InstagramやYouTubeのショート動画を見ていると、朝3時から活動を始める知らない経営者の動画がよく流れてくる。3時に起きて謎の作業を行い、7時にはタスク終了。ジムに行って健康的な朝ごはんを食べ、昼からなんらかの会議を行うといった1分程度の動画だ。私には、世の中のほとんどの若手経営者が3時に起きているのか、YouTubeのAIが「3時に起きて活動開始する経営者」と言うカテゴリを作り、私の関心に合わせて出してくれているのかは分からないが、とにかくしょっちゅう流れてくる。
(もしかすると彼らは、3時に起きて「3時に起きて活動する自分の動画」の編集を7時にまで行い、その様子を動画に撮って翌日編集することで、無限に動画を生成するある種の永久機関なのかもしれない)
僕はこのような動画を、「おそらくこいつの生み出すものはしょうもないんだろうな」とか「年商〇〇億ってなんやねん。年収を書けや」とか「こいつの1番の自慢は『3時に起きていること』なんだろうな」など、常に悪口を考えながら見ている。ただ、自分ではあまり認めたくはないが、3時に起きて活動していることを「優れたこと」として捉え、それができていない(本来する必要はないが)自分を肯定するために悪口を考えている節もある。
YouTubeにしろInstagramにしろ、AIによるレコメンド機能の高性能化に伴い、極端で特殊な価値観に触れることが増えた。今までは周囲の人間、あるいは自身で選択した情報源からしか影響を受けなくて済んでいたが、最近では全く知らない誰かのモーニングルーティーンやVlogが望んでもいないのに目に入ってきて、自身の価値観を揺るがそうとしてくる。それを肯定できれば幸せかもしれないが、否定したい内容であった時には、一定の割合の人間が実際に意思表示をすることで、生産性のない戦いに発展していく。
私はあえて意思表示まではしないが、投稿主への悪口を考え、批判コメントを読んで共感し、肯定していることを考えると、実際に批判コメントをしてしまう人との差分は理性の有無だけで基本的には何も変わらない。
自分はSNSやYouTubeがなかった時代に生まれていたら、これほど攻撃的な人間だっただろうか。SNSやYouTubeは、銃社会と同じで、それらがなかった時には存在し得ない攻撃性を人間に与えてしまったように思う。アメリカでピンポンダッシュをした少年が銃殺される事件があったが、今の日本は殺し方が異なるだけで、些事に過剰な制裁が加えられるという点では同じ状況といえよう。
そもそも、普通に考えて、3時に起きて作業を始めることは評価されることではない。重要なのは、その時間に起きた上で「何を生み出すか」であり、早く起きることはより良いものを生み出す手段に過ぎない。朝早く仕事を始めることで、誰からも邪魔されないので作業が捗るというマネージャーの仕事術みたいなものがSNSという特異中の特異を肯定するツールを通した結果、「3時に起きて作業をする動画を投稿する人間」と「3時に起きることを高く評価する人間」と「求められてもいないのに3時に起きる人の動画を視聴して否定的な感情を持つ人間」という3種類の化物を生み出してしまった。
ある価値観に出会った時に必要なのは、それを自身の価値観に沿って評価し、肯定できるものはよく咀嚼して受け入れ、否定したいものにはそれ以上関わらない姿勢だと思う。
ネット社会の情報の波に飲まれず、優れたネットサーファーでありたいものだ。
てことで、ひろゆきの切り抜きを見て寝ます。
おやすみなさい。