何気なくテレビを見ていた時の事。

勢いに乗っている綺麗な女優が出ていた。

その女優が芝居について、インタビューされていて

自分の芝居の価値観について語っていた場面だった。


「一番難しい役柄は、いい人を演じる事です。」


それを聞いてそうだなあと納得した。

何も演劇の世界だけの話じゃない。

現実でも、いい人生きることはとても難しい。

誰の感情も乱さず、皆に好感を持たれる。

そんな風なこと。

そういう人もいるし、たまたまその部分だけ

見える時もある。

しかし、大抵そういう場合は、後の人間関係が

あまり続かなかったり相手との距離がいまいち

縮まなかったりする。


恋愛だと、「いい人なんだけどね。」とか、

印象の薄い人の特徴を聞かれたりした時だと、

「いい人ですよ。」なんて答えることがある。


友情でも愛情でも、

いい人でいて欲しいとかいい人と出会いたいという

願望はいくらでもあるのに、いざそんな出会いを迎えても、

それ以上に発展しない場合が多い。

むしろ、腹を立てたり、落ち込んだりそうした

感情を沸きたてた相手のことが気になったりする。


いい人と一緒にいれば、穏やかでいられるにも

関わらず・・・。


人間って自己表現する生き物なんだなとつくづく思う。

だからこそ、いい人でいるのは難しいんだ。

自分が人間であり、生きている証を常に表現してるのだ。

だから、喜怒哀楽があるのか。

そもそもそういう感情も、相手があって成り立つものだ。

何だか全てに合点がいく感じがした。


とても感慨深く感じてしまう一瞬だった。

そもそもいい人なんてうさんくさい・・・。

なんて思っている私は、いい人にはほど遠いなあ。

経験してみなければ分からないことがある。

人生で無駄なことは何一つない。

みたいな教訓は、なにかしら聞くことがある。


確かにそうだなんだが、それすらもやはり

そういう立場に自分が立ってみなければ分からない。

そして、何かが通りすぎた後に懐かしみながらそう思うんだ。


私は、最近趣味となっているバレエ教室の発表会に出た。

本当に小さな教室だし、発表会と言っても、プロでもなんでもない

いい大人がするどちらかというと素人同然のバレエだ。

当初は、恥じらいもあったし、私なんかが・・・。

なんて、思っていた。

そもそも出る事すら、迷った。

出来ない自分が情けなさすぎる。

人様にわざわざ恥を見せなくても・・・なんて。


でも一方で、教室のメンバーはほとんどでるというし、

人生でバレエを踊って見てもらえるなんて、

そうそうないし・・・。

未経験の事をやって見たい気もする・・・。


うーん。

迷ってるならやってみよう!


