武術研究ラボ

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ここでは、簡単に武術の歴史は種類などをまとめていきます。
武術の知識をもっと多く得たいけど、時間がねえよ!という人にできるだけ簡単完結に説明していこうというブログです。

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 今回は日本の武術の歴史において、絶対外せないところなのに、未だに起こりの論争などが終結しない「空手」について書いていきます。

 例により、せめてこのぐらいは知ってほしいという程度の簡単に要点だけを書きますので、興味を持った方は深く調べてみると面白いですよ。

 

1 空手とは

 まずこの「空手」とは「空手空拳」の意味で使われている。

 その源流の表現として今のところ「手(ティー)」「唐手(トゥーディー)」が源流と考えられている。

 

2 どんな武術?

 沖縄古来の空手には投げ技、関節技、そして各種武器術も習得できるいわば「なんでもあり」の武術である。

 そもそも、すべての武術の根幹には「実戦」という概念があるので、あたりまえの話であるが、今日では時代の流れとともに武器術や危険な技を伝えない流派もある。

 

3 空手の起源

 空手は沖縄の「手」から派生したと考えられています。

 空手道についてWikipedia※ただし、空手の起源に関してはまだ論争がついていませんので、あくまで一般論として読んでください。

 そもそも、「手」や「唐手」から派生したものの大部分はそのまま「唐手」の文字を使っていることが多いです。

 だからと言って「空手」が沖縄の流れを汲んでいないわけではなく、空手の文字を広めた船越義珍先生自体、朱里手の使い手であったため、「空手」というものはやはり「手」「唐手」が源流であると考えて良いとなるわけす。

 が!そもそも「から手」という表現は18世紀から存在していた!とされている。

 ただし、論争としてはこれが「空手」という漢字だったのか「唐手」と書いてからてと読むのかが謎のままである。

 

4 空手の源流の最初は中国武術?

 ここはとても難しい問題ですが、現時点ではそうなっています。

 ですが、そもそも「唐手」「空手」と言い改めたのは、中国拳法と間違われていたからとなっています。

 でもそもそもは「唐手」は佐久川寛賀(唐手佐久川)という中国へ留学して武術を学んで以前からある沖縄の「手」と組み合わせて「唐手」となったということになっていますので、中国拳法の流れをしっかりと持っているわけです。

 

 ただ「手」に関しては、もともと沖縄に古くから伝わっていたようです。

 で、そうなると沖縄は中国の民族が流れ込んできているので、「手」も中国武術が源流である!という見方もされるのですが、そもそも琉球民族のルーツ自体にまだ決着がついておらず、その部分は正直、謎のままになっています。

 ※琉球民族のルーツについてはとてもナイーブな話になりますので、さすがにここで簡単にまとめられません。各自興味を持った方は調べてみて、自分なりの答えを探してみてください。

 

5 空手道とは?

 「空手」に「道」をつけて「空手道」と今日では表現されています。

 これは当時もともとあった「唐手」は当時の科学的に見て、一度研究しなおす必要があったため、一度構成しなおして改めて「空手」に日本の精神に基づくものを取り入れるとして「道」を付け「空手道」と成ったということになっています。

 ※ここは当時の背景から、日本に新しく「空手」を根付かせるための動きではないかと考えられます。悲しいことですが、当時は剣術も柔術も少し軽く考えられた時期で、あたらしい「日本」の武術が欲しかったのか?などの疑問はありますが、とりあえず「道」がついてから、源流の流れを持ちつつ、日本の武術として用いられるようになったと考えてよいと思います。

 

6 沖縄四大流派

 ・首里手(シュイディー)系

 ・那覇手(ナーファディー)系

 ・泊手(トゥマイディー)系

 ・上地流

 

7 現在の空手の種類の大別

 ・ノンコンタクト空手(伝統派空手とも言う)

 寸止めルールであり、全日本空手道ルールと日本空手協会ルールの2種類が主である。

 ※各種ルールの簡易説明→世界空手道協会Webページ

 なお、寸止めであるが、当て止めの防具付きのものはライトコンタクト空手(セミコンタクト)とも言われる時がある。

 

 ・フルコンタクト空手

 元祖は極真会館。今は全日本フルコンタクト空手道連盟(JFKO)のルールが主ですが、主催者によってルールが分かれる場合があります。

 

 

まとめ

 とまあ、空手の歴史も相当複雑です。

 今はそういうところも減ってますが、戦後に本当は空手の流れじゃないのに「空手」という言葉のほうが受けがいいので、「空手」という言葉を用いたなんて道場もありました。

 (この流れは剣術が必要なくなった時代に剣術指南から「柔術指南」と移行した流れと同じような感覚ですね)。

 

