以前の会社の同僚が、結婚したという事で人づてに2次会に招待された。

その同僚とは、キツイ現場でともに働いた。

知らない中ではないし、普通なら行くという選択をすると思う。

彼女は、誰が来ても来なくても気にしない人のようだった。


私は、欠席をすることにした。


彼女は、仕事とプライベートをきっちり分ける人だった。

しかし、定時できっちり帰るとか、会社で誘われる飲み会には

行かないとかそういう類のものではない。

仕事に関する事なら、飲み会でも最後まで参加する。

しかし、これが仕事以外で行きましょうとなると・・・。

仲の良い人にも、自分の携帯の番号は教えず、教えるのは

会社から渡された携帯のみ。徹底してた。

とにかく、あまり自分の周りにはいないタイプの女子だった。


ある日のことだ。


仕事が終わって帰ろうとしている時に、話かけた時のこと。

私:「いつも本を読んでらっしゃいますよね~。どんなのを読まれたりするんですか?」

彼女:「人に言えるような本は読んでいません。人に本棚見せるのって恥ずかしくって。」

私:「そうなんですか。(ちょっと食い下がってみたりして・・・。)

小説とかって読まれたりするんですか?」

彼女:「いや、あまり。人様の感情とかあまり・・・(否定的に)。」


という、事があった。

人それぞれとは、この事である。

私は、正直驚いてしまった。

私も、確かに少し食い下がった部分はあるので、彼女の何かを

刺激したかもしれない。

しかし、彼女はその仕事で、責任者でもあった。

上に立つ立場の人間だ。

人様の感情と向き合う事を避けて通れないではないか。


そして、私はスッキリしない会話に後味が悪いまま帰宅となった。

(多分、彼女は普通なんだろうが・・・。)

それからというもの、彼女との会話にいつもスッキリしなかった。

ちょっとした天気の話でもだ。

時に、馬鹿にされているのかとさえ感じる程だった。

だからといって、毎日、顔を合わせる相手だった。

それゆえに、仕事内容そのものは嫌いではないが、

仕事に行くことが嫌いになってしまった。


そんな事を思い出した。

彼女の結婚は喜ばしいことだとは思う。

だけど、行ったところでまた、そんな気分になるのはわかっている。

ならば、行かないで、「ふーん。」というスタンスでいよう。

もう、顔を合わさなくても良いのだから。



深夜も12:00を越えると、色んなことが目に付いてくる・・・。

例えば、洗面所の汚れとか、家具と家具とのほこりとか・・・。

日中、過ごしているときは、一向に気にならないのに。

というか、気付きさえしない。

しかし。夜中に目に付くと片付けてしまわないと

気がすまなくなってしまうかお


だから、私は突然、真夜中の片付け屋になることがしばしばある。


夫から、いつも言われることがある。

「また、始まった。中途半端な片付けはやめなよ。」とか。

「突然何で、スイッチはいってんの??」


周りから見れば、不思議で当然。

動くベキ時間に動かずして、やらなくて良い時間から動いているのだから・・・。


でも、本人してみるとどうしてか、突然、スイッチが入るのだ。

そして、夜中なのにも関わらず俊敏に動く。

あー夜型すぎる。

私にとって、夜っていうのは不思議なもんで、人が休んでいる時に

動くってなんだか得した気分になってしまうのだ。


そんな気にならんで良いから、昼間動け!!

