Zatolog -2ページ目

Zatolog

つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

日々感じたことを、忘れずに、共有し、共感し、共生したい。

映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ@Amazon Prime Video


すみっコぐらしの劇場版第三作。

すみっコたちは不思議なおもちゃ工場に誘われ、そこで働くことになる。

毎日毎日、多くのおもちゃを作り出荷していくのだが、そのおもちゃたちは果たして。


一作目、二作目ともに映画館で鑑賞した。

台詞がほぼないのに驚き、その描写の見事さに唸った。

過去二作は、井ノ原快彦氏と本上まなみ氏の掛け合いでナレーションを展開していたが、

今作は本上氏一人である。

旧ジャニーズ事務所の問題から井ノ原氏の降板になったわけだが、これが過去作と比較しての一番の欠点になってしまっている。


とにかく、すみっコたちが自らの気持ちを文字で表現するのである。

この直接的な描写が、わたしにはなんとも違和感を感じるものになってしまった。


ストーリーとしては、ものを大切にする気持ちということを子どもたちにわかりやすく伝えていて良かった。

昨今のSDGsの観点も思い起こさせ、現代的な視点が加わった作品になっている。


目標まで、あと25本。

ミッドナイトスワン@Netflix


昨今稀に見る秀逸な作品。


凪沙はニューハーフのショーパブで踊るダンサー。

彼女はネグレクトに遭った親戚の子供、一果を預かることになる。

当初は嫌々だったものの、一果はバレエの才能があり、凪沙もそれを認め、支えようとする。

二人の関係はどう変わっていくのか。


凪沙の性自認は女性だが、実家の母親にはそれを告げられていない。

ホルモン投与の副作用で体調不良になることもあり、それが性自認を否定していることもあり鬱屈としている。

姪である一果の通うバレエ教室の先生から「お母さん」と呼ばれることに、この上ない喜びを感じる。

それはフィジカルな性自認の否定を覆した、そんな喜びの爆発だったのではないか。

自己肯定をそんな手法で描いた内田英治の卓越した描写が見事である。

そして、それを体現する草彅剛の説得力は目を見張るものがある。


自らの性を詳らかにして実家に帰省した際の、母親から言われる、

「お願いだから病院に行って治して」

という台詞は、よく書けたなと思ってしまった。

息子だと思っていた子供が、女性になって現れた母親の混乱を端的に表している。


救いのあるストーリーでは無いが、凪沙は救われたのだと思う。

とはいえ、ジェンダーとしての自認を母性に求めるというのもまた、それに対して物言う層がいるのであろう。

あるがままを受け入れることが多様性の許容だと私は常々思っているのだが、

多様性をと言い出す人ほど、自分の納得のいかないことを認められない人だと思うのは私だけだろうか。


目標まで、あと26本。

バイオレンスアクション@Netflix


菊野渓は、簿記を学ぶ学生だが、その実は躊躇なく人を殺める殺し屋である。

その実力は折り紙付きで、数多くの依頼をこなしている。

今日も依頼人の期待を上回るほどの成果を上げている。


なんとも理解しづらい映画であった。

まずもって、主人公がなぜそこまで殺しのスキルがあるのかが描かれていない。

その点でリアリティが圧倒的に欠落している。


ストーリーはただのヤクザの抗争なので、薄っぺらいことこの上ない。

結局のところ、登場する人にあるバックボーンを描かないために、説得力に欠けるのである。


渓を演じる橋本環奈のアクションが眼目かと思いきや、ほとんどが吹き替えである。

その点でも、この作品を制作した狙いがわからない。


目標まで、あと27本。