 そういうものは置いといて、源流に近い部分から流れているものが今の空手の流派の大多数です。

 とはいえ、日本に「空手」というものが根付いてから、様々な流派が研鑽を重ね、その時代時代に合った変化を遂げています。

 最近は特に「古きを訪ね新しきを知る」という部分が強く感じられます。

 源流はどうあれ、「空手」というのはラーメンと同じですでに国民的なものの一つであり、海外や他流派、時代の流れで変化した「ハイブリッド武術」の一つなわけです。

 今は諸外国の影響もあり、ルールなども流されている部分があったりしますが、これもまた時代の流れでしょう。

 少し悲しいですが、そうやっていかないとメジャーなものにならないのかもしれませんね。

 

 

 今回は日本の武術の歴史において外せない話「流派」について簡単に書いていきます。

 日本で格闘技や武術を学ぶならこのぐらいは把握してほしいね~という部分のみ書いていきます。

 これで興味を持ってもっと深く自分で文献を漁って調べる人が増えることを願っています。

 例によってウィキなどのサイトに飛べるようにしておきます。

 

1 「流派」の概念

 ぶっちゃけ決めた物事に対して異なる概念を持ち、それを広め継承していくものが「流派」という考え方です。

 

2 日本最古の流派

 流派としてしっかり認知されてるものではおそらく古墳時代中期の関東七流(東国七流)が古いのではないかと言われていますが、これは7人の神官が集まってさらに古くから伝わる剣術などをまとめたものであるという解釈になっているので、その7人がそれぞれ体得していたであろう武術があると考えられます。

 しかし、世に広めたという観点で見た場合はやっぱり関東七流が最古で最初だと今のところそう言うしかないようです。

これについては日本の武術の歴史の第一回で触れた骨法の先生の主張が正しいなら、骨法が最古の流派になりますね。

 ※関東七流(東国七流もしくは鹿島七流という人もいる)についてはネット上に細かく説明したものが見つかりませんので、またそのうち詳しく書きたいと思います。

 

3 京八流も忘れずに

 よく関東七流と並んで語られるのは平安時代中期~後期には見られる京都鞍馬山の京八流

 ※源義経が鬼一法眼という天狗から学んだ?という話もある。

 京八流は鞍馬八流鞍馬流とも呼ばれていて、今でも教えてる道場があります。

 あの幕末の立役者の一人「勝海舟」が命名したとされる鞍馬流習成館です。

 

4 剣術の流派ばっかり?

関東七流京八流は、基本剣術の流派と考えられています。

 その他の流派にも古いものってあるんじゃないの?という方もけっこういますが、そもそも「剣術」というくくりで流派を考えるからややこしくなるわけです。

 別に関東七流や京八流も剣術ばっかりではありません。

 弓もあるし、当身もあるし・・・。

 ただ、そのころの流派としては、武器術を学ぶことが必須なわけです。

 その中でもっとも日本人に認知しやすく、今でも特に残るのは「日本刀」なわけですね。

 ※アニメとかのイメージが強いですから。

 

 そうなると、剣(太刀なり刀なり)を使う流派はすべて「剣術の流派」というイメージが強いというだけです。

なので「剣術」でくくられてしまうわけですね。

 

 ただし、日本には古来より「相撲」があります。

 ちょっと話はズレますが、ギリシャのコロッセオがありますよね?

 知ってる人は知ってると思いますが、コロッセオでは奴隷や闘士などが戦います。

 その奴隷や闘士を鍛え上げるいわば「道場」のようなものがいくつもありました。

 流派としては考えない人も多いですが、実際、道場として機能しているわけですから、それは「流派」なわけです。

 そう考えたら、神代の時代の「相撲」とて、その相撲を行うための練習場などがあり、何人もそこで強い人や設立者から習っていたはずとなりますから、まあ、最古の流派はその時代からあったと考えてよいのだと思います。

 ※まあ、しっかりと「流派」という文献や記述がなければ証拠がないので、というのが世の中の流れなのでしょうがないのですが。

 

5 兵法三大源流

 室町・戦国時代あたりに兵法三大源流(陰流、神道流、念流)が始まります。

 ここから様々な流派が派生したので、けっこう重要な部分です。

 陰流愛州久忠が起こした。なので愛州陰流とも呼ばれている。

 神道流飯篠長威斎家直が開祖と考えられている。香取、鹿島に伝わる神伝をまとめたもの。新当流とも言われている。

 ※色々と名前や流派に関する話がわかれているので独断と偏見による剣術史というものを書かれている方がおられるので、第6回 飯篠長威斎家直を読んでみてください(独断と偏見とは言っていますが、なかなかまとめられています)。

