支援部隊としておりました。

ドイツ軍の先鋒はフォン・ヴィータースハイム大将率いるドイツ国防軍第14装甲軍団の中でも最精鋭のフーベ中将指揮する

第16装甲師団でした。

大戦初期から快進撃を続けてきたこの装甲師団はヒトラー総統のお気に入りでした。

同師団がヴォルガ河近郊から進軍を開始したのは1942年8月23日でした。

ソ連軍の守備が最も手薄なこのラインは簡単に突破できると思われていました。

地上部隊の進撃の前に、ドイツ空軍第4航空艦隊のユンカースJu87急降下爆撃機がメッサーシュミットBf109戦闘機隊に援護されて

彼女達の守る高射砲陣地に爆撃を開始しました。

この高射砲陣地に配備された女子達は志願兵としてわずか数ヶ月前に兵役に就いたばかりでした。

そして対空射撃の訓練のみ受けていましたが、実戦経験ま全く無く、射撃するのも殆どの女子が初めてでした。

 

「敵機来襲!」   

「総員配置に着け!」

指揮官のイワノビッチ・ダホフニク大尉の声が響きます。

Ju87急降下爆撃機があの独特のサイレン音を鳴らしながら降下に入りました。

 

「いいこと、訓練通りによく狙って撃つわよ!」

「撃て!」

“ズドーン!”

“ズドーン!”

85mm高射砲が火を噴きます。

そして37mm対空機関砲も射撃を開始します。

「撃て!」

“ドッドッドッドッドッドッ!”

機関砲弾がユンカースJu87を直撃し、あっという間に火の玉になりました。

“ヴォーン!”

機体は燃えながら空中分解しました。

「イェ~~!」

「やったね~!」

少女達から黄色い歓声が上がります。

更に

「撃て!」

“ドッドッドッドッドッドッ!”

“ヴォッ!”

“ヴォーン!”

2機目のJu87に命中し空中爆発を起こしました。

「イェ~!」

「やったね!」

またまた少女達は両手を突き上げて喜びに打ち震えます。

すると

1機のメッサーシュミット戦闘機が低空で機銃掃射をかけてきました。

「伏せて!」

“ドドドドドドドドッ!”

対空砲の女子が2名薙ぎ倒されました。

「クソッ!」

「コノヤロ~!」

少女達から怒りの声が上がります。

「アイツ、狙っちゃいなよ!」

攻撃を終えたメッサシュミットは低空から離脱の為上昇を開始します。

そちらの方向に砲身を向けていた対空機関砲座が狙いをつけます。

「撃て!」

“ドッドッドッドッドッドッ!”

“ヴォッ!”

一瞬でオレンジ色の炎の塊になって降下を始めるメッサーシュミット。

“ズヴォーン!”

地面に激突して爆発しました。

「やった、やった~!」

喜ぶ少女達。

「あれ見て!」

1人の少女が上空を指さします。

戦闘機のパイロットは間一髪脱出しパラシュートで降下していました。

「あいつも狙っちゃいなよ!」

誰ともなく叫びます。

17歳の少女がゆっくりとパイロットに照準を合わせます。

そして

「撃て!」

“ドッドッドッドッドッドッ!”

彼女のブーツが射撃ペダルをギュッと踏み込みます。

弾切れになるまでブーツで発射ペダルを踏み続ける彼女。

哀れなドイツ人パイロットは体中を彼女の放った砲弾で無残に撃ち抜かれ、

パラシュートの白い花も弾丸に撃ち抜かれてしぼんだ状態で落下していきました。

「いい気味!」

「ざまあ見ろ!」

舌打ちしながら、惨殺されたパイロットを笑いながら見つめる少女達。

たった今、彼を撃ち殺した少女は、少し呆然とした表情で発射ペダルから脚を離しました。

生まれて初めての戦闘で、生まれて初めて生身の人間を撃ち殺して動揺する彼女。

パチン、と指を鳴らしてニヤつく女子隊員が彼女の浮かない顔に気づきました。

「どうしたの?そんな顔して。」

「わたし、殺しちゃった。」

「だって、あいつわたし達の友達を撃ち殺したんだよ!」

「当然の報いよ。」

「そうよねえ。」

そんなやり取りをしながら次なる攻撃に備える少女達。

 

第一撃でJu87が4機、Bf109戦闘機が2機、彼女達に撃墜されました。

「いつでも掛かって来い!」

最初の迎撃戦果に気を良くした少女達。

この後更に第二波の爆撃が始まりました。

少女達の落ち着いた射撃は更にJu87を6機、Bf109を2機撃墜しました。

「わたし達って凄くない?」

「14機もやっつけたんだよ!」

「やったね、わたし達!」

いくつかの対空陣地が破壊され、7名の女子隊員が戦死しました。

しかし彼女達の士気は下がるどころか上がっていったのです。

 

