探偵登場! 萩原朔太郎『月に吠える』より | 「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

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第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

 

トルコ帽子の朔太郎

 

 

 

 

萩原朔太郎『月に吠える』

「探偵」が登場する詩を二篇。

朔太郎の探偵は<玻璃>の衣装を着て、

<青ざめた>五月に憂い顔。

その題「干からびた犯罪」、そして「殺人事件」。

どうぞ、お読みください。

 

 

 

 

 

 

 

『月に吠える』口絵:田中恭吉

 

 

 

 

 

 

          干からびた犯罪

 

 

どこから犯人は逃走した?

 

ああ、いく年もいくねんもまへから、

 

ここに倒れた椅子がある、

 

ここに凶器がある、

 

ここに屍体がある、

 

ここに血がある、

 

そうして靑ざめた五月の高窓にも、

 

おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、

 

さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。

 

 

 

 

 

        

   殺人事件

 

とほい空でぴすとるが鳴る。

 

またぴすとるが鳴る。

 

ああ私の探偵は玻璃の衣裝をきて、

 

こひびとの窓からしのびこむ、

 

床は晶玉、

 

ゆびとゆびのあひだから、

 

まつさをの血がながれてゐる、

 

かなしい女の屍體うへで、

 

つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

 

 

しもつき上旬(はじめ)のある朝、

 

探偵は玻璃の衣裝をきて、

街の()()()()を曲がった。

 

十字巷路に秋のふんすゐ。

 

はやひとり探偵はうれひをかんず。

 

 

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、

 

曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。