 念流念阿弥慈恩が開祖。面白いのは幼少の頃に鞍馬山で修行し、得体のしれない人に技を習っているとも言われている。

 ※念流に関しても考察が面白いので独断と偏見による剣術史第4回 念阿弥慈恩を読んでみてください。

 なお、一部では伊藤一刀斎の「一刀流」が入るときもありますが、一刀斎自体はもう少し後の年代の人間だと考えられてますので、やっぱり念流のほうが先かなぁと感じます。

 

まとめ

 あとはよく知られているような、江戸時代の流派最盛期の時代や、その後のお話ですね。

 そのあたりはそのうちぼちぼち書きたいと思います。

 このあたりは大きくひっくるめて「古武術」に分類されるでしょう。

 

 けっこう、この部分をないがしろにする人多いですが、まずは始まりから興味を持ってもらって、様々な流派の考え方や動き、理論などを学ぶことは重要だと思います。

 

 古来からの日本人の知恵と理論に、現代の知恵と理論を合わせるのは重要ですし、戦いにおける考え方も時代が変われば内容も変わることが理解できます。

 

 一つの流派だけ追いかけて、その中の人からだけ学ぶと、10年習ったのに戦えないなんてザラにありますから。

様々なことに興味を持って調べていただけたらなと思います。

 

今回は日本の武術の歴史です。

これ、別に学ばなくても良いのですが、概要は知っておくと意外と話のネタになったりします。

ここではとにかく完結に紹介します。

※本当に簡単に書きますので、詳しく知りたい方は各名称などからウィキなどに飛べるようにしておきますので、そちらで調べてください。

 

1 日本最古の記述では垂仁天皇七年(紀元前二十三年)の天覧試合である。

 この時に当麻蹴速と出雲国の勇士である野見宿禰が出てくる。

 この時の戦いは捔力(すまひ)で行われる(捔力は今の相撲の原型とも言われている日本書紀にはこう書かれている)。

 ※なお須麻比(すまひ)とするともあり、日本須麻比協会という会がありますので、興味がある方は見てみてください。

 

 一応が日本最古の武術の試合であったとされているが、作られた伝説であるという見方もされている。

 なおこの頃の捔力(すまひ)は今の相撲と大きくルールが違い、はっきり言ってなんでもありである。

 

2 弥生時代あたりにはすでに「武術」があった?

 そもそも古事記や日本書紀に刀や弓の記述があるので、その流れで必然的にその頃ぐらいから武術が存在したとする場合が多い。

 ※余談だが、骨法が日本固有の古武術とする堀辺正史という骨法の先生がおられるが、骨法については様々な意見があるので、調べてみてください。

 その他、口伝においても一部、武術に関する描写もあるようだが、今のところそのあたりの口伝における信ぴょう性が低いとされているため割愛する。

 

3 中国から伝わったもの?

 一応、歴史的に中国のほうが古いとされているため、そういう流れとして考えられているが、魏志倭人伝には弓の特徴などが書かれており、中国系の弓とは違う描写がされている。

 だが、弓の射法が中国、朝鮮系であるため、その流れを見て中国から伝わったものが妥当であるとする文献もあるが、歴史研究の流れで日本の古来の歴史の考え方が変わってきているため、はっきりと限定的に「中国から」とは言い難い部分もある。

※昨今、DNAのゲノム解析などから日本人のルーツなども議論されているため、そのルーツの解明と、現在学会で否定的な古事記、日本書紀以外の古文書(古史古伝)などの解明によっても変わってくるおそれがあるため、中国からだけではないと考えるが妥当である。

 

4 こぶしうち(古布志宇知)って?

平安時代に作られたいわば辞書のような和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)という本に書かれている武術の名前です。

・和名類聚抄(国立国会図書館デジタルコレクション参照)

ちなみに、どんな武術であったかは今となってはわかりません。

なお「須末比」(すまひ)はこの書物で出てきます。

 

5 古武術(古武道)って?

簡単に書かれているところは明治以前からある日本古来の武術の事を言う・・・となっています。

実際は平安時代には弓術や馬術、上述したこぶしうちなどが見られるので少なくともその時代には武術というものがあったと見ても良いかもしれません。

(とりあえず流派のような感じことを書いている文献が今のところありませんので、もし武術を「流派」の始まりから見て「武術」というのであれば日本に鎌倉時代以前には武術という形は存在せずという意見になってしまいます)。

 

 

今回のまとめ

一応、世間一般的に言われているものを簡単にまとめたらこんな感じです。

ですが、日本人のルーツや、文明の有無が現在では捻じ曲げられて学校などで伝えられているのでは?とする議論もされている状態です。

(たとえば富士王朝があったんでは?とか、イザナギイザナミの時代からすでに文明として起こっていたとか、その他、縄文人はすでに貿易していた可能性など様々です)。

その本当の部分がわからないと、日本の武術がどこから来たのか?なんて言えないですよね?