「同志上官殿、敵の戦車隊です!」

前方の平原からドイツ軍装甲師団が進撃を開始するのが目視できたのです。

ドイツ軍側は2回の爆撃で、このか弱い砲兵陣地を完全に潰したと思い込んでいたのです。

 

「全員、よく聞きなさい!」

「これから我々は高射砲も機関砲も砲身を下げて敵戦車を水平射撃するように!」

「空からの攻撃には応戦せず、弾薬をできるだけ敵装甲部隊攻撃に使いなさい!」

指揮官の命令は完結でした。

しかし、彼女達は地上軍の戦車や車両、兵員に対する攻撃訓練は一切受けていませんでした。

「よく狙えば飛行機より戦車の方が動きが鈍いし狙いやすいわ。」

「前方の戦車。」

「撃て!」

“ズドーン!”

“ヴォーン!”

「やったね、命中!」

「イェ~!」

ドイツ軍の戦車に砲弾が命中し炎上する度に手を突き上げて喜ぶ彼女達だった。

「今度はあの兵員トラックを狙うのよ!」

「撃て!」

“ズヴォーン!”

“ヴァッシューン!”

「やったね!」

85mm砲弾が直撃した兵員トラックは十数名のドイツ兵もろとも

木っ端微塵に吹き飛ばされて消滅しました。

ドイツ兵士の燃えかすが散らばっているのを見て満足そうな彼女達。

ドイツ軍戦車を撃つ度に射撃の制度が上がっていく少女達。

しかしドイツ軍も必死に波状攻撃を仕掛けてきます。

“ヴォヴォーン!”

「キャ~!」

戦車の砲弾をもろに浴びて吹き飛ばされる3名の少女兵。

それを目の当たりにした少女は両耳を抑えてしゃがみ込んでしまいます。

「しっかりしなさい!」

「諦めないで!」

そんな彼女を励まして砲弾を装填する年上の女性砲兵。

「撃て~!」

“ドッドッドッドッドッドッドッ!”

ドイツ軍装甲車とトラック、それに密集隊形で突進する擲弾兵に向かって乱射される機関砲。

少女達の発射した37mm機関砲弾は装甲車を撃ち抜き、トラックを粉砕し、擲弾兵をバタバタと打ち倒していきます。

先程、ドイツ人パイロットを撃ち殺した、

17歳の少女も気を取り直して至近距離に迫ったドイツ軍兵士の一団に向かって、

今度は情け容赦なく機関砲弾を撃ち込みます。

「全滅なさい!」

彼女のブーツが再び発射ペダルを強く踏み込みます。

''ドッドッドッドッドッドッドッ'!'

あっという間に数十人のドイツ兵が

薙ぎ倒されました。

「思い知ったか!」

累々と横たわるドイツ軍兵士の死体に向かって叫ぶ彼女。

凄まじい砲火の応酬になりました。

そんな中、女子砲兵達は1人、また1人と撃ち抜かれ、爆発で吹き飛ばされて討ち死にしていきます。

彼女達の獅子奮迅の闘いぶりは凄まじく、丸2日間ドイツ軍の進撃を食い止めました。

そして、手薄だったこの地域での彼女達の頑強な抵抗によって、

ソ連軍のエレメンコ将軍によるスターリングラード防衛の為の

組織編制に2日間という貴重な時間を提供したのです。

この結果ドイツ軍はスターリングラード占領に初期の段階でつまづき、やがて包囲殲滅されることに繋がっていったのです。

この第1077高射砲連隊の少女達の挙げた戦果はドイツ空軍機14機撃墜。

第16装甲師団の戦車83両撃破、トラックや装甲車などの車両15両撃破、

タンク車2台破壊、兵員約4500名(3個大隊分)の殺害でした。

これに対する高射砲連隊の損害は高射砲全37門壊滅。

戦死者は女子75名中45名戦死。

また、支援に回っていた工場労働者の民兵部隊も391名が戦死しました。

犠牲になった45名の少女の内42名が17歳~18歳でした。

この高射砲陣地を占領したドイツ軍部隊の将兵達は陣地内で戦死していた少女達の

遺体を目の当たりにして、自分達に大損害を与えたのが、この若い十代の少女達だった事に、

大変驚きひどく憂鬱な気持ちになったそうです。

スターリングラード攻撃の初日から大きな損害を出して足踏み状態に陥った事に激怒したヒトラー総統は

第14装甲軍団司令官のフォン・ヴィータースハイム大将を解任しました。

 

水平射撃でドイツ軍戦車を狙い撃ちにする少女兵士達。     37mm機関砲で対空射撃態勢に入る少女兵士達。

85mm高射砲の前での少女兵士達。                ドイツ軍戦車部隊との距離を観測する少女兵士達。

 

高射砲連隊のニーナ・アファナスヴェーニャさん

 

 

 

