アルフレッド・ウォリスという画家がいる。
たまたま、彼の絵を見ることがあった。
それは、今まで見たどれよりも躍動感があり、
危機迫る感触さえ覚えた。
一瞬にして、魅了されてしまった。
この画家は、最初から画家を目指していたわけではない。
多分、画家と認識された時にも、彼はそう感じていなかったかもしれない。
何故なら、彼はそれまで、漁師だったからだ。
イギリスのセントアイブスという静かな港町だ。
妻と一緒に、穏やかな日々を過ごしていた。
67歳まで。
彼の妻というのが、彼の友達の母親であり、
21歳年上だ。当然のことではあるが、67歳の時に、
妻は老衰で逝ってしまった。
それがきっかけとなり、70歳の頃から絵を書くようになる。
彼が描いたものは、漁師時代に見た船であり、海であった。
そして、キャンパスにではなく、ダンボールや廃材に描いた。
船用のペンキを使って。
彼の絵は、有名な画家の様な上手さや巧みさはないかもしれない。
だけど、その絵から感じ取れる躍動感は不思議なほどに人を惹き付ける。
彼の絵を展示すると瞬時にして、人が群がるそうだ。
その気持ちはわかる。
いつまでも見ていたいと思う絵だ。
そんな彼が、何の為に書いたのだろう。
最愛の妻をなくして、生きる気力をなくした筈だ。
解ってはいたとしても、妻が死んだ後、彼は激しく動揺したはずだ。
だから、絵を描いたのか。
幸せだったころの映像を写していたのだ。
妻との思い出をなぞっていたのかも知れない。
彼自身が、死なないために。
彼自身が、生きていくために。
彼の絵は、彼の命そのもののだ。
だから、こんなに惹かれるのかもしれない。
ある作家がこんなことを言っていたのを思い出す。
「私は、死なないために書いている。
自殺しないために書いている。」
必死に自分と向き合っている、向き合おうとしている人の言葉だ。
人の心を本当に、動かすのは、命そのものに触れた時かもしれない。
これから生きていくために、私にとって必要な哲学だと思った。
死なない為に何かをする。
生きる為に何かをする。
ウォリスの絵は、生きることそのものを突きつけてくれる絵だった。
そんな絵を見たのは初めてだった。




