榊のお供え
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
早、今月も28日となり、毎月自宅の神床と村社に翌月の榊や神饌のお供えする
日がやってきました。
これも村社の役を任された2年前、氏子会に係るようになって以来、月末と月半ばに
お供えして、毎月続けていますが、それまでは年1回供えられた
ミイラのように枯れた榊が放置されている状態でした。
そのことを前神主に尋ねた時、
「誰かが榊だけでも新しく供えてくれると有難いのだが」
という話をされていました。
前神主は5年前になりますか、認知症も出てきたようで、90歳を過ぎて退官され、
今となっては村社の由緒や経緯は残された村社史から知る以外にありませんが、
氏子長老たちにしても祀ってある祭神さえも知らないというのが現状です。
榊は村社の周りにあちこちに植えてあって、
水と粗塩を持ってくるだけで家の神棚のお供えと同じです。
榊もこの猛暑で一月は持たないと思いますが、枯れていれば、お参りの都度
換えれば良いと浮かんだのです。
祭事や神事の時以外、神殿については神職と一緒でないと
勝手に入らないようにしていて、お盆を神殿扉前に置いてお神酒や神饌、榊、盛塩を
お供えしていましたが、どういう理由なのか、その誰かの気持ちの問題なのか
分かりませんが、総代から長老の誰かから反対意見があったと聞いて
神殿扉前に供えるのを止めました。
境内神社の祇園社、天満社、甲子神社、大行事社、猿田彦大神、庚申の神、
そして前神主に村社とは関係がないと言われた村社奥の宮の森に鎮座する
豊前坊の豊国社、愛獄社お供えするようにしています。
この豊前坊と呼ばれる場所については、不思議なことにその経緯は分からないながらも
氏子の一部の農家の生産組合に係る人たちが豊作を願って年に一度お参りしているそうで、
神道としての神職がかかわらないお祀りのようです。
このこともずっと以前に総代をされた長老の一人に話してみたことがあるのですが、
生産組合に加入している氏子の人数も少なくなり、豊前坊のお祀りも
何時まで続けられるのかはわかりません。
どちらにしても今自分が出来ること、この場合、境内神社に榊や神饌、盛塩を
供えることになりますが、それも楽しみながらやれば良くて、楽しくなければ
しなくても良いのです。
大行事社、庚申神や猿田彦大神にしてもあちこちの神社を参拝していると、
石の神体が参道の脇や鳥居の外に祀ってあったりして、中々お参りする方も
少ないようですが、略拝詞だけでも祝詞を奏上してお参りすると、気持ちも癒され
お参りも違ってくるように感じます。
まあ、私もいつもお参りするわけではありませんが、何故か気になるときがあり
呼ばれた感があるのです。
村社でも日々お参りしていると榊や盛塩、神饌を供えようという気持ちが
自然と出てきます。
村社でも祭神名や由緒書きをお参りに来た人たちのために掲示してくれと
氏子会総代会で発案したこともありましたが、現状、長老や総代は3年が経ち、
保留のままでその気が無いようです。
その上で、そうすれば良いというのが正解で、どうしたいとかいう感情が入るのは、
ネガにもポジ的にも、
考えなくても良いのかなとも思うのです。
お祀りすることの基本さえ守ることが大切で、祇園神社の榊を替えるために
拝殿内を掃掃除していた時に、成るようになる、と思い浮かんだのです。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
おススメ記事