  今回はロシア少女戦士シリーズの第4回目になります。

 本文を始める前に当時のソ連軍の少女兵達のユニフォームを少しご紹介したいと思います。

参考画像をご覧下さい。

服装は当時のソ連軍お馴染みのカーキ色の軍服です。

今回は従軍した大多数のロシア女子が所属していたソビエト陸軍の軍装になります。

略帽に上衣に幅広パンツかスカートに黒いロングブーツというスタイルです。

女子も男子の制服とほぼ同じでした。

スカートを履く場面もあったようですが、司令部での事務や後方勤務の場合に限られていたのかもしれません。

女子ナンバー2狙撃手のクラウディアさんは、前線での勤務は殆どパンツ(ズボン)履きっぱなしだったと答えています。

やはり前線など戦闘区域では森や沼地や塹壕など、かなり汚れる環境でしたからスカートでは無理だったようです。

それでも、彼女達は兵舎にいる時やオフの時は女性らしくスカートを着用していたようです。

当時の様子を女子飛行連隊の隊員が証言していました。

1941年の独ソ戦開始の頃は女性兵士の従軍が始まったばかりでしたから、

服装にはかなり苦労されたようです。

なぜなら、当局が用意した女子用軍装は男子用だったからです。

航空隊員は女子の中ではエリートで、多少は優遇されていたと思いますが、

それでもダブダブの上着にサイズの大きなブーツには新聞紙を詰めて脱げないようにしたとか。

また裁縫の得意な女子がサイズを詰めて何とか着こなしたと証言していました。

第2回で取り上げたジバ・ガニエワさんの写真を見ると、

きゃしゃでスリムな彼女の体に合ったサイズの軍服にブーツ姿でしたので

女子の従軍が増大するにしたがって女子用サイズの服やブーツが支給されるようになったのかもしれません。

カーキ色の軍服は戦地で多少汚れても目立つこともなく、悪路の多いロシアではブーツは必須だった事でしょう。

膝丈のロングブーツは軟らかい素材のなめし革製で、サイドファスナーなどは無く足にスポッと収まるタイプでした。

男子もそうですが女子もブーツを履くときには白い布を素足に巻いていたようです。

幅広のパンツにブーツ姿ですと、遠目に見て男性兵士と思われていた事もあったでしょう。

戦場での凛々しい彼女達なのです。

また、狙撃兵は作戦中は迷彩服の上下、冬にはオーバーコートも着用しました。

真冬の雪中では内側に毛のついた防寒用ブーツを履いていました。

      パンツ姿の女子狙撃兵                        こちらは戦場では珍しいスカート姿の狙撃兵です。

 

                コスプレ画像から拝借致しました。ロシア女子兵士の一般的なパンツ&ブーツスタイルです。

 

さて、今回登場するのは女子狙撃兵のナタリア・コフショワさんとマリア・ポリバノワさんです。

ナタリアさんは1920年11月26日、南ウラル内戦に参加した労働者の家庭に生まれました。

またマリアさんは1922年10月24日にトゥーラ州で生まれました。

この2人が出会うのは1942年1月の事です。

お二人共に高校を卒業すると狙撃兵学校に入り狙撃の基礎を学びます。

そしてナタリアさんは1941年10月に志願兵として西部・北西戦線に於いて第528ライフル連隊の狙撃手として配属されました。

マリアさんが戦地に赴いたのは1942年1月でした。

配属先はナタリアさんと同じ第528ライフル連隊でした。

狙撃学校を卒業したナタリアさんとマリアさんは、配属後の最初の頃は新人の志願兵女子に狙撃を教えていたようです。

 

そして1942年2月、ナタリアとマリアは連隊と共に前線に到着し、積極的に狙撃に従事しました。

ナタリアが母親に宛てた手紙にこう書いてあります。

「わたしはむしろ戦闘に早く参加したいの!わたし達が前線に行けば、すぐにナチスどもと対峙すると思うわ。」

「憎いナチスどもを大勢撃ち殺す事が本当に楽しみなの!」

ナタリアは新聞などでドイツ軍による残虐な行為を見て彼らを心底憎み、

奴らを自分の手で皆殺しにしてやりたいと思っていました。

その機会がやっと巡ってきたのです。

そして、彼女の良きパートナーは優秀な狙撃手のマリアだったのです。

2月21日~22日 ノバヤルッサ村の戦闘で彼女達はその実力を遺憾なく発揮します。

 

「わたし達の初任務は、森に潜むドイツ兵を始末することでした。」

「もう何人もわたし達の仲間が奴らに殺されていたんです。」

 

「マーシャ、ナチどもをやっつけに行くわよ。」

「奴らは、虫けらだわ。」

「だからこれは駆除よ、駆除!」

「わたし達は正義の味方なの。」

「そしてナチを踏み殺すのはこのわたし!」

「そして、わたし達よ。」

森に“狩り”に出かけた2人でした。

 

「今からわたし達の連隊の前進を邪魔するドイツ兵どもを駆除してやるんだから!」

「マーシャ、奴らは木の上で偽装しているわ。」

「1人づつ始末していくわよ、いいわね!」

「分かったわ!」

「ナターリャ、まず1人目はあそこよ。」

「上手く隠れたつもりかしら?」

「わたし達からは逃れられないって事、」

「教えてやるわ!」

「それっ!」

“バシュン!”

