朔太郎の詩「鶏」は
詩集『青猫』に載っています。
朔太郎の鶏はコケコッコーではなく、
「とをるくう とをるもう とをるもう」 と鳴きます。
詩には「菊」が描かれていますが、
朔太郎は<草花>を書くことはとても稀。
この花は「くされゆく」菊。
鶏
しののめきたるまへ
家家の戸の外で鳴いているのは
鶏(にわとり)です
聲をばながくふるはして
さむしい田舎の自然からよびあげる母の聲です
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
朝のつめたい
臥床(ふしど)の中で
私のたましひは羽ばたきをする
この雨戸のすきまからみれば
よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです
されどもしののめきたるまへ
私の臥床にしのびこむひとつの憂愁
けぶれる木木の梢をこえ
遠い田舎の自然からよびあげる鶏のこゑです
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
戀びとよ
戀びとよ
有明けのつめたい障子のかげに
わたしはかぐ ほのかなる菊のにほひを
病みたる心霊のにほひのやうに
かすかにくされゆく白菊のはなのにほひを
戀びとよ
戀びとよ
しののめきたるまへ
私の心は墓場のかげをさまよひあるく
ああ なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥
このうすい紅いろの空気にはたへられない
戀びとよ
母上よ
早くきてともしびの光を消してよ
私はきく 遠い地角のはてを吹く
大風(たいふう)のひびきを
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
およぐひと