無防備であることの強み
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
ときおりネットやテレビで何かの言葉であったり、思考に「心を守れ」と
しきりに浮かんできて、どいうこと?と思ったりもするのですが、この世には
良いと思えることばかりではなく、人からの思念や想念といったもので
気持ちが落ち込み、エネルギーを無駄に使われることも多いのを感じます。
人の心理としても自分に無いものを他人が持っていると、果ては羨み、
それが極端になると妬みや嫉み、時には悪いと思われることは何もしていなくても
恨まれることもあって、自分が思い描いた世界とは真逆の事も
誰にでも起こっていると高次の存在は伝えてくるのです。
魂の側面からは、良し悪しの判断を決めつけて下すのではなく、
それが何のために起こっているのかを知るために、そういった負の出来事は
起こるとも言うのです。
よく引き寄せで「この世界は自分自身が創造している」というのを目にしたりしますが、
事はそう単純ではないことも生きていて当たり前だと言うのです。
その学びのために魂はこの世に生まれた時に入ってきているので、
善や悪といった二元論を超えたところに意識はあると
ハイヤーセルフは答えました。
辛い、悲しい、苦しい、怒り、引いては人間嫌い、厭世観を抱く、といった
ネガティブな事を世間的に噂、私の場合は悪評で、実際に私が相手を知らなくても
悪人として有名にされ、世間に拡散されて行ったという過去があり
今に至っています。
こういったことは芸能人や政治家などのスキャンダルや不祥事を
炎上や世間的に叩かれてといった大衆の正義感という
ある意味、洗脳、扇動によるまやかしによく見られることです。
一般的には世界から疎外、排除、抹殺まで感じ、生きていてもしようが無い
とまで思ったこともあり、自殺まで考えました。
そうなるに至ったことについて私には贖罪、購い、それに対する責任といった
果たすべきものでは無く、ただそれがどういったことを意味するのか
頭で考えたことではなく、魂がどう感じたかが重要で、そういった
ネガティブな事を味わうために学び、そして試練が続いていると
高次の存在は言うのです。
これは私がそう思ってもある側面からの見方、引いては考え方、考え癖が
ついているのであり、外部的な他からの影響というものは
関係が無いとも云うのです。
どう思うか、どうしたら魂が喜び、満足するかで、そのネガティブな事を光に変え、
自分自身を時には守る、守るというのは自尊心もそうですが、
生きていることを守るということで、内なる自身と繋がりその光を発することで、
他からの影響を受けなくなるというのです。
しかし言いつくろって自分のエゴとしてプライドというものを守るという事ではなく、
本質、そのものを守れと言うのです。
禅問答みたいですが、思考ではなく、感じ方、どう感じるか
真に魂がどうしたいかで、プライドを守るという事は、他に対してだけではなく
時には自分自身にも嘘をつかなくてはならなくなるときがあります。
嘘は嘘を積み重ねるということになり、決して心は、満足はしないのです。
嘘を自分に付かないためには現実的にも誰かや周りの何かを思いやって
愛と光を発することで、それが難しく思えても、です。
難しいと思うのは、まだ生きてきて身に着いた考えやこうあるべきといった、
誰かのための都合、決まりや仕組みで考えているからです。
戦うのは対外的なものでは無く、自分自身だという事に気づきます。
見えている相手や出来事はそのために目の前に現れ、そういった出来事は
起きていると感じます。
先に述べた「心を守れ」は魂の本質に愛と光があることで、
それを無い、持っていないと思い込んでいる人や何かが、
妬み、羨み、といった嫉妬心から貶めよう、排除しようとするものから、
時には避け、時には受け取らず、無視して、エネルギーを取られないように
守ることだと高次の存在は教えてくれました。
嫌な出来事を目にしたり、実際にネガティブなことが起こる時、
気持ちが落ち込んだり、時にはショックを受けるほど、その出来事に囚われる、
ということは自分軸を奪われているという事です。
この世界は自分自身が創り出しているならば、自分が主役でなければ、
それは自分自身が生きていないということになります。
変に好戦的だった過去の自分を考えてみると、何が一番強いかと言えば、
腕力や暴力、喧嘩や争い、抗争や戦争に無い、愛と光です。
愛は思いやりや優しさ、光は明るくポジティブに笑え、幸せを感じることで、
それは生きている喜びを感じることです。
イジメや虐待、引いては他や自を殺してしまうより、育て育み、楽しむことの方が
幸えるのです。
肉体が滅んでも魂は不滅だと知っていれば恐れも一つの側面の見方にしか過ぎない
ともハイヤーセルフは答えました。
だからLight Workerとしてだけではなく、生きている一人の人間としても、
無防備であればあるほどこれに勝るものは無いとも言うのです。
なぜなら神や宇宙に既に守られているからという理由です。
そこに根拠はありませんが私の内なる心にある
愛と光を感じ、絶対的とも言える安心があるからなのです。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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