<萩原朔太郎を朗読する>
『月に吠える』から<春>の詩を2編。
「陽春」と「猫」です。
陽春
ああ、春は遠くからけぶって来る、
ぽっくりふくらんだ柳の芽のしたに、
やさしいくちびるをさしよせ、
おとめのくちづけを吸ひこみたさに、
春は遠くからごむ輪のくるまにのって来る。
ぼんやりした景色のなかで、
白いくるまやさんの足はいそげども
ゆくゆく車輪がさかさにまわり、
しだに梶棒が地面をはなれ出し、
おまけにお客さまの腰がへんにふらふらとして、
これではとてもあぶなそうなと、
とんでもない時に春がまつしろの欠伸をする。
猫
まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの屋根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病氣です』