ウクライナ難民の方達の支援を始めて2ヶ月以上が経ちました。お蔭様で支援の方も徐々に進行しております。

ところで、支援活動で各省庁や自治体のホームページを見るに、いつも書かれているのが“ウクライナ語通訳の手配を調整中”という言葉です。ロシア語の翻訳・通訳の仕事をしている友人によれば、省庁からの仕事依頼はまずはウクライナ語のできる人とのこと。ロシア語通訳者は二の次だそうです。ところがそもそも日本にはロシア語が堪能な人は少ないのが実情で、ウクライナ語となると更に少ないようです。ここで考えたいのが実務的にどうなのか、ということです。ウクライナとロシアの両国の関係をちゃんと分かってないとおかしな事になってしまう訳です。つい数十年前までソビエト連邦だった両国はロシア語が公用語でしたから少し年を取った人ならロシア語しか話せません。また純粋なウクライナ人ではない人々、例えばタタール人とかアルメニア人とか中東出身者とか・・。民族的に他国から移住してきたウクライナ国籍の人々はロシア語なら理解できますが、ウクライナ語は解らないという弊害がある訳です。そんな実情をよく理解している前述の友人は“どうしてウクライナ語にこだわる?”と憤るのです。実務的にロシア語で話した方がより難民と化したウクライナ人達への意思疎通が容易になるのです。ところがウクライナの人々を助けるのにロシア語通訳募集なんて載せると、たちまち「なぜ敵国の言葉なんだ!」という苦情が発生する訳です。まさに苦情天国のニッポン。

母国を愛するウクライナの人々の気持ちは理解しなければいけません。しかし実務的な事も大事なんだと思います。

  ロシアによるウクライナ侵攻は様々な歪んだ正義が横行する結果を生み出しています。本日のタイトルの通り、日本人もついにここまでやるか?ということなのです。日本人も知らないうちに焚書坑儒やナチスによる焚書、ユダヤ人作曲家への弾圧と同種の事をやってしまっている事が実に嘆かわしく思います。もう少し正確に書けば、チャイコフスキーの楽曲1812年がロシア軍の大勝利をイメージしたものだから、現在のご時世では相応しくない、という解釈をして演奏禁止(というよりは取り止め)になったようです。この流れは全国的に波及しています。実に恐ろしい事をやっているのです。一見もっともらしい理由のように聞こえますが、200年も前の歴史を持ち出して、しかも侵略者だったナポレオン軍をロシアが撃退した、という内容ですから現在の侵攻作戦の真逆なのです。(ロシア軍が侵略者側)正当な事を言っているようでも完全なこじ付けになってしまっているのです。演奏禁止を決めた学校関係者はそれで良いのかもしれません。演奏機会を突然取り上げられてしまった吹奏楽部の生徒さん達が実に気の毒でなりません。私もこの1812年は何度も演奏経験がありますが、大曲であり難曲なのです。だからこういう理由で禁止にする見識を疑います。折しも政府高官から、ロシア侵攻と日本に住むロシア人やロシア料理店は関係ないのでバッシングは絶対に止めるように!という発表があったばかりでした。やっていることはロシア系のお店の看板を叩き壊すのと同じ行為なのです。結局のところ、チャイコフスキーを禁止にした背景はクレーマーの存在が大きいと思います。この間もJRの駅でロシア語表記が苦情によって覆いが掛けられました。演奏会でロシアの楽曲を演目に入れようものなら早速学校あてに苦情の電話が掛かってくるのでしょう。こっちの方も嘆かわしい。ロシア=ソ連という感覚の日本人の殆どが昭和世代で私と同年代から上の世代。コロナ禍の中で公園で子供達が遊んでいると110番通報しまくっていたのもこの老害世代なのです。苦情を出せば何でも通るこの国。過度な苦情対応が前述のような歪んだ正義を醸成し大作曲家の名曲を演奏禁止に追い込むのです。ただし、この対応にネット上では“罪のないチャイコフスキーが禁止?”という疑問の声が各地で上がっています。この辺は幾分救われた気持ちになります。 

  3月3日から開始しましたウクライナ避難民の受け入れ支援の途中経過を報告致します。

マッチングサイトの Ukraine take shalter にて登録したところ、すぐにウクライナ人(母息子)から問い合わせがありました。しかしながら、やり取りの途中でこちらからの質問(例えばフランスからワルシャワへの移動は可能か?とか語学力の確認など)に対する先方の回答がおかしくなり「あなたの質問の意味が不明、数字でなら答える」などという内容だったので、すぐに対応を打ち切りました。結局その後この方達は八王子のご家族が受け入れという事で動いている事が報道で判明しました。こちらは値踏みされたということだったようです。そして昨夜アイルランドに避難中のご家族から身元保証の依頼が入り、こちらの方は順調に進んでおります。渡航や生活費などは日本財団の支援プロジェクトと横浜市の支援パッケージを利用することになります。この方達は実際に当館に滞在はしませんが、市営住宅の見学や市内の案内等で私の出番もありそうです。また、先般すでに入国済みの避難民の方で身寄りの無い方の定住先のマッチングが今週から始まります。当館も受け入れ先として入管に登録済みです。改めて資料の提出を求められていますので明日提出しご本人達と入管の判断を待ちたいと思います。