ということで、出るということに決めた。

だけど、やはり舞台は舞台。

先生は、それれなり指導を始めた。

本当に、出来なくて出来なくて泣きそうな毎日。

来る日も来る日も練習に明け暮れた。

オカネも飛んでいった。


舞台のそれもたった2分の出演時間のために、

練習の時間と労力とおかねと、

それ以上のものをつぎ込んでいると

思っていた。

何のためにやってるんだろうと思うことも

しばしば。


だけど・・・・。


当日が来た。

私達の番。


あーこの為だったんだなあ。としみじみ感じた。

私達はプロではない。

決して旨くもない。

だけど、このために積み上げてきたものは舞台上で

一つになって2分に集約されていた。

この発表会に出る為に、出会った人達もいた。

生活環境も立場も超えて、一緒に練習した人達と

距離が縮まった。

こんな経験を大人になってするとは思わなかった。


無駄な事なんてないんだな・・・。


しみじみと感じてしまった。

そして、まれが明日の元気につながった。

何だか、フジギだな。

嘘くせえと思っていた事を感じているんだから。

結婚してから、父親と話す機会が少し増えた。

今までは、父のせいで母が苦労をしてきた所を見てきたので、

反発をした時期もあった。

特に、今、仲が良くなったという訳ではないが、

やれ、お中元はどうするだの、お歳暮はどうするだのと

会話をする機会がある。


この間の事だ。

そうした用事で、父と会話をしていた時。

父:「明日も仕事なのか?やめないのか?」

私:「辞めるつもりないけど。家にいる方が、気がめいる。」

父:「程ほどにしとかないと、子供ができないと困るだろう。それが心配だ。」

私:「まだ結婚したばっかりだし。今はまだいいよ。」


父:「さっさと責任を果たせ!自ら作らないとは何事だ。

できる努力をすることは、大事なんだ。」


私:絶句&ため息・・・。「あのね、子供作る為に結婚したわけじゃないんだけど。」


純粋にカラダの心配もしてくれいているのだろう。

だが、腹が立つ。

自分の父親世代の人で、こういう考えの人は大勢いる。

子供を産まない女性は欠陥商品かの様な扱い・・・。

そういえば、母も父と喧嘩した時に、”私は子供造成機じゃない”とか

言ってたな・・・。

今こそ良く分かる。

親とい絶対的な味方であるはずの人間に、

いきなり崖に突き落とされる様な感じ。


父には、こういう所がある。自分の価値観にそぐわないと

即座に言葉で切りつける。

だから、ヒトリになってしまったのだけれど・・・。

確かに、孫を見たいという願望があるのだろう。

だけど、これではそんな思いすら台無しだ。


人はコントロールできない。

むしろ、この世の中に起こりうる事柄で、自分でコントロールできる

ことなんてたかがしれている。

ましてや、命に関わること。

どうしようもなくて当然ではないか。

流れにまかせるしかないのだ。

確かに、私は現在治療中の身だ。

子供を育てられるカラダではない。

だけど、そんな事も含めて、いつか時期が来ると

信じている。


父は、基本的に人をコントロールして自分の価値観に

はめ込む事をよしとする所がある。

そんな牢屋に誰が入るであろうか・・・。

そして、その牢屋に入らない人間は、徹底的に弾圧するという

癖がある。

歳もとしだし、治ることはないだろうが、

人の振り見て我が振り治せ。

否が応でも親子である。

全然違うなんて、言い切れない。


おとうちゃん、変なところ似ないで済みそうです。



「色気がない」とは良く言われる。

自分も今まで、色気を意識して生きてこなかった。

最近、雑誌を見てもモテ特集o(^▽^)oやちょい悪などの言葉をよく見る。

あのエビちゃんだって、そもそもモテの代名詞である。

モテるとは程よい色気も必要だろう。


ただ、色気というのは、年代相応でかつ誰に対して向けられるかに

よって、上品にも下品にもなるのではなだろうか。


最近、職場に新しい経理担当のパートの女性が入ってきた。

年齢は、50代後半。

50代後半といえば、丁度自分の親の歳と大差がない。

そして、世間で言う50代といえば、丁度、第二の人生を謳歌し始めた

元気の良いおばちゃんというイメージがある。

また、自分の親の歳年齢と大差がない為、母親を連想しながら

イメージ像を勝手に作ってしまっていた。


身の回りを綺麗にしている女性というより、

母性の強い女性。

決して、派手でない女性。


ところが、彼女を見て驚いた。

体系もすっきりしているし、(お腹など出ていない。)

