村社でお参りから許斐神社へ
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
許斐(このみ)神社は、郷社撃鼓神社から勧請されたとの宮司に聞いたことがあり、
国道をまたぐ跨道橋が正面入り口の飯塚市幸袋地区、許斐山城跡に鎮座する
大きな神社です。
飯塚市の観光名所でもある石炭王、伊藤傳衛門邸のすぐ近くにあって
鳥居にもその名前が刻まれています。
祭神は撃鼓神社と同じく天太玉尊、天児屋根命、鈿女命です。
以前ネットでざっくり調べたところでは、記紀神話の「「天岩戸開き」で活躍し、
天孫降臨の際にニニギに従った「五伴緒神」日本神話の天孫降臨において、
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と共に高天原から地上へ降りた5人の神々の主要な神々で、
太玉は祭祀・鏡、児屋根は祝詞・言霊、鈿女は芸能・踊りにて
天照大御神を岩戸から導き出し、光を取り戻した」とありました。
これらの内容が何を意味するのかは抽象的観念という認識で捉え、
そういったことからも、これらの祭神にお参りする時には、
大祓詞、ひふみ祝詞やアカハナマ、タカマパルなどを
奏上することが楽しみになっているような気がします。
午後の授業を終え村社へ行ってお参りした後夕飯の食材を買いに出かけましたが、
先日、川津地区の罔象免(みつはめ)神社と水祖(みおや)神社へお参りしたことが
思い出され、川津地区の先の許斐神社のことが気になりワクワクして
無性に行ってみたくなったのです。
買い物のことなどどうでも良くなり、ディスカウントショップやスーパーを飛ばして
通り過ぎ、許斐神社へと行ってみました。
裏道から入って行くと、杖を突いた年配の男性が歩いて境内の方へ行かれるのに
道の端へ寄っていただいたことに、ウインドウを開け「こんにちは!すみません」と
挨拶して境内へ入って行きました。
境内も広く左手には天満社、鳥居脇には恵比寿神社、石段を上がって稲荷神社、
貴船神社・須賀神社、その他由緒不詳の祠があり、正面に拝殿社殿があります。
天児屋根命は祝詞の神であり、祀ってあれば、他の参拝者の邪魔にならないよう、
奏上すると心が清々しく清められているのを感じるのです。
天津祝詞で禊祓い、大祓詞、神社拝詞と奏上しました。
それから貴船神社須賀神社をお参りした後、この神社に導かれるように
お参りし始めてもう3年くらい経ちますがその左手にある由緒不明の祠が気になり、
略拝詞を奏上してお参りしました。
最近、神名も神社名も書かれていない祠や社が気になることが多く、
お参りするようになりましたが、
これがいつかメッセージを受け取った、その地や祀られている場所の神氣が弱まっていて、
神々から何かを受け取り、神の繁栄と神弥栄を祈り、愛と光と感謝のエネルギーを
自分では解らないながらも届けるという意味なのかもしれないと感じているのです。
稲荷神社、蛭子神社とお参りしたところで、来るときに杖を突いてやってこられた
年配の方が鳥居横の椅子に座っておられるのが分かりました。
「こんにちは!」と挨拶すると会釈だけされて
拝殿へ行かれてお参りされていました。
天満社に行ってお参りを終え、鳥居を出たところで年配の方が帰られるのか、
おぼつかない足取りで杖を突いて境内を出ていかれました。
「お参り、お疲れ様です」と挨拶し、車に行って法螺貝を取り出しました。
手に紐を巻き法螺作法を唱え、気を探り、拝殿の上あたりに向けて
法螺貝を吹き鳴らしました。
法螺貝も神具ですが日々練習して唇を育てるという意味からも芸事の一つで、
祭神の天鈿女命に神恩感謝です。
法螺貝を積み込み運転席に座ると、魂の片割れが助手席に座っている感覚を覚え、
天を仰いで降り注ぐ光のシャワーを感じたところで
ハートチャクラから光のバラを意識して取り出し、
愛と光のエネルギーを送りました。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
おススメ記事















