わが町には史跡がたくさんある。
歩いて回れる範囲にもいくつか点在している。
近くに住んでいても、じっくり見ることもなく、二十数年を過ごしてしまった。
退職して時間に余裕ができたので、回ってみようと思う。
まずは堀兼の井に行ってきた。
狭山市堀兼にある、堀兼神社の境内に堀兼の井がある。
この神社は鎌倉街道の支道(堀兼道)に面している。
この道は、今では狭山市から所沢に抜ける裏道として使われている。
以前、会社勤めをしていた時、通勤によく通った道だ。
つい、うっかりと通り過ぎてしまいそうにひっそりとしたたたずまいである。
この堀兼神社の境内にあるのが、堀兼の井である。
この地は、元弘3年(1333年)の昔、新田義貞軍が分倍河原で幕府軍と戦った際、いったんこの地堀金まで退い
たと、”太平記”にも書いてあるという。
堀兼神社
奥に見える朱色の門は随身門
境内には大きなけやきの木がある。
大けやき
耳の形のこぶのあるけやき
そして堀兼の井
中央に井桁が組んである。
昔、水が少なかったので珍重されたのだろう。
古くから歌人に詠まれた場所でもある
武蔵野の堀兼の井もあるものを うれしや水の近づきにけり (俊成)
くみて知る人もあらなん自づから 堀兼の井のそこの心を (西行)
上記の歌は他2首も含めて、この看板に紹介されている。
この井戸の名前の由来は 堀難い という意味からつけられたとも言われている。
次回も井戸、”七曲りの井”を紹介したいと思っています。

