今、流行の半袖のジャケットにシフォン素材のスカート等

あわせている。

しかも、ピアス・・・。

私達となんら変わらない。

聞くと、3人の男子を育て上げた母だというではないか。


女性というより、女だった。


正直、独身で50代まで過ごしているならいざ知らず、

結婚して、子育てしも変わらず女性として生きている姿に驚いてしまった。

夏だからか、彼女が胸元の空きがあるTシャツを着ていたせいもあっただろう。

胸がちらっと見えてしまった。

あまりの女性っぷりにうろたえてしまったのだ。

そして、そんな彼女を気に入っている様子の上司に

思わず引いてしまった。


思わず、彼女にうっすらと色気を見てしまった。

爽やかなというよりは、リアルな感じなものを。


色気は、本人が意識的でも無意識的にでも、万人に向ってしまい、

媚を含もうものなら肉感的になる。

ともすれば、下品なものに見えてしまう場合がある。


だが、誰か一人に向けられたり、媚のない少し生意気なくらいの

色気は簡単に手に入らないという思いを周囲に抱かせる。

それだけで、高級品な気がしてくる。


本当の色気がある人は、姿形ではないのかも知れない。

どこにいても、凛としていて年齢に応じた雰囲気を

醸し出しながら、可愛げを失わない人なのかも知れない。






私達は、賃貸住宅で暮らしている。

今まで、親は家を建てたりしてきたけど、

自分達にはまだまだ早いかなあ~なんて思っていた。走る人


最近、親友が家を建てたという事で遊びに行った。

とても、使い勝手の良いお家に仕上がっていた。

色といい、家具といいとてもセンスが良い。

入るとともに、気心の知れた仲な私は、早速探検を始めた。


寝室、トイレ、風呂場、洗面、台所・・・。


あらゆるところを検索し、「すげー!!ロケット

を連発。

そして、気づいたら旦那さんを褒めていた。

彼女は、そもそもいちいち人の言葉を勘ぐるタイプではない。。。

だから、そのままに受け取ったかもしれない。

だけど、私は後になってとてもそれを後悔した。


ローンや様々なものを買ってお金をはらうのは

旦那さんだ。

私は、お金を払うという行為、働くという行為を直ぐに

思い浮かべ、「旦那さん、やるね~にひひ」等と、

言ってしまった。

だけど、その旦那さんが安心して働ける環境を整え、

それに注力を注いでいるのは彼女なのだ。


彼女がいなければ、旦那さんは頑張れないだろう。

そう、二人のお家なのだ。


私は、思った。

「旦那さんすごいね~!!」じゃなくて、

「二人とも凄く頑張ってるんだね。すごいね~!!」だ。

何だか、このままではそこらのセクハラ親父と考え方が変わらないじゃ

ないか・・・・。

二人が築いたお家なのだ。


今度、彼女と会ったらちゃんと訂正しよう!

そして、たまには泊まりに行って、新しい風呂に入らせてもらおう

(^ε^)♪

彼女のBABYと彼女と3人で入るのもいいな

(b^-゜)


仕事に行くときも、遊びに行くときも大体電車を使う。

乗るたびに思うことだが、電車は本当に面白い場所である。

老若男女、本当に様々な人が利用する。

社会の縮図とはこのことかと思う。


ある日の事いつもの様に、電車に乗っていた。


この時期、夏休みの影響かチビっ子達が多い。

とある駅で、兄弟と思われる二人組が乗ってきた。

年頃は、小学生高学年と中学生になったばかりくらい。

電車にのった途端、弟が兄に異常なくらいに甘えだした。


手元にもっていた本を見せて、

「お兄ちゃん、見て!これ、見て!ねーねー!!」

兄はというと、坦々と

「おー?うん。うん。」

まるで、男女のカップルか小さい子供の相手をする疲れた親たち?


二人とも体つきは、大人になり始まっている。


私は、弟の甘えっぷりに少々、驚いてしまった。

始めは、気のない兄であったが、その内弟の気持ちに

そって、めいいっぱい甘えさせていた。

その内に、弟はうっとりとした様な、満足した様な表情になり、

目的の駅についたかと思うと、兄の手を一生懸命握ったり、Tシャツを

引っ張ったりしながら、一緒に降りていった。

(≧▽≦)


それを見て、

甘えるという行為は、子供でも大人でも同じなんだなペンギン

としみじみ思ってしまった。

むしろ、子供の方がストレートで強い。

大人になってしまうと、変についた知恵が自分を

守ろうと必死に算段始めるから、一瞬では、甘えと取れない様な

言葉を発してしまって問題になったりする・・・。


人間関係って、家族も友達も知人も実は、甘えで成り立っている部分が

あるかも知れない。(甘えすぎはもちろんNGだけど。)