“アァ~!”

“バサッ!”

「やったね!」

「一匹仕留めたわ!」

「最高の気分かも!」

「わたし、ナチスなんて大っ嫌いなの。」

「皆殺しにしてやるんだから。」

 

「次のわたしの獲物、どこかしら?」

「今度は、あそこよ。」

「それじゃあ、いくわよナチスめ!」

「思い知るがいいわ!」

「それっ!」

“バシュン!”

“ウッ!”

“バサッ!”

「やったわ!」

「なんか、わたしの中でジンジンしてきちゃう!」

「わたし、ナチを撃ち殺す度に無上の喜びを感じちゃうわ。」

「この感覚、爽快感、高揚感がたまらない!」

「マーシャ、今度はあなたが撃ち殺してやりなよ!」

「じゃあ、今度はわたしが・・。」

「あそこよ、マーシャ。」

「動かないでね。」

「覚悟しなさい!」

「えいっ!」

“バシュン!”

“ウッ!”

“バサッ!”

「やったね、わたし!」

「ホントだ、面白い!」

「じゃあ、次はわたしの番よ。」

「どこにいるかなァ?」

 

「こんな具合に次々とナチスどもを仕留めていったわたし達。」

「マーシャ、わたし達、何人撃ち殺したかしら?」

「ナターリャ、11人よ。」

「アラッ、初戦はこんなものかしら。」

こうしてナタリアとマリアは初めての実戦でドイツ軍狙撃兵を11人撃ち殺しました。

ナタリアの母への手紙です。

「わたし達は今、最前線にいます。そしてたった3日の間にわたしとマーシャで大勢のドイツ兵を撃ち殺しました。」

「本当にわたしは嬉しい!」

 

そして、その後2人はルチェヴァ村での戦闘で教会の鐘楼に陣取るドイツ軍機関銃座と、

迫撃砲陣地を排除することを命じられます。

「マーシャ、まずは鐘楼の奴らを片付けるわよ。」

「機関銃手と装填手の2人ね。」

「まずは機銃手からよ。」

「いいこと、見てなさい!」

「それっ!」

“バシュン!”

“ウゥ~~!”

“バサッ!”

「アイツ、転落しちゃったわ、うっふふ!」

「アンタも逃がさないわよ。」

「それっ!」

“バシュン!”

「命中!」

 

「今度は迫撃砲の連中を殺らなきゃ。」

「あそこからなら、楽に狙えそうだわ。」

「分かったわ、マーシャ。」

「教会のそばに陣取るドイツ兵どもめ、」

「わたしの正義の銃弾を、受け止めるがいいわ!」

「それっ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

“バシュン!”

「やったね!」

「全滅よ!」

「今日もわたし達は、邪魔なナチスどもを駆除してやったの。」

そしてナタリア達はこの村での戦闘で重傷を負った大隊司令官のイワノフ上級中尉を激しい戦闘の中から助け出しました。

この勇敢な少女達の働きにより連隊は進軍し、彼女たちは司令部から表彰されたのです。

こうしてナタリアとマリアは日を追うごとにその狙撃が正確さを増し、多くのドイツ兵を仕留めスコアを伸ばしていったのです。

 

1942年3月初旬、ベクリシュ村での戦闘です。

「マーシャ、今日のわたし達の任務は、敵の機関銃陣地を潰すことだよ。」

「今日も、楽しみましょ!ナターリャ。」

 

「村の中心部に奴らの機関銃陣地がありました。」

「彼らの陣地の周囲には7~8名のドイツ兵が戦闘隊形を組んでいました。」

「わたし達は400mほど離れた位置に陣取り、奴らを狙い撃ちにすることにしたのです。」

 

「いるいる、ナチどもめ。」

「まずは、左右のナチスから駆除するわよ。」

「わたしは右側、マーシャは左側よ。」

「それっ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「あいつ等、混乱してる。」

「今だわ、」

「それ、追加よ。」

“バシュン!”

“バシュン!”

