感謝のきもち | 緩和ケアって何だろう?

緩和ケアって何だろう?

40才独身
子宮頸部腺がん3bから再再発。頚椎転移で下肢麻痺となり緊急入院!
転院先は緩和ケア病棟…。
壮絶な100日を過ごした後、セデーションを経て永眠。

緩和ケア病棟で過ごした時間は、苦痛を緩和できてたの??

かなぽんの姉、子宮頚部腺癌の闘病記です。

 

モルヒネのせいか、

うわごとをしゃべるようになった姉。

 

私には死に対する恐怖のような

うわごとばかり言っていた姉ですが、

母には違うことをしゃべっていたようです。

 

「いつもありがとう」

「しあわせになってね」

「○○の願いはね、みんなが幸せになること」

自分の名前を言うあたりで、

赤ちゃん返りをしてるんだなと

母は思ったそうです。

 

あるとき、姉がにっこりと笑うので、

どうしたのか聞くと、

「あそこにね、かわいい女の子がいるんだよ。

 あかいランドセルの子だよ」

と手を振ったりしていました。

 

看護師さんによると、

その女の子は見える患者さんが多いのだそうです。

病院内では「座敷童」で通っているそうです。

 

うわごとは日に日にたくましくなっていきました。

意識の具合にもよると思うのですが、

混濁が強いと、

「家族で旅行に行くんだ」

「退院したら、動物の保護センターを作るんだ」

「元気になるから、手伝ってほしい」

「お母さんとお父さんが心配だ」

「富士山に登りたいけど噴火が心配だ」

とりとめもない、心に浮かんだことがポロポロと

口からこぼれだしているようでした。

 

意識の混濁が少ないと、

「看護師さんたちにお礼を言わなきゃ」

「お母さんが毎日病院に来てくれてること、

 当たり前だと思ってた。でも当たり前じゃないよね」

しゃべり方は相変わらず、うわごとのようでしたが、

少し考えて言葉を選んでいるような話し方でした。

 

そんな中、

「△△(私の名前)とお母さんには、

 すごく手伝ってもらってるのはわかってるんだけど、

 ・・・足りないんだよね。」

 

・・・足りないの!?

 

そばで聞いてた看護師さんも

「○○(姉)さん、お母さんも妹さんもこれ以上できないと

 思うんだけど・・・」

姉「ううん、足りないの。」

 

おもわず笑ってしまいましたが、

姉の本心なのでしょうね。

 

4か月前から四肢麻痺で

ずーっとベッドの上から動けず、

家にも帰れず、

お風呂も入れず、

おむつをつけることになって、

排便も排尿もできず、

食事も満足できず、

眠れず、

ガンの治療はできずに、過ごす日々。

 

できないことだらけで

過ごしてきた4カ月。

不満しかないのは当然です。

 

そんな心を私たちは

理解してあげていたでしょうか?

理解できていなかったと思います。

理解する余裕もありませんでした。

日々、追われていました。

 

姉は感謝の言葉を何度も言いました。

「ありがとねー

 ありがとねー」

 

でもあるとき、

「○○ののぞみはね、

 死ぬのがこわいの。

 でも、息が苦しいのはもっとこわい。

 安らかに死にたいの。

 もうねむらせてほしい。

 おねがい、先生よんできて。」

 

死にたいと言うようになりました。

ずっと死ぬことを拒んでいましたが、

多分相当危ないことは本人もわかっていたと

思うのです。

 

もう残りはわずかだと思いました。