甘えてる、甘えられてるという感覚がより絆を強いものに

するのかも知れない。

甘えすぎた時にストップを掛けてくれる人。

物事がうまくいかず腐り気味になっていても、変わらず付き合ってくれる人。

愚痴れる人。

用がなくても連絡くれる人。

ふと、何してるか気になる人。


甘えられて、甘えてくれて・・・。

そんな人が周りにいるって何て幸せなことだろう。

しみじみ、考えてしまった。

もちろん、たっぷり甘えている弟くんを見て、

その兄弟を見て、

ほんわかしたのは言うまでもない。


梅雨はまだ明けてないけど、到るところで

夏祭り星空や花火打ち上げ花火の本格的な季節になってきた。


地元のある小学校で夏祭りと花火大会があるというので、

親友とともに行ってみることにした。

彼女には、昨年生まれたBABYかおがいるので、

いつもの様に三人で遊びに行った。

彼女の一家は、最近引越しをしたので、そこの夏祭りに

行くのは初めてのこと。

地元のおばちゃん達が丁寧にちらしまでくれて、

説明してくれたというのだ。


当初は小学校で、地元でってことで、コジンマリしてるものだと

思って高をくくっていた。


しかししかし・・・。

(=◇=;)

行ってびっくり。

子供、大人、当たり構わず人人人。

たこ焼き買うにも一苦労。

すぐ買えるものといえば、ラムネかビール。


1年にも満たないBABYを連れてはさすがに、怖い。

なんたって、今日は身軽な私が彼女とBABYのナイトの代わり。

ぶつかろうものなら、顔を飛ばしてやろうかと思いつつ。

やはり、小学校ということで、オチビちゃんも浴衣を着て、出陣体制。


ということで、近くにあったファミレスに移動。

花火の打ちあがり時間まで、食事をすることにした。

やはり、人は多かったが、何とか窓際の席をゲットすることができた。


わいわい言いながら、食事を注文し、丁度花火の打ち上げの時間に

なった時だった。


ヒュルルルー。

パーン!!!


まさに特等席。

その席から、花火がでかでかと見えたのだ。


彼女と私は、興奮状態。

席は、私達が選べる状態でなく、通されるままに座った場所。

「さすがー!!選択正しかったね。」と言われ自慢げになる私。

今年初めての花火。

なんて贅沢だろう。

食事をしながら、見たのなんて初めてだ。

そして、BABYにとっては生まれて初めての花火。

BABYの横顔に反射する花火の光が

とても私を幸福な気分にさせた。


大きくなって物心が付いた時には、覚えてないかもしれない。

だけど、ここで見た3人の花火大会は私は忘れないだろう。


と、その瞬間・・・。

次の花火が打ちあがらない・・・。

予定では、30分なのはずなのに、

まだ、15分しか経っていない。


一気に上げすぎたのか、その後は家路につく人の波が

増えるばかり。

( ̄_ ̄ i)

さすが、地元・・・。

予定表まで、配っておいてそりゃないだろー!

うまくオチが決まってしまった花火大会でした。


岡本太郎が脚光を浴びている。

「明日の神話」という壁画の復活プロジェクトが立ち上がっているらしい。

そればでは、芸術は爆発だー!! ヽ(`Д´)ノ

とう台詞くらいしかしらず、子供心に変なおじさん??的な

印象くらいしかなかった。

文化的な価値もよく分からなかった。


だけど、この壁画の復活プロジェクトのテレビ特集を

たまたま見たときに彼が、後世に残したものが

芸術作品だけでないことを知った。

特に、すごいなと思ったのは、彼自身が残した言葉だ。

なんでも、名言集もあるくらいなのだが、

私は彼の言葉に初めて触れた。


その一説にこういう言葉があった。

「迷った時は、あえて困難な道を選べ。」

深いなー!!

私は、彼の様に芸術化でもなんでもない。

しかし、困難な道って、大変だけど

乗り越えた時に得るものってとてつもなく大きい。

結果、失敗したとしても。

そして、彼は仕事も遊びも力いっぱいやる人

だったらしい。

あらゆる事に対して、楽しむ事を知っている人だった様だ。

普段、生活していて楽しくないと思えば、寝ていても、

ご飯食べていても、仕事していても、全て楽しくない。

どうせ、生きるのなら楽しまなければ。

それの姿が、周りの人も幸せにする。

しなやかだなー。

強いなー。

そして、難しいなー。


私は、しなやかになりきれず人にせいに

したり、イライラしたりするなー。

うん。とりあえずは、自分を楽しませよう!