って、感じであるが:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


だけれど、あの夜中のしんとした中で、音楽を聴きながら

ネットしたり、テレビのほこりをとったりする時間ってなんだか贅沢なのである。

だから、夜型人間といのは存在しているのだろう。

逆に、朝方というのもまだ社会が活動モードになっていない時に

動くというのに贅沢さを感じるが・・・。


これだから、やめられないのだなと感じた。

太った。

ハードな仕事を辞めて、時間の使い方をいまいちうまく

使い切れていないいないせいか。

手持ちぶたさになってしまい、暇を感じると、まず何か口に

入れてしまう。

手っ取りばやいもんなあ。

そして、かれこれ、5キロ。


2~3年前は、自分で言うのもなんだが、細い部類に入って

いたと思う。

しかし、毎日何かしら暇をもてあましてか、おやつを食べる様になった。

そうしたら、今まで、食べてこなかったものや、食べず嫌いをしていたもの。

とにかく、平日には手をつけなかったものまで食べだした。

それは、太る。

太るのは、なんと簡単なのだろう・・・。

いざ、味を知ってしまったら、なかなか止められない。

たった1キロ痩せるのも簡単な様で簡単ではない。


ところで、私の知り合いにとてもナイスバディな女子がいる。

彼女は、私より年上だ。

だが、身長が高いこともあって、デニムなんかはかれた日には、

隣に並びたくないくらいの足の長さ&お腹はぺったんこ。⇒肉はここにつく!!

後ろ姿なんて、まるでモデルの様だ。(カオも小さいの。)

そして、美人だ。

そう、そんな彼女に「美」の秘訣たるや聞いてみた。


毎日、腹筋と背筋そして、ストレッチが日課だそうだ。

そして、彼女は体に良いものが大好きだ。

朝は、豆腐。

外食は嫌い。

夜は、米はあまり食べない。


ブラヴォー!!


そりゃそうだよね。

やはり、食べる人は太るのだ。

う~ん。

だからといって、いきなり彼女のメニューを真似できない。

逆にストレスが溜まるだろう。

そこで、私も少し腹筋とストレッチを取り入れることにした。

それも、時間を見つけて。

無理は禁物らしい。そもそも、太る最大の要因は、ストレスとも

言われているくらいだ。

生活の中で、もっとも幸せになれる食べるという行為を

もう一度見直してみようと思った。

脂肪は、程々に・・・。

私の父親には妹がいる。

私の叔母にあたる、その妹は、結婚していない。


あの時代で独身を通す背景には何があったのか・・・。

噂では、当時不倫をして、婚期を逃してしまったという事も聞いたことがある。


とにもかくにも、50歳を超えて、体にも不安を抱きだした叔母は

心も体も弱りだしたように見える。


昨年、祖母(叔母の母親)が亡くなった。

脳梗塞を起こした。

その発作の直後の祖母と対面した時だ。

父も含め姉妹達が数人いたにも関わらず、一番叔母が取り乱していた。

当然といえば当然だが、彼女の唯一の心の支えであったのだろう。

私はというと、悲しい事は悲しいが、

どこか祖母の死も受け入れる準備は出来ていた。

祖母なのだから、誰より一番に死に直面する事は自然の摂理なのだ。

むしろ正当な順番だ。


最近、私も結婚をし、当然彼女も結婚式に招待した。

彼女は、体調が思わしくないらしく、当日も元気がないのは何となく感じられた。

その時、彼女がこんなことを言った。

「最初は元気がなかったけど、あなたの顔を見て元気が出た。」と。

「それは良かった。」

と、答えた。

しかし、私には、不自然に聞こえた。

小さい頃から、なじみがあったせいか彼女は私を娘に対するものに似た

気持ちを向けてくることがある。

確かにそれは、ありがたいことではある。

だが、見方を変えると、とても切ないものだなと感じてしまう。

彼女がどれだけ私に気持ちを向けても、私は彼女の娘ではない。

そしてそのことを誰より、彼女自身が一番理解している。

ありがたいことに私には、母がいて、

他の誰かを母親代わりにしなければならない人生は歩んでいない。


彼女の言葉から、祖母が亡くなって、彼女は今後の人生を

どの様に生きていくのかと感じることが良くある。

そのくらい、精気を失くし欠けている。


人生は自分の為なのだから、自分の為さ・・・。

それは、至極当然の事だ。

だけど、一番は、誰かの為に頑張れるという事ではないだろうか。

子供や恋人や夫や妻や友達や・・・。

(恩を着せるのとは別よ。それは、ただの縛り。)

