忌日まで草の結界泳ぎゆく 掌
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質問
私の心境にぴったりしました。
<草の結界>を自分が泳いでいっているような気がしました。
ひとは体験のなかで、他人と同じようなイメージ、
おなじ世界を越していくのだなあという感慨をもちました。
金子兜太
この句は<草の結界が>ポイントですね。
<結界>とはふつうは寺の庭、境内をいう。
そこにいて、ある法悦を味わうと言うか、
得度を体験する場だ。
この人の場合は寺ではなくて、
草ぼうぼうたる世界を自分の得度の世界と
考えているじゃないでしょうか。
<草>が<忌日>との関連で哀しみを誘う
ということになるんじゃないかな。
普通の寺の庭だとかだとこのような感情を
かんじさせるような結界感はないが、
<草>だと哀しみがでますね。
それがこの句のポイントでしょう。
『現代俳句鑑賞8 金子兜太編』より
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<泳ぎ・水泳・競泳・ダイビング・潜り>
海や川など泳ぐ人々が集まってくる。
夏の季語。