日本の武術の歴史 | 武術研究ラボ

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ここでは、簡単に武術の歴史は種類などをまとめていきます。
武術の知識をもっと多く得たいけど、時間がねえよ!という人にできるだけ簡単完結に説明していこうというブログです。

今回は日本の武術の歴史です。

これ、別に学ばなくても良いのですが、概要は知っておくと意外と話のネタになったりします。

ここではとにかく完結に紹介します。

※本当に簡単に書きますので、詳しく知りたい方は各名称などからウィキなどに飛べるようにしておきますので、そちらで調べてください。

 

1 日本最古の記述では垂仁天皇七年(紀元前二十三年)の天覧試合である。

 この時に当麻蹴速と出雲国の勇士である野見宿禰が出てくる。

 この時の戦いは捔力(すまひ)で行われる(捔力は今の相撲の原型とも言われている日本書紀にはこう書かれている)。

 ※なお須麻比(すまひ)とするともあり、日本須麻比協会という会がありますので、興味がある方は見てみてください。

 

 一応が日本最古の武術の試合であったとされているが、作られた伝説であるという見方もされている。

 なおこの頃の捔力(すまひ)は今の相撲と大きくルールが違い、はっきり言ってなんでもありである。

 

2 弥生時代あたりにはすでに「武術」があった?

 そもそも古事記や日本書紀に刀や弓の記述があるので、その流れで必然的にその頃ぐらいから武術が存在したとする場合が多い。

 ※余談だが、骨法が日本固有の古武術とする堀辺正史という骨法の先生がおられるが、骨法については様々な意見があるので、調べてみてください。

 その他、口伝においても一部、武術に関する描写もあるようだが、今のところそのあたりの口伝における信ぴょう性が低いとされているため割愛する。

 

3 中国から伝わったもの?

 一応、歴史的に中国のほうが古いとされているため、そういう流れとして考えられているが、魏志倭人伝には弓の特徴などが書かれており、中国系の弓とは違う描写がされている。

 だが、弓の射法が中国、朝鮮系であるため、その流れを見て中国から伝わったものが妥当であるとする文献もあるが、歴史研究の流れで日本の古来の歴史の考え方が変わってきているため、はっきりと限定的に「中国から」とは言い難い部分もある。

※昨今、DNAのゲノム解析などから日本人のルーツなども議論されているため、そのルーツの解明と、現在学会で否定的な古事記、日本書紀以外の古文書(古史古伝)などの解明によっても変わってくるおそれがあるため、中国からだけではないと考えるが妥当である。

 

4 こぶしうち(古布志宇知)って?

平安時代に作られたいわば辞書のような和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)という本に書かれている武術の名前です。

・和名類聚抄(国立国会図書館デジタルコレクション参照)

ちなみに、どんな武術であったかは今となってはわかりません。

なお「須末比」(すまひ)はこの書物で出てきます。

 

5 古武術(古武道)って?

簡単に書かれているところは明治以前からある日本古来の武術の事を言う・・・となっています。

実際は平安時代には弓術や馬術、上述したこぶしうちなどが見られるので少なくともその時代には武術というものがあったと見ても良いかもしれません。

(とりあえず流派のような感じことを書いている文献が今のところありませんので、もし武術を「流派」の始まりから見て「武術」というのであれば日本に鎌倉時代以前には武術という形は存在せずという意見になってしまいます)。

 

 

今回のまとめ

一応、世間一般的に言われているものを簡単にまとめたらこんな感じです。

ですが、日本人のルーツや、文明の有無が現在では捻じ曲げられて学校などで伝えられているのでは?とする議論もされている状態です。

(たとえば富士王朝があったんでは?とか、イザナギイザナミの時代からすでに文明として起こっていたとか、その他、縄文人はすでに貿易していた可能性など様々です)。

その本当の部分がわからないと、日本の武術がどこから来たのか?なんて言えないですよね?