今回の高校の部活遠征バス事故。
最初は、
「痛ましい事故だった」
その話だった。
でも今、 どんどん大きくなってきてる。
実際に亡くなってる子もいる。
重傷者もいる。
そして今は、
- 誰が判断したのか
- 誰が責任を持つのか
- 安全管理はどうだったのか
- なぜその運営だったのか
そこまで話が広がってる。
うちは子どもが3人いる。
だから、 それぞれの時代の違いも感じる。
長男の高校は、 学校側がバスをチャーターして、 プロの運転手が運転していた。
だから、 少なくとも責任構造は比較的はっきりしていたと思う。
もちろん費用はかかる。
でも逆に言えば、
「安全と責任込みで費用を払っていた」
とも言える。
娘の中学は、 保護者の協力ベースだった。
乗せ合い。
助け合い。
でも報酬みたいなものは発生していなかった。
だから感覚としては、 地域の協力に近かった。
ただ、 高校になると、 先生がバスを運転していた。
昔は地方だと、 これ普通にあった。
でも今の時代、 事故が起きると、
「先生が運転していたこと自体」
まで問題視される可能性がある。
そして今、 一番気になってるのが次男の部活。
保護者規定の中に、 送迎規約がある。
しかも、
「距離に応じていくら」
みたいな形。
さらに、 全体で割る感じではなく、
「1人乗せたらいくら」
みたいな運用。
だから、 人数が増えると、 受け取る側がプラスになる。
正直、 かなり危うく感じる。
もちろん、 現場としては、
「そうしないと運営できない」
それが本音だと思う。
地方は、
- 公共交通が弱い
- 遠征距離が長い
- バス会社不足
- 運転手不足
だから、 保護者送迎なしでは回らない。
今まで部活って、
先生。
保護者。
地域。
みんなの
「なんとかする」
で回ってきた。
でも今回みたいな事故が起きると、 話が変わる。
保険。
責任。
管理体制。
金銭授受。
そこまで見られ始める。
しかも今後は、
「それ、実態として白タクでは?」
みたいな議論まで出てくる可能性がある。
今まで普通だった慣習が、 事故をきっかけに、 一気に問題化する。
でも怖いのは、 誰か一人を悪者にして終わること。
本当は、 もっと根本にある。
「協力しないと運営できない」
そこ。
理想だけでは回らない。
でも、 善意だけでも、 もう支えきれなくなってきてる。
今回の事故って、
“部活の限界”
そこを社会全体に見せ始めた感じがする。
このまま、「なんとかする」で続けて、本当に大丈夫なんだろうか。
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