米沢城 | ルアーマンのブログ

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飲みと釣りの日々。
自分で釣った魚でやる一杯は最高!

10月25日、2週続けて東北3日間の旅に出発。

特急を含めてJR東日本の3日間連続乗り放題という

鉄道150年を記念しての「JR東日本パス」を使うのです。

 

朝の東京駅。

 

 

 

いろんな新幹線がいる。 さて、どれに乗ろうかな。

 

と選べる訳も無く、

山形新幹線で出発。

 

福島駅~米沢駅の間はこんな景色ばかり。

こりゃぁ鹿、熊、猪と衝突するでしょう。

 

と、鹿と衝突せずに無事 米沢駅に着。

 

駅のホームでは早くも直江兼続がお出迎え。

 

米沢駅の西口

 

どーんと東光の看板。

米沢では米沢城(上杉神社)と東光が目玉のようです。

 

バスで上杉神社前に着。バス便が多くてアクセス便利。

正面突き当りが米沢城(上杉神社)。

 

すぐに上杉鷹山公の座像。この人については後述。

 

米沢城内堀にかかる橋が神社入口。

元々は広い城域でしたが、外堀は埋め立てられで道路などになり、

現存するのは内堀に囲まれた神社の境内がほとんど。

 

内堀

 

エサでもルアーでも入れ食いになりそう。笑

神社ではコイの餌だけならまだしも、ハトの餌も売っていました。イカンなぁ。

ハトは害獣の上、自然の草の種だけでエサは十分。人間が与えると栄養過剰となり、

自然界の3倍の速度で繁殖するのです。

長野の善光寺などでもハトの餌販売は禁止になっているし。

 

橋を渡ると、上杉謙信の像。

上杉謙信と言うと越後(新潟県)であり、亡くなったのも越後の春日山城だが、

遺骸はここに安置されていたのです。

 

 

 

上杉景勝(左)と、家臣の直江兼続

 

直江兼続の兜に「愛」の文字が付いていることは有名。

 

伊達政宗:ここ米沢城の生まれ。その後、最終的には仙台城を築城。

上杉景勝:上杉謙信の甥で、越後生まれ。謙信の養子となり家督相続。

  その後、会津城を経て、最後は米沢城へ移される。

直江兼続:越後生まれで上杉景勝の家臣。景勝と共に米沢城へ移った後は城下町造りを手掛ける。

 

伊達政宗公生誕の地

 

上杉鷹山公の像(うえすぎようざん)

上杉家第十代の藩主で、天明の飢饉の時に領民に一人の死者も出さなかった人。

 

この句で有名な人です。

 

上杉鷹山像の裏へ上がる階段。

 

上杉謙信祠堂(しどう)の跡

 

上杉景勝が米沢城に来た時、上杉謙信の遺骸も運ばれてここに安置されました。

現在は西へ1kmほどの場所に移されています。

 

観光案内所にも4名の幟。

続日本100名城のスタンプはここにあります。

 

 

案内所の一角には直江兼続。

町造りに貢献した人なので、市民にとっては一番のヒーローなのでしょう。

 

一之鳥居  上杉神社に入ります。

上杉家を祀るため、明治時代以降にy米沢城址に建てられた。

 

 

その次の鳥居  手前右手に上杉謙信の家訓があります。

 

上杉謙信の家訓

 

本殿へ向かう

 

 

参拝

 

 

本殿の南へ行くと、堀にかかる菱門橋。

撮影スポットとして人気らしい。

 

本殿の北側にある稽照殿(けいしょでん)

直江兼続の武具などが展示されているそうで。

自分は見学しなかったけど。

 

稽照殿の裏、堀との間にある土塁。

 

神社境内にはいくつかの池。堀の跡ではなく、明らかに庭園としての池。

 

神社の南東にある伝国の杜(米沢市上杉博物館・置賜文化ホール)

 

無料エリアにはこんな展示が。

有料の内部には入らなかったけど。

 

米沢城で現存するのはほぼ内堀に囲まれた上杉神社の範囲内だけで、

こじんまりしており隅々まで見学できます。

また小さいながらも神社の他、いくつもの像があり、見どころは多かった。

 

次回チャンスがあれば時間に余裕を持って、稽照殿、上杉博物館の他、

米沢牛にも挑戦せねば。