宗像神社 初詣 | 希望と光のブログ

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宗像大社辺津宮初詣

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します

 

 

 

 

 

 

宗像神社頓宮を出て神湊のフェリー乗り場の駐車場から

 

宗像大社辺津宮へとやってきました。

 

 

駐車場もほぼいっぱいで初詣の参拝者で賑わっているようでした。

 

 

 

古札が入っているのを確かめ、法螺貝を入れたリュックを背負い、道沿いの

 

大鳥居前まで行って鳥居の祓いを奏上して鳥居をくぐりました。

 

 

 

 

いつもは入口の左手に焼き栗やお団子を売っている出店があって

 

甘酒を頼んで飲むのですが、道の向かい側にも博多焼き鳥などの出店が出ていました。

 

 

 

 

参道を進んで手水舎で清め、境内左手に古札納め処が設けてあるのが見え、

 

古札を納めました。

 

 

 

 

楼門をくぐって拝殿でお参りをしている人の列に並び、しばらくかかるかな

 

と思っていたところ、すぐに大勢の方たちがお札授与所に行かれて私の番になり、

 

左横に2列数組並ばれていましたが、私の後ろには並んでいなかったので、

 

賽銭を入れて一礼し、住所、氏名、年齢、性別と初詣に来たことを述べ、

 

天津祝詞と神社拝詞を奏上しました。

 

 

 

奏上最中も隣の列で次々とお参りされているのが分かり、私の後ろに並んでいる参拝者も

 

いないことから人払いされているのを感じ祭神に感謝しました。

 

 

 

拝殿から年末のお参りの順番とは逆に、高宮斎場への入り口の先から境内を出て、

 

末社の松尾神社、蛭子神社に神社拝詞を奏上してお参りしました。

 

 

 

それから高宮斎場へ続く鳥居前の神木にお参りしましたが、現在神木としての

 

立札も注連縄も賽銭箱も置いてはいないのですが、以前巫女が

 

あちこちの賽銭箱を回収していたのを見かけたことがありました。

 

 

 

2年前までお祀りされていて、賽銭箱が無くなっても参拝のたびにお参りしていましたが

 

木の根元にはお賽銭が置いてあり、ご神木と分かっている方はお参りされているのが

 

分かりました。

 

 

 

 

 

 

お賽銭をそこに置いて略拝詞を奏上し、高宮斎場へと歩いて行きました。

 

 

 

 

左手には二の殿と三の殿がありますが、神殿真裏にあって、二の殿には

 

沖津宮の()(ぎり)(ひめ)神、三の殿には中津宮の湍津(たぎつ)(ひめ)神が祀られているのですが、

 

呼ばれた気がしなくてまだ私は参拝したことがありません。

 

 

 

実際に世界遺産に認定されている沖津宮がある宗像沖ノ島へは、一般の方の

 

参拝はできません。

 

 

 

いつか宗像大島に鎮座する中津宮へ参拝に行きたいなと思いますが、

 

辺津宮の二の殿、三の殿でも、そのうち呼ばれたと感じ

 

お参りできたら何かの気づきがあるのかなと思っています。

 

 

 

 

 

高宮斎場へ来ると数組の方たちがいましたが、そんなに待つことも無く

 

お参りすることができました。

 

 

 

天津祝詞で禊祓い、前回はトホカミを奏上しましたが、大祓詞の

 

「太祝詞事を宣れ…」でその間に、トホカミやアワウタ、ひふみ祝詞、カタカムナ、

 

タカマパルを入れて浮かぶままに奏上しました。

 

 

 

 

 

祝詞の最中も隣に来てお参りされているのが分かり、

 

奏上できたことにも感謝です。

 

 

 

 

あっという間に感じた奏上でしたが、高い耳鳴りの中、体にビリビリした感覚に包まれ、

 

周りの現実から切り離された感覚は時空を超えたような別世界で、

 

自分ではない誰か、もう一人の自分が祝詞を奏上しているような感じでした。

 

 

 

 

 

段を下りて、しばらくこの場に感じる暖かい癒しを感じる神氣を感じていました。

 

 

 

リュックから法螺貝を取り出して、乙音(おつおん:ブゥオーという低い音)も

 

甲音(かんおん:ピィイーという高い音)も伸びて息の続く限り伸ばして、

 

感謝を込めて吹き鳴らしました。

 

 

 

 

いつだったか高次の存在からのメッセージで、神社、仏閣に出向く訳は、

 

お参りに行くことで場の弱った氣を渡して送り、代わりに神から何かを受け取ることが、

 

本人は分からないながらも、呼ばれる理由だと、受け取ったことがありました。

 

 

 

これも責任などは負わずに自由に、緊張することも無く、気軽にフワフワと

 

明るく楽しんで、が生きる上での行動の基本だと感じるのです。

 

 

 

 

不思議と思うような、または驚くような出来事であっても、

 

意識は「そうなのか」というくらいの気持ちで良くて、あまり気にする必要はない

 

とも伝えてくれたことにも、自由さを感じ、波動が高い状態を

 

意識したのです。

 

 

 

 

神恩感謝です。

 

 

 

 

 

 

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。

 

 

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