「アッハッハッ、やったね!」

「ホラッ、逃げんじゃねェよ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「ナターリャ、わたしも2人殺しちゃったわ。」

「やったね、えっへっへ。」

「そろそろ、移動しなくちゃ。」

「ポジションを変えて、機関銃を片付けるわよ。」

「わたし達は2人で8人のドイツ兵を撃ち殺しました。」

「これ、ホント楽しめたわ。」

「わたし達はあらかじめ決めておいた次の場所に移動しました。」

「ここって、絶好の場所よねェ。」

「あと、4人だわ。」

「2人づつ、始末するわよマーシャ。」

「それっ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「やったァ!」

「あっという間に終わっちゃった。」

「ヨシッ!」

「わたし達は村に陣取るドイツ軍機関銃小隊を壊滅させました。」

「これでわたし達が駆除したナチスは全部で200人を超えていました。」

「わたし達の前にあるのは常にわたし達の勝利なんです。」

「わたし達はナチスを殺す度に、その快感に酔いしれたのです。」

そしてナタリアとマリアはこの村での戦闘中にドイツ軍の砲撃によって重傷を負った

連隊指揮官のドヴナー少佐を前線から救い出しました。

そして再び前線に戻ったナタリア自身も砲撃の破片を浴びて負傷してしまいます。

ナタリアが負傷した2日後にはマリアも負傷して病院に搬送される事となりました。

病院でしばらくの入院生活を送った彼女達の友情は、ますます強くなっていったのです。

 

戦地での生活は大変なものでしたが、ナタリアは明るく振る舞い、家族や友人に手紙を書きました。

手紙には、彼女の個人的な感情や祖国のへの思い、親族に対する不安などが書かれていました。

彼女の手紙は誠実で楽観的で、ナチスへの憎しみでいっぱいでした。

 

1942年8月14日、ストキ村で、彼女達にとっての最後の壮絶な闘いが始まります。

ドイツ軍は失った陣地を取り戻そうと本格的な反撃を開始しました。

敵の砲撃が続き、彼女達の陣営にも1300発以上の砲弾が降り注ぎました。

そんな中、ナタリアとマリアの部隊は敵の防衛網を突破する任務を与えられていました。

すでに戦いは2日目に突入していました。

激しい砲撃の後、ドイツ軍は歩兵部隊を前進させてきたのです。

すべての生き物が消滅したと思っていた敵。

しかし、ソ連軍の兵士たちは、しっかりと耐えていました。

もちろん、ナタリアとマリアも健在でした。

 

「敵が進撃してくるわ。」

「いよいよわたし達の出番だわ。」

「今度はわたし達が相手よ。」

「わたし達の守備ラインに敵が接近してきました。」

 

「いるいる、大勢いるわ。」

「奴らはわたし達が全滅したと思ってるのかしら?」

「あんなに、無防備な状態で歩いてくるわ。」

「試しに2、3人撃ち殺してやれば分かるかしら?マーシャ。」

「やっちゃおうよ、ナターリャ。」

「それっ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「ホラッ、くたばれっつ~の!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「わたしも、!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「やったね~!」

「マーシャ、やるじゃん!」

「わたしにも、もっと殺させてよねェ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「隠れてんじゃねェよ!」

「ほらっ!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「面白いように、バタバタとわたし達に撃ち殺されていくドイツ兵どもだったわ。」

「いい気味!」

「ざまあ見ろ!」

「わずか数時間の間に、わたしとマーシャで撃ち殺したドイツ兵は40人だったわ。」

「フゥ~、やっと一段落したわね、マーシャ。」

「ホントよねえ。」

「奴ら、これだけ殺しても諦めないかも。」

「上等よ!」

「やってやろうじゃない!」

 

「ドイツ軍部隊は森の端にある窪地に身を潜めていました。」

「やがて彼らはわたし達を包囲し、本隊から切り離すことに成功したのです。」

「その時、わたし達の指揮官は戦死し、わたしとマリアが指揮を執ることになりました。」

「再び敵が攻めてきました。」

「ドイツ兵が数十メートル以内に近づくと、わたしは一斉射撃を命じました。」

「撃て!」

“バシュン!”

“バシュン!”

「わたしもマーシャもとにかく、目の前のドイツ兵を次々と仕留めていきました。」

「あまりの接近戦にわたしもマーシャも狙撃銃を置いて、サブマシンガンで応戦しました。」

「エ~イ!」

“ババババババッ!”

「わたしの目の前で3名のドイツ兵が薙ぎ倒されたわ。」

「ホラッ、かかって来い!」

“バババババババッ!”

「更に、4名がバタバタと倒れていったわ。」

「やったね!」

「まるで射的みたいだわ。」

「敵も必死だけど、わたし達も必死だったわ。」

「気が付くと、わたし達の眼前にドイツ兵の死体が50人ほど転がっていたわ。」

「敵も一旦退却して休息にはいったみたいね。」

「これだけ殺されたんだから当然よ。」

「わたし達も今日は随分たくさん殺しちゃったわね。」

「ホント、ホント。」

 

そして大きな損害を出したドイツ軍は再び迫撃砲で彼女達を攻撃し始めました。

“ヴォーン!”

“ヴォーン!”

