協力=最強です!でももっと最強なものがありました!ある意味オヤジ最強! | 姿勢やトレーニングに悩んだ方へ。【矯正王】姿勢と背骨のプロが語ります

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軸をつくるボディワークスタジオBASE Conditioning Labo、せぼねや京都のオーナーが日々の事や、思ったことを綴っています。2022の医療オリンピック近畿ブロック「矯正王」です。2023は準優勝

前回、

『伝えると言う事。伝えられると言う事。』

で伝えると言う事について僕の思うところを書いてみました。


最初、書き始めた時は、

伝える側が一番意識しておかなければならない事

と言う事で、
『協力=最強です!でももっと最強なものがありました!ある意味オヤジ最強!』
と言う今回のタイトルで書き始めたのですが、

 


『協力=最強です。』
の部分の説明が長くなりすぎて

 

 

『もっと最強なもの〜〜〜〜』を書く頃には
途中で完全に集中が切れてしまったので
タイトルを急遽
『伝えると言う事。伝えられると言う事。』
に変更してアップさせていただきました。



なので、今回はその前回の続きを書こうと思います。


前回の内容『伝えると言う事。伝えられると言う事。』をざっくり言うと、

伝える側は、分かりやすい説明に心を配るだけでなく
『この人から話を聞きたい』と思ってもらえるような
あらゆる努力をする事。

 

一方、伝えられる側は、相手がどんな人であろうと
自分にとって有益な情報を発している前提で真摯に受け止める努力をしましょう!
 

 

と言うようなことを書きました。

 

 

要するに『伝える側』『伝えられる側』

双方の努力がコミュニケーションにおいては重要なポイントなのではないかなと思っています。

 

 

ではこの『伝える側』『伝えられる側』の
歩み寄り以上に『伝える側』にとって
大事なこととは何でしょうか。

 

 

それは、
『相手が気づくまで待つ!』
これに尽きます。

 

 

正直、手取り足取り分かりやすく教えてもらったものよりも、
自分で悩み、研究し、理解、納得して感動して身につけた知識

の方が僕自身はアウトプットする時に大きな差が出てくるように実感しています。

 

 

伝える側は、

伝えられる側が考えるべき方向のヒントを指し示してあげる程度がいいのかもしれません。

 

 

そもそも今回なぜ、こんな身体と関係無いような事を書こうと思ったかと言うと、

【ギリシャ語講座】20年以上ぶりに父親に勉強を教えてもらった!

 

ってやつです。

 

 

 

僕は今まで塾や公文といった学習塾には行ったことがありません。
というか、行かせてもらえませんでした。

 

 

父親が大学の教授で
(さらに、多分まじで天才やと思います)

『高校を卒業するまでは勉強で分からない事があれば父親が面倒を見る』

(マジ勘弁ww)
という事になっていたからです。

 

 

なので宿題やら何やらで分からない事があればよく父に聞きに行ったのですが、

 

 

『お前は何がわかってないか分かってないから何を教えたらいいか分からん!
 

まずは何が分かってないか分かってから聞きに来い真顔

 

 

まぁ、こんな感じです。

 

 

こっちからすれば
『それが分からんから聞きにきたんやないかいムキー

なんです。

 


しかし、、、時々、、、、本当に時々

 

 

『そこまでは聞いて無いです。。。。笑い泣き

 

 

と言うくらい深ーーーーーい所まで解説をしてくれて

『もう、お家帰してえーん

って言うこともありました。

(家の中で教えてもらってるのですが、家に帰るという表現自体おかしいのですが、まさにこんな感じです。)

 


その時は
『おとんのスイッチ入ってしもた』

くらいにしか考えてなかったのですが、今考えると、解説泥沼(失礼ww)にはまっている時は、

 


おそらく、僕が何が分からないかがしっかり分かっていて、理解するポイント、理解の仕方さえ間違えなければ、その先の応用も含めて何とかなりそうなので、『もういいよ!』って言うほど解説してくれてたんだと思います。

 

 

が、これはスーパーレアなケースで
基本的には門前払いでしたチーン

 

 

 

僕がまだ実家にいた時、父の教授友達が晩御飯を食べにきた時にこんな事を仰られました。

 

 

今でもめちゃくちゃ覚えているのですが、

 

『君のお父さんは凄いよ!お父さんのクラスは頭のいい人しか受けられないから!』

 

 

その時はまだ僕も素直ニコだったので
『スゲーチュー』くらいにしか思っていませんでしたが、

 

 

僕が人に教える立場になった最初の頃、
『今なら分かるねー。頭にいい人に教える方が簡単やん!』

なんてイキがっていました。

 

 

なので、その反動なのか
いかに分かりやすく伝えるか

という事に執着していました。

 

 

 

しかし僕も色々経験させていただいて、今思うことは、
頭のいい人に教えるのもそうで無い人に教えるのも基本的には同じだという事です。

 

 

結局、

 

 

受け手がいかに、自分で自分の道を切り開こうというモチベーションを持ってくれるか。

 

 

僕が何かを伝える時は
まずこのモードに入ってくれる事に

全力を注ぎます。

 

 

このモードになっていない人に
手とり足とり全部教えることは伝える側の自己満足でしかないからです。

 

 

『先生の説明分かりやすいわぁ』

って言われてもその時だけで終わってしまえば全く意味がありませんし、伝える側が『分かりやすい説明をできる自分』に酔いしれるだけです。

 

 

どんなに頭のいい人でも
手取り足取り全てを教えられ、

その全てを覚えたとしても、
受け身であり続ける限り

自分で発見するという習慣のある人には
敵わないと思います。

 

 

そして、このモードに入ってしまえば
本人が勝手に考え出すので、
本人が何か気づいて、聞いてくるまで待つ事です。

 

この間の沈黙に耐えられないうちはまだまだですね。
なので僕はまだまだです真顔

 

どうしても会話で埋めたくなってしまいますから。。。
本人は必死に『あーでもない、こーでもない』と考えている時は黙って見守るのも必要なスキルです。

 

そういう意味で

ただ答えや解き方を教えるのではなく、
伝えられる側が、その問題の必要性や問題の意味、その人なりの答えなどに

『気づくまでしっかりと待つ』事ができる人は
本当に教えるのが上手いと思います。

 

 

おそるべしオトン=83才(やっけかな。もしかした82才)。

 

2018年 9月17日 (月) 敬老の日