そこから、始めよう。

私は、腰が重いタイプだと思う。

証拠に、夫とすら旅行と呼べるものをしたことがない。

(どちらも、計画を立てなければ言い出しもしない・・・。)

だけど、何故か鎌倉と江ノ島は違う。

電車で1時間以上かけてでも、行きたいと思う場所だ。

特に、季節の変わり目にはまるで懐かしい友達に会うかのように

変わっていく表情を見たいと思う。


今回は、夫ではなく新卒時代の同期と供に鎌倉に行った。

彼女は、とてもアカデミックで感情的にも理論的にも

会話のできる貴重な友達の一人だ。

いつも、彼女の言葉のセンスには言葉を超えた共感を憶える。

だから、会話をしていて気持ち良いと感じる場面が多い。

共感し合える人と話すのは、心に栄養を与える。

悩んでいたことが、「自分だけじゃないんだー!!」と思える。

元気が出るし、前向きにもなれる。


そんな女子と一緒に、鎌倉・江ノ島の旅をした。

小京都とも言われる鎌倉。

本当に不思議な場所だと思う。

海がある。

山もみえる。

それだけでなく、そこで住む人の生活が見える。

そこに、自分も馴染む。

とても、癒されるのだ。


小町通りの商店は、ほとんどが個人商店だ。

昭和の香を程よく残していたりする。

懐かしい。


そう思いながら、歩く道は会話もいつもより弾む。


旅行というと、楽しいけれど疲れるという印象がある。

しかし、日常生活とは違う所に身を置くことによって人は

とてもリフレッシュするのだそうだ。

どうやら、理論的に立証までされている。

今まで、旅行というと億劫なイメージがあったが、

今回の鎌倉の小旅行で少し印象が変わった。


今度は、秋に季節が変わるころに行ってみようか。

つぎは、もっと足を伸ばして京都も良いな。

「趣味はありますか?」

たまに聞かれることがある。

例えば、履歴書やカードを作る時に。

初対面の人に。


ここ何年か、趣味と呼べるものはなかった。

だいたい映画鑑賞や買い物や音楽鑑賞といった具合だった。

しかし、1年前に職場の人に誘われて始めたクラッシックバレエが意外と続いている。

そして、趣味と言えるものに変化してきている。

もともと運動には縁がなかった。

しかし、座り毎日の仕事で体を動かす機会があまりにもない。

肩こりもひどいし。

かといって、ジムで坦々と運動をするのは飽きる。

そんな時に誘われてなんとなく話題にもなってるし、

大人のバレエとやらを体験してみよう(*゜▽゜ノノ゛☆

という軽い気持ちだった。


最初は、あまりにも出来なくて自分が情けなくなって

泣きそうになりながら家路についたこともあった。

だけど、何故か辞められない。

本来の負けず嫌いという性格のせいもあったのか、

なんだかんだで1年弱続けている。

最初は、負けず嫌いの気持ちが強かったが、

最近は違う。

体が変化していることが面白いのだ。

劇的な変化をすることはない。

しかし、続けることで体が変わってきているのだ。


第一の変化として、柔らかくなった。

これが一番の驚きである。

始めた当初、とても硬くて、前屈しても足に手が届いたことが

なかった。

しかし、今は届くどことが床に指がつく。

これには、びっくりした。


それからは、家事の合間にでも気がつけば

足を伸ばしたりしている。

体は本当に正直だ。

鍛えれば鍛える程、柔軟に変化していく。


その成長に気づいた時、自分の心にも少し余裕ができる。

今までは、人と常に自分を比べれ一喜一憂していた部分が

少しだけなくなる気がした。

体や柔らかくなった自分。

そこに成長した自分が見える。


何だか、嬉しく感じる自分がいた。