最近、バナナの花や、アダンの話をしているうちに、
暑い季節がらか、良く沖縄を思い出します。
そういえば沖縄時代に、
めったに経験できないことを経験した事を思い出しました。
むかし、沖縄は「人は左、車は右」だったのです。
hamukoが沖縄に住んでいたのは約34年くらい前から数年間でした。
すごーく昔の事ですね・・・ スミマセン
当時の沖縄は電車も、路面電車も走っていなかったので、
交通手段は車かバス・・・・・
あちらに転居して、まず、困ったのが交通手段。
仕方無く、中古の車を購入しました。
それが、なんと、左ハンドル・・
右側通行に合わせtたのかもしれませんが、
販売している車はほとんどが、左ハンドルでした。
当時はほとんど、ペーパードライバーだったhamukoも、
交通量の少ない沖縄で、運転の経験があまりなかったことが逆に幸いしたのか、
右側通行にも、比較的、楽に慣れることが出来ました。
そうこうしているうちに、1978年、7月30日に反対側通行に変ることになったのです。
「人は右、車は左」です。
今度は逆です。
せっかく慣れたのにという思いもあったものの、未知なものに対する好奇心もありました。
前日の、29日夜22時をもって、車は全て通行禁止!となり、翌朝6時をもって、左側にする。
というものでした。
29日はみなさん、早めに帰宅し、車は駐車場へ入れる。
翌朝6時まで車を動かさないことが基本ルール。
翌朝、外出時から、左側を走る訳です。
いざ、スタートしてみると、
大きい道は新しい標識などに変っており、安心なのですが
大きい道から細い道に右折すると、つい、右側を走っていたりしたものでした。
あぶない!あぶない!誰しも、錯覚は味わったに違いありません。
慣れというのは身についてしまうものなのですね・・・
1年ちょっとの間に右側通行の癖がしっかりついてしまっていたのです。
hamukoが住んでいたところは結構田舎の方だったので、
交通量もあまり、多くなかったためか、あまり、大きな事故はなかったものの、
那覇市の方では、結構事故続きで、新聞に取沙汰されていました。
バスの乗り場が反対側になったのに、逆方向で待っていたりした人も多かったものです
まあ、少しの間、混乱はあったものの、比較的スムーズに移行できたのだったと記憶しております。
これが 「沖縄730」 です。
左ハンドルの車は、沖縄時代はそのまま使っておりましたが、
販売店は、その後、右ハンドル車の扱いに移行していったと聞いております。
とても、貴重な経験をしたものでした。
今、なつかしく、思い出しました。
とても、古い話で申し訳ありませんでした。m(_ _ )m。