敵の砲撃は熾烈でした。

ナタリア達の部隊の兵士も1人、また1人と討ち死にしていきます。

気づけば、ナタリアとマリア、そして男性狙撃手のノビコフの3人だけになっていました。

ノビコフは重傷を負っていて、とても戦える状態ではありませんでした。

ナタリアも負傷し、それでもノビコフを助けようとしたそうです。

後に唯一生き残った彼が病院でこの時の状況を説明しました。

やがてマーシャも傷を負い、2人で包帯を巻き合っていました。

やがて砲撃もおさまり、彼女達は力を振り絞って迫りくる敵に応戦しました。

彼女達は負傷したノビコフを置いて別の塹壕に移動します。

彼を戦闘に巻き込みたくなかったのです。

この時彼は、彼女達のある決意を感じたそうです。

盛んに応戦していた彼女達は更に十数名のドイツ兵を撃ち殺しました。

しかし彼女達は弾薬を使い果たしてしまいます。

 

弾が無くなって、尚且つ負傷している少女狙撃兵に対して、

ドイツ軍はロシア語で呼びかけます。

「もう君たちは十分に戦った。」

「降伏しろ!」

 

「わかったわ、少し待ってちょうだい!」

ナタリアの言葉を聞いたドイツ兵達は彼女達に近づきます。

すると、

「今よ、手榴弾でも喰らいなさい!」

「エ~イ!」

“ヴォーン!”

“ヴォーン!”

彼女達は持っていた手榴弾を1つづつドイツ兵達に投げつけました。

予想外の展開に5名のドイツ兵が吹き飛ばされて戦死しました。

彼女達の最後の抵抗に戸惑うドイツ軍指揮官。

「すぐに降伏したまえ!」

 

「マーシャ、わたし達もいよいよこれまでだわ。」

「覚悟はいいかしら?」

「もちろんよ、ナターリャ。」

「奴らを道連れにしなきゃ・・。」

いよいよ抵抗も終わったと確信したドイツ兵達は再び彼女達に近づいていきます。

「まだ少女じゃないか?」

彼女達を取り囲むドイツ軍兵士達。

うずくまって動かなかったナタリアとマリア。

いきなり2人が立ち上がると・・。

「死ね!」

“ヴォヴォーン!”

2つの手榴弾が同時に爆発し、彼女達は爆死したのです。

この爆発に巻き込まれて殺害されたドイツ兵は12名。

最後までナチスを殺すことに執念を燃やしたナタリアとマリアの壮烈な最期でした。

この2人の死にざまは一時意識不明になって病院に搬送されたノビコフによって

その後伝えられました。

 

1942年2月から戦闘に参加したナタリアさんは僅か半年の間に167名のドイツ兵を殺害。

マリアさんは134名を殺害。

このナチスキラーの少女達は8月に戦死するまでに300名以上のドイツ兵を殺害したのです。

彼女達の勇敢な闘いぶりとその功績により、ソ連邦英雄の称号が贈られる事となりました。

ナタリア・コフショワさんととマリア・ポリバノワさんは、死亡した場所、ノヴゴロド州に埋葬されました。

コロヴィチーノ村には、英雄を偲ぶ記念碑が建てられています。

オレンブルク協同技術学校の軍事栄光博物館には、ナタリアさんとマリアさんの愛国心の高さを示す資料があり、

若者の教育の一例となっています。

ナタリア・コフショワさん

マリア・ポリバノワさん                        戦場でのマリアさん(左)とナタリアさん(右)

戦場でのマリアさん(左)とナタリアさん(右)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  今回は第3回目のロシア少女戦士戦記になります。

今回取り上げるのは、マキシム機関銃の射手として大活躍したカザフスタンのヒロイン、マンシューク・マメトワさんです。

彼女はカザフスタン・ウラル州ウルディンスキー地区ジェスクム村出身のカザフ女性です。

今回のシリーズ第8回目で取り上げる予定の女性スナイパーのアーリヤさんと並んで有名なカザフ女子戦士の一人なのです。

そして女子機関銃手としては最終回で取り上げる予定のニーナ・オニロワさんと並ぶ機関銃ヒロインなのです。

この機関銃手は専門的な技術の習得や訓練が必要な狙撃手と違い、比較的短期間での養成で実戦参加が可能な上に

短時間で一度に大勢のドイツ兵を撃ち殺すことができるため、ナチスを大勢殺したい女子にとっては大人気でした。

当時、戦闘参加に志願した女子達はできるだけたくさんのナチスを殺してやりたい!

