トルコ帽子の朔太郎
萩原朔太郎『月に吠える』
「探偵」が登場する詩を二篇。
朔太郎の探偵は<玻璃>の衣装を着て、
<青ざめた>五月に憂い顔。
その題「干からびた犯罪」、そして「殺人事件」。
どうぞ、お読みください。
『月に吠える』口絵:田中恭吉
干からびた犯罪
どこから犯人は逃走した?
ああ、いく年もいくねんもまへから、
ここに倒れた椅子がある、
ここに凶器がある、
ここに屍体がある、
ここに血がある、
そうして靑ざめた五月の高窓にも、
おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、
さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。
殺人事件
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裝をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍體うへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
しもつき上旬のある朝、
探偵は玻璃の衣裝をきて、
街の十字巷路を曲がった。
十字巷路に秋のふんすゐ。
はやひとり探偵はうれひをかんず。
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者はいつさんにすべつてゆく。