暴走する資本主義 [著]ロバート・B・ライシュ | batheatteliのブログ

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アメリカには計3年暮らしたが、その「光」の部分を考慮してなお、病理と言いうるような負の側面を感じることがずっと多かった。それは途方もない格差、大 量消費廃棄のシステム、「力」への信仰といったマクロの側面のみならず、中心部の荒廃や街の味わいのなさ、自動車中心社会、食の異様さ等々、日常の生活 のあらゆる面に及ぶものだった。それらはかなりの部分、「アメリカ」という社会に固有の現象なのだろうか、それとも資本主義がフル稼働した場合に帰結する 普遍的な問題群なのだろうか。
 本書は、クリントン政権で労働長官を務めた政治経済学者である著者が、現在の資本主義を「超資本主義(スーパー キャピタリズム)」と規定した上で、その特質や対応のあり方を包括的に論じるものである。著者の議論の骨子は次のように要約される。(1)第2次大戦が終 わった1945年から70年代半ばまで、アメリカの資本主義はある種の黄金時代を享受したが、それは「経済と政治の融合」と総括しうるもので、多くの政府 規制や調整、労使交渉のシステム、企業ステーツマンと呼ばれる公的役割を担う経営者等々によって支えられていた。(2)70年代後半からすべてが一変し 「超資本主義」へのシフトが始まった。その本質は「消費者と投資家が権力を獲得し、公共の利益を追求する市民が権力を失ってきた」という点に集約される。 (3)超資本主義を準備したのは冷戦期の輸送通信技術などの革新であり、それらがグローバル化、新しい生産様式、規制緩和といった事象と相まって、「安 定的な寡占システム」としての民主的資本主義を終焉(しゅうえん)させた。(4)なされるべき対応は何か。鍵は「民主主義」であり、我々の中にある二面性 (市民としての自己と、消費者投資家としての自己)を自覚しつつ、前者をいかに回復していくかにかかっている。
 以上が概略だが、一方で、現在 の資本主義ないし経済のあり方についての先鋭な分析であり、またアメリカのもっとも「良心的」な部分を代表する書物ともいえる。他方、物足りなさも残る。 それは第一に、著者の議論にヨーロッパが十分入っておらず、資本主義の多様性と呼びうる主題が深められていないという点であり、第二に、私利の追求を原動 力とする資本主義 の「反転」論ともいうべきテーマが掘り下げられていない点である。前者については、ヨーロッパは(相違を含みつつも)政府が様々な再分配 を行う「福祉国家的な資本主義」であり、環境政策や社会のありようを含め、アメリカとのコントラストがきわめて大きくなっている。後者 については、 CSR(企業の社会的責任)への著者の懐疑は一定の共感ができる半面、都市経済学者のフロリダが論じたような、資本主義がその展開 の極において、物質的な 需要が飽和し、コミュニティーや非貨幣的な価値の重視 へと行き着かざるをえなくなるといった、よりダイナミックな議論があってよいのではないか。いずれに しても、現代の資本主義論そしてアメリカ論として貴重な書物 である。