ヒトリで生きるということは、とても覚悟がいることだ。

特に、心の支えにしていた人達が自分より先に去ってしまう場合。


けれど、結婚が全てではない。

結婚だけしても、幸せになれるとは限らない。


しかし、ヒトリで生きるということは、

ヒトリという覚悟を死ぬまで貫き通さなければならない。

自由だけれど、孤独が付きまとう。

どちらを選ぶかは人それぞれだ。

選ばざるを得ない場合もあるかもしれないが。


ただ、年老いていく叔母を見て、

叔母はこれから本当の意味で

戦っていかなければならないのだなと感じた。

「ヒトリ」で生きるという葛藤を抱きながら・・・。


入籍して半年あまり、結婚式を迎えることとなった。


終わってみるとアッという間で、自分が主役という実感も

後になって沸いてくる・・・そんな感じだった宝石白

結婚式を迎えるまでは、簡単でスムーズだったわけではなかった汗


マリッジブルーにはなるし、仕事を今までの様にはできなくなって

焦るし・・・。

当初、夫は私に全てを任せようとするし、選んだドレスは「地味」だと

駄目だしされるし、ブライダルコーディネーターとは、反りが合わないし・・・。

離婚した自分の両親と親戚を呼ぶにあたって、お互いがお互いに対する

憤りと不安を会話越しに感じるし・・・。


本当に、結婚式を取り止めようと何度も思った。

両親のことも大きくて、自分が主役であるにも関わらす、

一番気を使わなければならず、かつ、そんないっぱいいっぱいの

表情を表立ってみせるわけにもいかない。ゲストの手前。


そんな事もあって、

何度ももめた。

泣いた。

熱出した。

悩んだ。

迷った。


だけど、結婚式やって良かったと思った。

全ては、来てくれた人達の暖かい思いで

救われた。

そして、何より、夫が頑張ってくれた。


本当に、ありがたかった。

温かかった。


仕事や結婚やと迷っていたことなんて、

どうでも良くなった晴れ


今まで、悩んでいた事が小さく見えた。


一方で、大人になって冷静に両親の性格を

垣間見ることもできた。

離婚した決定的な違いを実感する事もできた。


そして、離婚しても親として可愛がってくれている

ということも実感した。


色んな意味で良かったと思う。

結婚式を終えたことで、二人で、

乗り越えたことでまた成長できたような気がする。


大変だけど、面倒くさいけど、

それを乗り越えた後の気持ちはとんでもなく最高だ。


こうして無事に尾終えられたことは本当に感謝だ。

この幸せな気持ちを忘れずに、一つずつやって行こう。

駄目だと思っても、前にさえ進んでいれば必ず道は

開かれる。





この間、夫と銀座に行った。

父の日ということで、中高年が好きそうなものを買いにいった。


銀座というと、三越や松屋。

それに高級ブランド店が立ち並ぶ町。


その日は、とても人が多かった。

週末というのもあり、歩行者天国の道があった。

様々な年齢層の人々が行きかっていた。


さすがに、歩き回ると疲れたので待たなくて良い店でお茶をしに

入った時のことだ。

隣の席に、20代半ばの女子と背は低いが革のジャケットにヴィトンの財布を

チラつかせながら、男子が座った。


彼女は、まるでcamcamが飛び出てきたかのような洋服を着ている。

甘い声、甘い香水、ヴィトンのバッグ、パステルカラー、ネイルアート、

ブルガリの大きな紙袋。


彼は、D&Gのデニムに革のジャケット。ブランド一式で固めている。

ムスクの香水の匂いに、彼の裏に見えるオカネ達。


関係ないが、つい、思ってしまった。

「いかにも・・・。だな。」


勝手な想像ではある。(実際に、本当の人間関係がそこにはあるかもしれないが・・・。)

だけど、彼らの後ろには何もない様に見えた。


ふと思った。

「この人達、楽しいのかなあ・・・。」

彼が求めているのは、彼女の見た目。彼女の求めているのは彼の経済力。

そんなどこにでもある一番分かり安い構図に見えたからだ。


最近思うことがある。

人に買ってもらったものや人に与えられるものはある程度喜びや楽しみが

得られても、継続しないということ。(人によるかもしれないが・・・。)


