告白しない | 希望と光のブログ

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告白しないと勝手に決めつけるな

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

 

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します

 

 

 

 

 

ウォーキングで歩いているとき、午後3時過ぎて下校の子供たちが大勢で

 

列をなして歩いていました。

 

 

 

 

今は学校も統合され小中一貫校となっていて、その時はランドセルを

 

背負った子供ばかりで、それぞれグループでワイワイと騒ぎながら歩いているのを、

 

時に「こんにちは!」とこちらから挨拶して、どんどん追い抜いていきました。

 

 

 

 

全国何処でも「オはようございます、またはオつかれさまです、アりがとうございます、

 

シつれいします、スみません」の頭文字を取った地域でのコミュニケーションを取る

 

という啓蒙活動のオアシス運動はあると思うのですが、子供によっては

 

親が言っているからなのか、こちらが「こんにちは!」と挨拶しても

 

無視する子供もいて、怪しい人からの声掛けは気をつけるようにという

 

犯罪防止の意味もあってそう思っている親たちも少なからずいるようです。

 

 

 

 

 

どちらが良いとか悪いとかはそれぞれの判断で構わないと思いますが、

 

元気に返事を返してくれなくても、挨拶だけは声掛けをした方が良いと

 

私は思うのです。

 

 

 

 

500メートルほどの集団の中間くらいまで来たとき、小学5年か6年くらいの

 

女の子たちに「こんにちは!」と挨拶した後、追いこすとき、

 

一人の女の子が声色を変えて、いきなり人称を抜いた形で

 

「告白しない…。」と言ったのです。

 

 

 

その隣の子が「しないの?」と確認するように尋ねました。

 

 

 

 

これも私にハラスメントをしいているK会関係者が世間の噂として

 

私とM女史に関することだと、その子の声色からピンときて直感が働いたのです。

 

 

 

親たちがそのことを噂で聞き話題にしているからか、学校関係者、

 

一部の先生たちがそのことを話題にしているから、という思いが

 

頭に入ってきたのです。

 

 

 

 

これがその子たちが見ているドラマやアニメの話だとすると

 

私とは一切関係が無いという隠れ蓑でもあります。

 

 

 

これも宇宙からのお試しでもありますが、私は俯瞰してみて

 

それを受け取らず、その意はその子らに返すことにしました。

 

 

 

私の魂の望みでもある魂の片割れとの統合や、成功や幸せを成し遂げさせないという、

 

これまで30数年というもの悪評を立て続けれらてきたことで、

 

私に対する世間の虐めで、尊厳や人権までも貶めようとする意思が

 

そこにあるのを感じてきました。

 

 

 

 

これも生きる上での障害として捉えれば、全体像が俯瞰して見る事により

 

それに立ち向かう意欲も湧いてくるのです。

 

 

 

時に降りてくるメッセージで、それも魂の学びのために

 

それが自分の思いとは別に出来事が起こっているというのです。

 

 

それは、最初はE氏が私を恨み始め、私に対する悪評を立てたところから

 

始まったのでしたが、何故そこまでして世間に噂をバラまき、貶めるのか

 

最初は理解できませんでした。

 

 

 

人というのは意外と年齢や世間的な経験があって知識がある人でも、

 

人に対する妬みや嫉みといったネガティブな感情を払拭できる魂は少なく、

 

私を恨んでいるE氏も魂に光が届かない存在だと気づかされたのです。

 

 

 

 

それは経済的、世間的な承認欲求や名誉といったもの、目に見える物質世界の中で

 

自分の立ち位置を何かや誰かと比較していること、それが人よりも上だという

 

最大の価値観だと思っているのが分かりました。

 

 

 

世間の目が牙をむく時というのは孤立を生み、孤独に陥ります。

 

 

 

誰しもがそうはなりたくないという、イジメられたくないという気持ちは、

 

当たり前にあって、その寂しさと絶望的孤独感を味わったとき、

 

心は闇へと落ちていきます。

 

 

 

相手を憎み、その気持ちや感情をぶつけるとなると暴力や

 

最後は殺人まで行きつくということになります。

 

 

 

しかしそれではそういった低級な魂を持ったものに合わせて

 

自分の魂も落ちてしまうという事です。

 

 

私の魂にある光は闇の中で一筋の光を見つけ希望を生み出しました。

 

 

それは反骨精神ともいうべきもので自分の魂はやっぱり守らないといけないのです。

 

 

 

弱気はネガティブで、強気は元気でポジティブなものです。

 

 

 

それは、最初は強がりであっても構わないと思います。

 

 

 

しかし威勢を張るのではなく、謙虚に正しく俯瞰して物事を見る事が大切で、

 

そこにはその感情を感じてみる必要があり、その時に自分はダメだとか

 

決めつけてしまわずに自己肯定感を失わないことです。

 

 

愛と光があればそれは難しいことでも何でもありません。

 

 

そういった立場に置かれたとき、周りにいる人はすべて敵のような

 

錯覚に陥りやすいですが、本当は孤独では無い、自分は一人で生きているのではない

 

という事にも気づきます。

 

 

敵でなければ必ず困っている時には助けになってくれるのです。

 

 

それは誰にでも出来ることだと私は感じるのです。

 

 

 

相手や周りが何と言おうと、正しき行いを心がけること美しいと思える心、

 

真実の愛、それはキレイごとではなく、単純にM女史の事を好きでいるという

 

湧き上がってくる思いがあること、です。

 

 

そのことを魂が知っていることを信じ続ければ、そういったネガティブな

 

出来事は関係は無いことに気づきます。

 

 

 

最近受け取ったメッセージでは、神を信じ宇宙を信じ、自分を信じ、

 

M女史を信じるという段階は過ぎて、魂の段階は次のフェーズへと移行しつつあり、

 

3次元的も、魂の望むことを信じるというより「知ることになる」というのです。

 

 

M女史と再び出会って会話をし、心を通じ合うことを思えば、ワクワクして

 

あれもしたいこれもしたいと思い描き、意欲がどんどん湧いてきて、

 

生きている実感もより強くなるのです。

 

 

 

女の子から言われた「(M女史が私に)告白しない」、という

 

他人の無責任な誰かが決めたことは、思い込みであろうとなかろうと、

 

私たち二人の魂には本来関係がないのです。

 

 

 

 

 

 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

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