という執念深い願望を抱いている女の子が大勢いました。

狙撃兵は自分の身を隠しつつ、たくさん殺せるというイメージがあったことから、こちらも希望者が多かったようです。

とはいえ、独ソ戦に参加した女子狙撃手は約2500名で戦果は確認数だけで12000名以上殺害。

実数は少なく見積もってこの倍以上で、常識的には約3倍、

36000名以上のドイツ軍兵士を撃ち殺した事になり、実に14倍以上の敵を殲滅させた訳ですから、

ロシア女子達の実力も大したものなのです。

しかしながら、終戦まで生き残った狙撃女子は約500名ということで、

女子狙撃手の致死率は約80%に上り、常に死と隣り合わせの職務だったと思われます。

大戦を生き残った女子達も実は皆重傷を負って入院した経験を持っています。

あの309名殺害のパブリチェンコさんでさえも2度の負傷を経験しました。

そして致死率の極めて高い狙撃手なのですが、機関銃手は更に致死率が高くしかも短命でした。

機関銃手は狙撃兵と違って殺した相手の人数やスコア順位などの記録がありませんので不明な部分も多いのですが

今日登場するマンシュークさんも最終回登場予定のニーナさんも誠に短命でした。

また、機関銃手は狙撃手ほど人数が多くなかったようですので当ブログで取り上げる2大機関銃ヒロインは特に個人的な記録が

いろいろな資料に残されていました。

マンシューク・マメトワさんは1922年10月23日、ウラル州(現カザフスタン共和国)ウルダ地区で生まれました。

彼女は医学の勉強をしたり、政府機関で秘書をしたりしていました。

そして1942年8月13日に志願兵として赤軍に入隊し、第100カザフ独立歩兵旅団に配属されました。

最初の頃は司令部の中で事務員として勤務していました。

そして医学の知識があった事からその後部隊の野戦病院で看護婦として従軍するようになったのです。

どうしても戦闘に参加して、大勢のドイツ兵を殺したいと思っていたマンシュークは、

野戦病院での勤務の空き時間に機関銃「マキシム」の構造を研究し、正確な射撃技術を身につけていきます。

第100カザフ独立歩兵旅団は、兵士の86%がカザフ人であったため、「第100カザフライフル旅団」とも呼ばれていました。

戦時中、彼女は同じ機関銃手のヌルケン・フサイノフと恋に落ちました。

しかし、彼に告白することができず、その気持ちを友人にしか伝えていませんでした。

当時の彼女は誠に奥ゆかしい性格だったのです。

そして、機関銃の射撃を習得した彼女はやっとのことで同旅団の機関銃手として配属されることとなりました。

1943年の初秋の頃の事です。

マンシュークが実戦を経験した初めての戦闘は1943年10月15日、ネヴェル郊外での戦闘でした。

彼女の部隊は当地の高台を占拠しようと攻撃を掛けました。

小高い丘の上にはドイツ軍の機銃陣地があって、ソ連軍の攻撃が停滞していました。

 

「同志、隊長殿!あの丘を取らなければなりません!」

遅々として丘を奪取できない状況にマンシュークは少しイライラして上官に進言します。

「あそこにわたし達のマキシム機関銃を据え付ければよいのですが・・。」

「敵の機関銃座を破壊しなければ・・。」

攻撃に慎重な上官でした。

「それでは、わたしがあの機関銃座を破壊して見せます!」

そう言うと、マンシュークは単身で丘陵を腹ばいになって這って進みます。

「あの銃座、わたしが仕留めてやるわ!」

「待ってなさい!」

敵の機銃に狙われる急斜面は男性兵士でも尻込みするような場所です。

小柄な少女マンシュークは逆に敵に見つかりにくかったのです。

彼女は目立つので銃も持たず、腰に下げた袋に手榴弾を幾つか忍ばせていました。

「こうなったら、奴らが銃身を交換するタイミングまで待つわ。」

そして、敵の射撃が一旦止みます。

「今だわ!」

「それっ!」

彼女は渾身の力を振り絞ってドイツ軍機関銃座に手榴弾を投げ込みます。

“ヴォーン!”

「もう一つよ。」

「エイッ!」

“ヴォーン!”

少し間を開けて更にもう一つ投げ込む彼女。

「トドメよ!」

「えいっ!」

“ヴォーン!”

「やったね!」

「これで、奴らは全滅したかも・・。」

敵の機関銃座にはトーチカのような屋根は無く、

銃眼の開いた壁だけだったのです。

なので、彼女の投げ込んだ手榴弾は容易に機関銃座のドイツ兵を吹き飛ばし、

あっと言う間に制圧されました。

もくもくと煙の立ち上るドイツ軍の機銃陣地。

マンシュークは一旦自軍陣地に戻るとサブマシンガンを手に再び丘陵を駆け上がります。

敵の銃眼の向こう側にはドイツ兵の死体が累々と横たわっていました。

「全部わたしがやったんだわ。」

彼女に手榴弾を3発叩き込まれた陣地内には6名のドイツ兵の死体が転がっていました。

そして壁から一番離れた場所に横たわる7人目のドイツ兵は負傷していて、傍らの銃に手を伸ばそうとしていました。

「アイツめ!」

この兵士の所に駆け寄るマンシューク。

銃を取ろうとした男の手をブーツで踏み付けます。

「コイツッ!」

「これでもかっ!」

“ババババッ!”

