ありゃ!ラジオ体操の時間過ぎてる
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
朝の微睡は私の場合、幸福感でいっぱいかというとそうでもなく、
休みの日など、ゆっくりしていいもので、
そのままだらだらと布団で時間を忘れていい
自由な時間だと考えがちですが、何だか勿体ないと
感じるのです。
朝、目が覚めると、何だか違和感を覚え、時計を見ると
7時10分を回っていました。
その日は休みでもなく、昨夜はいつもと同じように12時過ぎには
眠りについたのですが、朝7時の子供会のラジオ体操の時間を過ぎていて、
寝坊してしまったのでした。
自治会の役を任されているとはいえ、飽くまで子供会主催で、
参加者も少ないだろうかと自主的に参加しているので、
義務や強制ではなく、罪悪感はそんなに覚えないのですが、
寝坊したというのはあまり気持ちの良いものではないのです。
気持ちを切り替え、東の窓に太陽が出ているのを見ながら、
ア~マ~テ~ラ~ス~と十言の神咒を始めました。
片目ずつ朝日を直に見つめると
氣というかエネルギーを感じ、気力が湧いて
それぞれのチャクラに満ちて、今日も明るく元気に
一日の始まりを感じたのです。
神床の榊と水玉の水を換えてローソクに火を灯し、バチを持って二拝二拍一拝し、
ドンドンドンと太鼓をいつもより強く打ち鳴らしました。
握っているバチに力も入らず、手首を上手く使って調子良く太鼓を打てていて、
左手で拍子をうまく取れているのが分かりました。
ニ拝のあと警蹕と思考に浮かび、「オオオオオオ~」とワークの時のように
ガイアとつながったコードを意識して今いる場所から上へ、
さらに高音を出して地球全体を見ている私がいて、
低い音のときには地球の中心へグラウンディングしている
イメージが流れていました。
低くから高くと繰り返して息が出なくなったところで神床を見つめ、
息を思い切り吸うと同時に何かが入ってくるのを感じていました。
天津祝詞、続けて大祓詞では、「太祝詞を宣れ~」で、
トホカミ、布瑠の言、アカハナマ、タカマパルを唱えて奏上し、
ひふみ祝詞、天地真理観を、太鼓を叩いてと流れるように
祝詞を奏上していきました。
普段はあまり奏上しない「一切成就祓之祝詞」や「武の振り祓え」、
「カタカムナ」7首から10首まで、造化三神報恩祝詞、龍神祝詞、産土神の祓、
神棚拝詞まで私が知っている祝詞や言霊をフルセットで奏上しました。
最後に太鼓を叩いて朝のお参りを終えましたが、座布団に座っているとはいえ
1時間以上正座したせいで、足が痺れ、しばらくかかとを伸ばし
中腰のまま神棚を眺めて、痺れが取れるまで待って
火消でローソクの灯を消して神恩感謝で合唱して一礼しました。
最近あまり光のワークや瞑想をサボって?、基、やっていないからなのか、
光のワークで「愛と光と感謝のエネルギーを周りに送ることはある意味
Light Workerとしての使命でもあるのですが、普段の心の在りよう、
そして普段の行動で波動を高めていると周りにいる人たちに
愛と光を送ることになるので、ルーティーンとして、またはおざなりに
形式的にやるのは意味がないとハイヤーセルフは答えたことがありました。
寝坊した分のラジオ体操の時間を、私にとって有意義に使えたような気がしたのです。
さて次は、三宝荒神にお参りと黒松とヒサカキの榊立てとコップの水を下ろして、
居間に置いているディフェンバキアの鉢や他の観葉植物に
お水を捨てずに入れてあげて会話をするのです。
これは人だけではなく周りを大事にし
そして自分を大事にしようとする気持ちが持てると
周りからも自分自身も大切にされ、またするようになると
いった当たり前のことだと思うのです。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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