萩原朔太郎 詩集『青猫』
萩原朔太郎の第二詩集『青猫』は1923年刊。
発行からちょうど100年!
朔太郎は憂鬱のなか、
寂寥感のただよう詩を書いている・・・
遺伝
人家は地面にへたばつて
おほきな蜘蛛のやうに眠つてゐる。
さびしいまつ暗な自然の中で
動物は恐れにふるへ
なにかの夢魔におびやかされ
かなしく靑ざめて吠えてゐます。
のをあある とをあある やわあ
もろこしの葉は風に吹かれて
さわさわと闇に鳴つている。
お聴き! しづかにして
道路の向ふて吠えてゐる
あれは犬の遠吠だよ。
のをあある とをあある やわあ
「犬は病んでゐるの? お母あさん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのです。」
遠くの空の微光の方から
ふるへる物象のかげの方から
犬はかれらの敵を眺めた
遺伝の 本能の ふるいふるい記憶のはてに
あわれな先祖のすがたをかんじた。
犬のこころは恐れに靑ざめ
夜陰の道路にながく吠える。
のをあある とをあある やわああ
「犬は病んでゐるの? お母あさん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのですよ。」