男の左腕をブーツで踏み付けたまま彼の胸部にマシンガンで容赦なく銃弾を撃ち込む彼女。

「これで全滅だわ!」

満足そうに笑いながら自軍の兵士たちに手を振って合図をする彼女でした。

味方の兵士達が丘の上に上がってきました。

マキシム機関銃を3挺、全方向に据え付けた彼ら。

すると間もなくドイツ軍が迫撃砲で反撃を開始します。

次々に着弾する迫撃砲弾に仲間の兵士が薙ぎ倒されていきます。

機関銃座を担当する隊員も爆発で吹き飛ばされて戦死します。

3つあった機関銃座の内2つに着弾し、それぞれの男性機銃手は戦死してしまいます。

マンシュークの機銃だけが生き残りました。

「わたしは絶対に負けないわ!」

ドイツ軍は、迫撃砲の攻撃で3つの機関銃座を破壊しようとしました。

彼女は頭に破片が当たり気絶してしまいます。しかし意識を取り戻した彼女は射撃を開始します。

「上がってくるナチスどもめ、1人残らず撃ち殺してやるわ!」

“ドドドドドドドッ!”

砲弾の雨にライフル歩兵も次々と戦死し、隊長は一旦の撤退を決断します。

「全員撤退するぞ!」

上官の命令下達に顔をしかめるマンシューク。

「同志上官殿!わたしが残って援護します!」

あくまでも死守する覚悟のマンシュークでした。

連隊の兵士アクメツァノフは、一緒に退却するよう何度も求めます。

しかし彼女は

「撃つのをやめたら、ドイツ軍はもっと前進してきて、みんな殺されてしまいます!」と拒否。

更なる砲撃と迫撃砲の連射で、一時助けに来た残りの機関銃隊員も戦死してしまいます。

彼女は3つの機関銃の位置を移動しながら、前進してくるドイツ軍部隊に1人で撃ち続けました。

「かかって来なさい!」

「わたしが相手よ!」

“ドドドドドドドッ!”

彼女のマキシム機関銃が火を噴きます。

他の兵士は戦死するか退却してしまいました。

“ヴォーン!”

「アッ!」

マンシュークの男性装填手も被弾し息絶えてしまいます。

「コノヤロ~!!」

“ドドドドドドドドッ!”

絶叫しながら迫りくるドイツ軍兵士を狙い撃ちする彼女。

敵が前進してくる様子を見ながら3挺の機関銃を移動しながら交互に撃ちまくる彼女でした。

全方向の敵を制圧しなければならなかったのです。

「まとめて撃ち殺してやるわ!」

“ドドドドドドドドッ!”

バタバタと薙ぎ倒されるドイツ軍兵士達。

ドイツ軍もまさか実戦初体験の21歳の少女が1人で応戦しているとは考えていませんでした。

彼女の銃撃によってすでに数十人の損害を出していたドイツ軍は、

再び彼女の陣地に迫撃砲を撃ち込み始めました。

“ヴォーン!”

“ヴォーン!”

“ヴォーン!”

「あぁ~!!」

マンシュークは頭部に重傷を負い、意識を失いました。

機関銃による射撃が止んだのを見て前進を開始するドイツ軍部隊。

彼女が意識を取り戻して目を覚ますと、ドイツ軍兵士の一団が彼女の陣地のすぐ近くまで来ていました。

「ここは渡さないわ!」

「喰らいなさい!」

“ドドドドドドドドドドッ!”

マンシュークは、近づいてくるドイツ軍兵士に至近距離から機関銃を撃ち込みました。

彼女の浴びせる銃弾の雨に次々と打ち倒されるドイツ兵達。

あっという間に30名以上のドイツ兵が彼女に撃ち殺されました。

そして1人のドイツ兵の投げた手榴弾により彼女は絶命します。

ドイツ軍はやっとの事でこの高台を占領しました。

その代償は大きく、彼女に撃ち殺されて戦死したドイツ軍兵士は72名に上りました。

占領したドイツ兵たちは抵抗していたのが、まだほんの若い少女たった一人だった事に大変驚きました。

その後、すぐにソ連軍も再度攻勢を開始し、この丘を再度占領します。

戦友達は頭部に重傷を負って戦死した彼女の遺体と陣地の周りに累々と散らばるドイツ軍兵士の多くの死体を

発見しました。

この功績により、1944年3月1日、上級軍曹マンシューク・ジエンガリエヴナ・マメトワにソビエト連邦英雄の地位が与えられました。

彼女の遺骨は、このネヴェルの地に埋葬され、彼女の勇気を称える記念碑が建立されました。

機関銃手が誠に短命なのは宿命だったのです。

マンシュークさんは機関銃手としての初めての戦闘で72名のドイツ兵を射殺(機関銃座破壊の際には更に7名殺害)したのです。

わずか1日の戦闘でこれほど大勢のドイツ兵を撃ち殺した彼女。

その勇敢な戦いぶりはカザフスタンの人々の記憶に永久に残る事となりました。

Маметова Маншук Жиенгалеевна

マンシューク・マメトワさんの顔写真と記念碑の写真です。(記念碑の右側がマンシュークさんで

左側が狙撃手のアリーヤさんです。)