幻視芸術の魔術師「ジャン・コクトー」高橋洋一 講談社現代新書 1995 | 「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

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第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

高橋洋一「ジャン・コクトー」講談社現代新書 1995

 

詩・小説・評論・絵画・映画・演劇・バレエ

 

さまざまなジャンルを自在に、縦横に活動し、

 

表現、作品としたコクトー。

 

詩でデビューしたのは18歳、

 

ディヤギレフのロシア・バレエと邂逅し、

 

20世紀の綺羅星のピカソ・ストラビンスキー

 

文化人巨匠との交流、

 

ジャン・マレー、ピアフなどなど眩いこと。

 

 

 

◆本の紹介

 

──ジャンルを越え、時代を刺激する表現者ジャン・コクトー。

特定の運動に与することなく幻視を追求した芸術家の足跡を辿る。

シネマトグラフ──光というインクで表現すること──

コクトーは、自分の映画を呼ぶとき、

一貫してシネマという短縮語を峻拒し、シネマトグラフと言う。

(中略)コクトーは一般に映画を指す〈シネマ〉を大衆の単なる気晴らし、娯楽ととらえ、

思想、芸術の伝達手段としての〈シネマトグラフ〉と明確に峻別していることだ。

詩人にとっては、シネマトグラフは、インクと紙によって自らの思想を表現する代わりに、

〈映像という目に見える言語〉で自らの思想を伝達するための装置なのである。

詩、舞踊、音楽、演劇などの伝統芸術よりはるかに若い芸術ではある

(コクトーは、たびたび、映画と自分は同じ年齢だと言っている)が、

詩人は、その芸術としての可能性を高く評価し、

シネマと比しての血統の良さを示すためにシネマトグラフ呼ぶのである。──本書より