サイレント期間も、もう3年か
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
叔母から譲り受け大切に乗っていた愛車も、車検を通すのに40万近い修理代が必要と
見積もりが出て、叔母に対してもこれだけ長く乗ってきたので良いかなと
廃車にすることを決め、中古車ですが軽自動車を買ったのです。
支払いも済ませ、業者の日程で昨日の夜、納車されましたが、その前の日
廃車にする車の荷物を全部出しておいたのですが、その中にクリアファイルに入れた
「Mさんへ」と書いた手紙が出てきたのです。
当時彼女は、私に非人間的なレッテルを貼り、誹謗中傷をし、ハラスメントを
していた集団、K会の集まる飲食店に出入りしていました。
K会は、同級生のK氏を中心に、私を貶めるために話を広げて
その噂をあらゆるところまで広め、社会的に貶めるという
イジメを繰り広げていました。
その噂は私の身内にも届くようになっていました。
その発端は30代の頃仕事先の社長からの照会で知り合ったE氏でした。
彼は私よりも15歳ほど年上でしたが、彼が私を恨んでいることには
うすうす気づいていましたが、彼は仲間内から私の誹謗中傷を広げていったのです。
今となれば真実は誰も知らないまま、と行っても良いかもしれませんが、
悪評の輪がどんどん広がっていきました。
その集団でのM女子が虐めを受けていると聞いたことから、私は彼女を助けるために、
K会が集まる飲食店へと近づいていきました。
私の側から俯瞰して見た時、人を恨むということは、彼に私に対する
妬みや嫉みがあったことは事実で、いい歳の大人でも、彼には人を許容するような
心の広さを持っていないことが分かります。
心ある人であれば言わないであろう、差別、侮蔑の言葉を投げつけてくるのも
日常的にあり、それが経済的にも、そんな奴は詐欺師だとまで言われ、
そのレッテル貼りによって仕事は激減し、経済的にも困った時期がありました。
外見、今ではルッキズムというのでしょうか、間欠性外斜視であることで
疲れているときなど、「目が離れている」とハッキリと言われたり、
「気持ち悪い」といった声や、人に対して悪口しか言わない信用ならない非人間だと
言い続けられてきたことによって、大抵の人はそれが真実だと思い込み、
私が近くに来た時、以上に貧乏ゆすりをするといった行動が見られることに
気づきました。
そして私が知らない人たちからもコソコソ話や時には指を差して、
誹謗中傷しているのが分かりました。
しかしその噂として広まった誹謗中傷を私に直接言うものは誰もおらず、
そういったエネルギーバンパイア的な出来事がこの30年間ずっと続いてきたのです。
相手、敵というべきものの意思は、私に情報を与えず、孤立させ、
希望を失わせることにあるとに気づいたのです。
これは孤独を味わうことで誰にも言えなくするといったことが目的だと
理解したのです。
「お前が悪い!悪いことはすべてお前のせいだ!」といったネガティブな
忌まわしい事の責任を背負わせるというE氏、その仲間内の意思を感じたのです。
心が弱気だと、その思いが加速し、望まないにもかかわらず、いつまでも
その状態でいることになってしまいます。
あまり露骨に目の前でコソコソ話をされた時には、誰かは知りませんでしたが、
直接その人たちに罵詈雑言を浴びせ、文句を言ったこともありましたが、
その場から逃げるように去っていったことから、大人しい弱気ではなく
強気も時には必要なことを知っていったのです。
大切なことは自分を見失わないことです。
怒りに任せるというのは相手の思う壺でもあります。
そういった時の最善の対処法は、何故その人は理不尽と思える行動を取るのかが
冷静に俯瞰して見ること、ができた時、「私のために」してくれて、または言ってくれて
「ありがとう」と感謝の気持ちを相手に伝えることです。
どう受け取るかは相手次第で、私には知るべくもない事と線引きをして上で、
しかし、私はこうだと思う!と意見や意思を伝えようとする意志が
大事なのです。
スピリチュアルな世界から見た場合、一番の罪は魂を傷つける行為を行った時で、
高次の存在が教えてくれたことは、宇宙や神は決して許すことがなく、
必ず因果応報としてその魂を持つものに返ってくるというものでした。
そう思うと、報復や仕返しといった処罰や刑は復讐といった形で自分がやることではなく、
神や宇宙がすることで、出来うる限り、そんな下らない低俗なことに
囚われないようにしようと、思うようになっていきました。
確かに生きていてネガティブなことがあるたび、ずっとそこに居続けるという
ループにはまるのは下らない事に思えたのです。
私自身が為すべきことは、自分の魂を感じて波動を上げ、愛と光と感謝の光を放つこと
だと感じるようになっていったのです。
手紙を封筒から取り出して、これを書いた自分と今の自分がどう違うのかと思い、
開いて読んでみました。
私が知っている顛末を書いていて、少し固すぎたかなと思いましたが、
最後に「あなたのことが好きです」と書いた文章の、その時の感情は
今でも変わらず、心に、もっと深い魂にあるのです。
以前の私であれば、これを読んでいるM女子のことを思えば、恥ずかしいと
思ったことでしょう。
しかし3年前とは時の流れで状況が異なりましたが、この手紙の思いは
私の心にいつでも在り、時が来た時にM女子に直接伝えなければ意味がない
と感じたのです。
封筒に戻して、この手紙に、
ダッシュボードにいてくれたことに有難うと感謝して、
ビリビリに破いて捨てました。
いつも高次の存在から後押しされる、飛ぶというのは、思い切った行動で、
心にあること、直感で感じたことを素直にそのまま出すことです。
そしてツインフレーム、ツインレイプログラムやスピリチュアルなことで
知った知識や理解したことにも左右されずに、
今を大切に行動しようとする心こそが大切で、
自分の心にも魂にも嘘をついていない
自分が今、此処にいると感じたのです。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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