お金が足りない
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
午前中の仕事を終えてお昼になり、昼からは受講予約も無かったので、
やるべきこととして、もう12月も近いので取引先やお世話になっている方々に
お歳暮を贈ろうと考えたのでした。
夏のお中元は大手ショッピングセンターに入っている明太子屋さんに
従弟の娘がアルバイトで働いていたので、そこに頼みましたが、
送料が思った以上にかかることや送付状を書くのが面倒に思え、
何処に頼むのかをどうしようかなと思ったのです。
自宅から歩いて5分ほどの所にコンビニがあるのですが、
一昨年このコンビニがいきなり閉店してしまい、建物を取り壊し
新たに建て直されオープンしましたが、どうやらオーナーが変わったため
そうなったようでした。
それまでコンビニのギフトで頼んでいましたが、送付先が印字された申込用紙と
ギフトカタログが送られてきていたのですが、それが送って来なくなり
1年間他の所で頼んでいたのです。
銀行のATMへ行ってお金を降ろしてその足でコンビニに出向き、
冬ギフトのカタログと1枚では送付先の記入欄が足りないので
2枚申込用紙をもらってきて、お歳暮の送付先を記入しました。
まとめて記入でき、送付時期や時間帯、のし等も指定でき、送料も込みなので
利便性を考えると一度記入するだけでまたギフトカタログと申込書を
送付してくれるとの事なので、手間と面倒が省けるのです。
ネットで頼むという事も考えましたが、これも個人情報が絡み
手続き上アカウントやID、パスワード等の面倒さを感じるので、
結局その都度現金払いという選択です。
少し用事を済ませコンビニへ行くと、レジではお客が並び少し待ちましたが、
小学生低学年くらいの女の子が財布を開いてモジモジしていました。
「どうしたの?」と店員さんが訪ねると、「お金が足りません」と云うのでした。
カウンターにはお菓子が3つ置いてあり、お金が足りないので1つ返すか、
買わずに店を出るかといった選択が考えられますが、商品を返すにしても
レジでの作業に気兼ねして戸惑っているのが分かりました。
財布を開いているので60数円しか入っていないのが見え、
私が後ろから「いくら足りないの?」と尋ねて声をかけてみました。
「6円足りません」というその子に10円差し出すと「有難う」と顔を赤らめ
恥ずかし気にお金を入れて精算をしました。
店員さんが「良かったね~」と云うと、頭をぺこりと下げ
「ありがとう」といって店を出ていきました。
申込書を出すと、店員さんが
「ちょっと待ってください、やったことが無いので聞いてみます」と
奥のスタッフルームへ行って携帯を耳に担当者と会話しながら戻ってきて
レジ打ち作業をしてくれました。
支払い機でお金を支払い、申込書の控えをもらおうとしましたが、
レシートが控えのようで無いようですと言われ、何か記入漏れなどがある時は
申込用紙に私の携帯番号が書いてあるので連絡くださいと伝えて
お店を出ました。
時に買い物をしていて数円足りないとかすぐ前の客がどうしようかという場面に
遭う時がありますが、足りない分を「どうぞ!」と入れて上げたりしましたが、
これも選択行動の1つです。
本当はその人のためには何もしないというのが一般的な正解だと思います。
しかし自分の財布に余裕があり、少額であれば
笑い合えることもあったりするのです。
午前中、釣りの師匠から「キムチをつけたから午後2時30分以降に取りにお出で」と
電話がありコンビニを出て師匠の家に向かいました。
途中、コンビニの店員さんから「控えがありました」と携帯に電話が入り、
車を運転中だったので路肩に車を寄せて止め、「今、外出中で、帰りに取りに伺います」と
電話を切りました。
師匠の家に着いて手土産のビールと野菜ジュースを渡し、「ご無沙汰してます」と
挨拶を交わし、少し近況を話しました。
大きなタッパーにキムチと「おでんを沢山作ったから」と奥さんから貰って、
また伺いますと師匠の家を出ました。
車に乗り込むと赤い朱色の鳥居が思い浮かんだので、その近くにある
宮森神社へと行ってみました。
この地区には比叡神社もありますがその時は意識には無く、
思い浮かんだところへ行きたいなと思うのが
呼ばれたことを感じるのです。
鳥居之祓を奏上して朱色の鳥居を一つずつくぐり礼をしていく毎に、
何か変わった、あ、また変わったと変化を楽しんでいました。
賽銭を入れ、二礼して鈴を鳴らし、祠を見ると半分扉が開いていたので
お祀りしている人が来ていたのでしょう、住所、氏名、年齢、性別を述べて
頭を上げた時、眷属の右の狐の目が光ったように見え、二度見してしまいましたが、
その眼差しは優しく感じたのです。
天津祝詞で禊ぎ祓い、大祓詞、神社拝詞を奏上し、祭神のご発展と弥栄、
世のため人のために世界平和を祈り、神恩感謝と述べました。
鳥居をくぐって出るごとに振り返って一礼していくと、今日は法螺貝を
持ってきていないことに気づきましたが、
法螺貝も立てなければいけないかと云うと、普通に考えれば
吹き鳴らすことの方が特別で、そんなこともないのです。
今日は、大祓詞も奏上して神社拝詞で気持ちも晴れやかで
清々しく感じ、世のため人のために尽くさしめ給え
と宇迦玉命にお伺いを立てられたことに
感謝できた自分を誉めることのできる
良いお参りできたと頭に浮かんだのです。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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