映画「イワン雷帝」
オラトリオ「イワン雷帝」作品116 (約69分)
ETVで聴いた。
初めての作品。
エイゼンシテイン監督の映画『イワン雷帝』のために
プロコフィエフが作曲した映画音楽。
プロコフィエフ没後にスタセヴィチが編曲したオラトリオとのこと。
メゾ・ソプラノ:スヴェトラーナ・シーロヴァの
<声>、なんと深々として、篤いことか。
この声に惹かれて、全曲を聴いた。
語りは歌舞伎の片岡愛之助。
指揮:トゥガン・ソヒエフ
メゾ・ソプラノ:スヴェトラーナ・シーロヴァ
バリトン:アンドレイ・キマチ
合唱:東京混声合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
語り:片岡愛之助
◆NHKの曲目解説はこちら
セルゲイ・プロコフィエフは第二次世界大戦の戦中、
映画監督セルゲイ・エイゼンシテイン(1898~1948)による
映画『イワン雷帝』(第1部1941~1944年、第2部~1946年)の
ための音楽を創作した(1942~1945年、作品116)。
これにもとづいて、作曲家没後の1961年に、
指揮者で作曲家のアブラム・スタセヴィチが編曲したオラトリオが本作である。
プロコフィエフがエイゼンシテインと組んだのは、
『アレクサンドル・ネフスキー』(1938年)、そしてこの『イワン雷帝』第1・2部の2作であった。
いずれも外敵から祖国を守った実在の統治者が描かれている。
イワン雷帝とは、16世紀にロシア全土の大公となったイワン4世のことで、
最初の皇帝になった人物である。
反対勢力の大貴族を粛清するなど残虐な一面でも知られ、
恐ろしい皇帝として歴史に刻まれてきた。
そのカリスマ的な存在感から、少なくとも第1部の公開時点では、
『イワン雷帝』は戦時下の国家称揚の空気に合致する作品であった。
エイゼンシテインは1920年代よりジャポニズムに傾倒し、
漢字や短歌などへの関心を強めていたことで知られる。
時代は無声映画からトーキー(音声つき)映画へと移行しはじめた頃のこと。
1928年に二代目市川左團次率いる一座によってソ連初の歌舞伎公演が行われると、
エイゼンシテインもレニングラード公演を観劇し、
その興奮を『芸術生活』誌への寄稿論文に認(したた)めた。
そこでは諸要素(音響─動作─空間─声)の独特の調和、
視覚と聴覚を共通知覚へと収斂(しゅうれん)させる方法など、
歌舞伎の世界に感嘆している。
この12年後に着手された『イワン雷帝』においてもその影響が色濃く認めらる。
スタセヴィチ版は1961年3月、モスクワ音楽院大ホールで開催された
プロコフィエフ生誕70年記念演奏会で初演されている。
スタセヴィチ版は、合唱、語り手、独唱、オーケストラのためのオラトリオで、
全20曲からなる。
基本的に映画の第1部と第2部の内容がほぼ時系列で展開するが、
フィナーレは第1部の結末で閉じられている。
冒頭、金管楽器によって奏でられる勇壮な旋律がイワンの主題で、
映画でも度々象徴的に登場する。
これに続く合唱「黒き雨雲が沸き上がり」は、
バロック・オペラのプロローグにおける前口上のような機能も持つ。
この映画の根底に流れるのは、
イワン雷帝に生涯つきまとった狡猾(こうかつ)な裏切り、
策略、悲劇である。
音楽は各場面の神髄を一瞬で伝える象徴性と明晰(めいせき)さを放つ。
第1曲〈序曲〉 イワンの主題、「黒き雨雲が沸き上がり」の合唱、
イワンの母グリーンスカヤが毒殺された場面を回想する音楽が流れる。
第2曲〈若きイワンの行進曲〉 大貴族に誘われ、
幼少で大公となったイワンは周りの大貴族たちの操り人形となる。
第3曲〈大海原〉 アルト独唱と合唱がロシアの海を歌い、
敵軍に領土化された街々を憂う。
第4曲〈予は皇帝になる〉 イワンの主題とともに、若きイワンの戴冠が描かれる。
第5曲〈ウスペンスキー大聖堂(神は素晴らしきかな)〉
大聖堂での戴冠式の様子。
第6曲〈いくとせも〉 民衆がイワンを称える。
中間には3曲目の〈大海原〉が挿入されている。
第7曲〈聖愚者〉 モスクワが大火に覆われ、聖愚者が「皇帝は呪われている」と叫ぶ。
第8曲〈白鳥〉 イワンとアナスタシヤとの婚礼の場面。途中、〈祝い歌〉が挿入されている。
第9曲〈敵の骨を踏みしだき〉 タタールに立ち向かうロシア軍が結集する。
第10曲〈タタール人ども〉 タタールの軍勢が押し寄せる。
第11曲〈砲兵たち〉 皇帝の砲台を運ぶ勇ましい砲兵たちと、彼らを称える合唱。
第12曲〈カザンへ〉 戦場となったカザンの野営地。
第13曲〈イワン、貴族らに懇願す〉
戦いの後、病に臥(ふ)せるイワンが
大貴族たちに息子への忠誠を請う。終盤では合唱が、
タタールに占領された草原を憂う。
第14曲〈エフロシニヤとアナスタシヤ〉
皇帝イワンの政敵である伯母エフロシニヤが
皇妃アナスタシヤにと毒入りの水壺を差しだす。
知らずにイワンがアナスタシヤにその壺を渡してしまう。
第15曲〈ビーバーの歌〉
エフロシニヤが息子ヴラディーミルに不気味な子守歌を歌う。
イワンを引きずり下ろし、ヴラディーミルの戴冠を願っている。
第16曲〈アナスタシヤの棺(ひつぎ)の傍らに佇むイワン〉
アナスタシヤの棺のもとで悲嘆する皇帝イワン。
第17曲〈親衛隊の合唱〉 皇帝直属の親衛隊が結集し、イワンを守ろうとする。
第18曲〈フョードル・バスマーノフと親衛隊の歌〉
平民出身の腹心の家来バスマーノフと親衛隊が、
イワンの命令で大貴族たちの粛清を遂行する。
第19曲〈親衛隊の踊り〉 親衛隊たちの異様な熱気が描かれる。
第20曲〈終曲〉 退去地アレクサンドロフスカヤ村からモスクワの民衆のもとに
戻るよう民衆が皇帝に懇願する。
皇帝とロシアへの不穏な賛歌が高らかに歌われる。
◆NHK交響楽団 11月Cプロ
出演者のプロフィールなどはこちら
N響 Cプロ
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[映画音楽]1942~1945年
[オラトリオ(スタセヴィチ編)]1961年頃
初演:1961年3月23日、
モスクワ音楽院大ホール、スタセヴィチ指揮、
モスクワ国立フィルハーモニー交響楽団