第2話 姑息(こそく)な損得勘定が必ずバレる理由
姑息な損得勘定が必ずバレる理由
自分の損得ばかりを考えて行動する利己主義者は、正直者を出し抜いて一時
的には得をします。が、長い目で見れば必ず損をする運命にあります。
それは、人間の社会には次の3つの原理が存在しているからです。
(1)互恵不能原理
(2)暴露原理
(3)集団淘汰原理
まず、(1)の互恵不能原理から。自分の損得ばかりに焦点が合っている利己主義者は、「お互いさま」で成り立っている人間社会で、最終的には「嫌なヤツ」
として人々から村八分にされます。そのため、よいパートナーに恵まれて力が倍加したり、窮地を支援者の助けで脱したりという幸運にも恵まれづらく、「互
恵」が「不能」になるので、結局は正直者より損をします。これは構造がわかり
やすいため、あからさまにわがままな行動をとる人は、実際のところ少数派でしょう。
心理学的に、より注目すべきは(2)の暴露原理です。暴露原理とは、人間には利己主義者を見分ける能力がきわめて強力に備わっているということです。
利己主義者は((1)の互恵不能原理によって)周囲から排除されるのを防ぐた
め、表面を取り繕う行動に出ます。「この人の力を利用できれば得だ」と計算し
た相手の前では、愛想よく振る舞い、自分はいい人だとアピールします。逆に自分にとって利益がないと判断した相手には冷たい態度をとります。損得計算に基づく姑息な「態度」の使い分け。見せかけの利他性です。
ところが、いくら表面をごまかしても、利己主義者であることはすぐバレてしまい
ます
第1話 運がない人は、なぜ運がないのか
あなたの周囲を見回してみると、仕事でもプライベートでもなぜかいつもツイて
いて物事がトントン拍子に進む人はいないでしょうか。逆に、運に見放されたか
のように何事もうまくいかず、沈み込んでいる人はいないでしょうか。このような
幸運、福運、強運の人と、不運、悲運、悪運の人はなぜ生まれるのでしょう
か。そして、両者はどこが違うのでしょうか。
私たちは「認知的焦点化理論」というものを唱えています。人が心の奥底で何
に焦点を当てているか。そこに着目した心理学上の研究です。
ひとことで言えば、ある人が物事に向き合うときに、どのぐらい他人のことを配
慮できるかという観点から、人を分類しようとする試みです。
図1をごらんください。横軸は社会的・心理的距離軸を示し、自分を原点として、
家族・恋人→友人→知人→他人……と、右に進むほど関係は遠くなります。他
方、縦軸は時間軸です。物事の対処に当たり、思いを及ぼす時間の幅を示す
もの。「現在のことだけ」か「2、3日先」か「自分の将来まで」か「社会全体の将
来まで」か……と徐々に幅が広がっていきます。横軸と縦軸を結ぶ曲線で囲ま
れた面積は、配慮範囲の大きさを表しています。
たとえば、極端に利己的で目の前の自分の損得のみに心の焦点を合わせてい
る人は、横軸、縦軸とも目盛りゼロの原点付近に位置します。後先を考えずに
怒りに任せて人に暴力をふるう犯罪者などがこれです。
逆に、自分から遠い存在である他人のことまで思いやる人ほど、あるいは遠い
将来のことまで配慮する人ほど、曲線で囲まれた面積は大きくなります。幕末
の志士など、人望あるリーダーがこちらに当てはまります。
そして、この配慮範囲の面積が広い利他的な人ほど得をし、面積が狭い利己
的な人ほど損をするというのが、私の研究から導き出される結論です。後で詳
しく説明しますが、世の中には、利己的な人ほど運をつかむチャンスを失い、ま
すます損をする法則があるのです。
もしもあなたが、自分ではそんなに悪い人間ではないつもりなのに損することが
多かったり、頑張っているのに不運続きだと感じているとしたら、一度、自分は
心の奥底で本当は何に焦点を当てているか、文字通り胸に手を当てて考えて
みる必要があります。人を貶めるほどのことはしていなかったとしても、自分ひ
とりの不安感や近い将来のことばかり気にしがちではなかったでしょうか。
利己的と利他的とは全く別次元に位置する対立概念ではなく、地続きの連続的
なもの。図1の面積の大小が示すとおり、程度の違いにすぎません。一見気が
利くタイプなのに評価の上がらない人は、自分の心の幅、つまり潜在的な配慮
範囲が少し狭く、利他性が低いことに原因が潜んでいるのかもしれないので
す。