ヴィトンのバッグやブルガリや、素敵だと思う。

値段だけのことはあるし、自分も買ったことがある。

だけど、あーいうものは、精神が健康な時に自分で買うもの(買ってもらう?)だと実感した。

衝動買いチックに買ってみたり、見栄の為に買ってみたり、大事な人以外の誰かに買ってもらったり、

自分の内面と引き換えに、買うお金を手に入れ買ったり、世の中に合わせる様に買ったり・・・。


そんな風に買っても、楽しくない。

また、次のものが欲しくなるだけだ。


永遠に切れない物欲に飲み込まれる。

満たされないまま。


失礼にも、そんな事を考えながら、

銀座の町を眺めてしまった。


あらためて人の多さを実感しながら・・・。


この間の続き。 ぶーぶー


義務感を背負って生きるのって、とても疲れる。

そして、疲れ知らずに見える人々を自分の劣等感を埋める為に、恨みだす。


その人の本当の姿を見ようとせずに。


その結果、体を壊したり、その人を攻撃しにかかったりするのだ。


しかし、その女子はそんな事には乗らなかった。淡々と自分の道を進んでいった。

今思うと、それがありがたかったと思う。

その時に、私の気持ちに呼応していたら、良い事は何一つなかっただろう。

劣等感が募るか、マイナスの共謀者になるかどちらかだ。


そんな時期を過ごしながら、ある時、考えても無駄だなと諦めた。


疲れるから。

とても、疲れるから諦めたのだ。

そうすると、つきものが取れたように毎日が軽くなった。

隙ができたからだ。

今までは、(特に仕事では)完璧にやりたいと思っていた。

仕事ができる人でいたかった。

人に必要とされたかった。


誰かの評価を気にして、頑張り、思い通りの返答がない場合落ち込んだ・・・。汗


私にとって、諦めるということは、何もかも放棄するということでも、

やめてしまうということでもなくて、楽しむということだ。


100%の力を、「100%ださなくちゃいけないと思わずに、100%だせれば良いや」と

思うことで、より自然で高い能力を発揮できる。


余裕を持つ事ができるから。


そう思うようになってから、家事や仕事や生きること自体のストレスが

軽減した。


諦める・・・。


悪い事ばかりじゃない様だ。

最近テレビを見ていたら、ある芸能人が「楽しむ」という事について語っていた。

その人いわく、「仕事でも恋愛でも、楽しくなくなった瞬間から、やらされているという感覚になる」

というのだ。


私は、楽しむという事が苦手なタイプだ。


割とすぐに「やらされてる」」という何かに縛られているかの

ような心理状態を作りだす。

会社だとしたら、上司に言われたから。⇒ 仕事させられてる。

みたいな・・・。


仕事だと、確かに時にやらされているという感覚も出てくる。

やりたくない事もやらなければならないからだ。


しかし、その道を選んでいるのはそもそも自分なのだ。

働くものたれ死ぬも自分の選択次第。(ちょっと、乱暴だけど。)


しかし、それでは何事も続かないし、その気持ちを持ち続ける事自体で心も体も激しく

消耗する。ねこへび

転職どころでは、ないだろうし、日々生きていくだけで精一杯になってしまう。汗

まさに1年前の自分がそうだった。

出勤する道では、毎日溜息。

休みも休んだ気がしない。

夢でまで、仕事をしていた。

先が見えない。いつまでこんな事が続くんだろう・・・。

目に見えてヤツレテいった。

他人が見て誰が魅力的だと思うだろうか。


けれど、一方で私と同じかそれ以上の仕事量をこなしながら、とっても元気な人がいた。

私はそんな彼女を疎ましく感じていた。

「何故、平気な顔をしてられるのか・・・。」

「いい子ぶりっ子するなよ!」と・・・。


最近まで、私はそういう考えだった。

愚痴も言わないで、何もかも受け止めて生きていけるわけないではないかと。

そんな成人君子いるかよ!!

東大出はもともと頭の構造が違うんだ!!


自分を自分で慰めていた。

けれど、自分にそんな良い訳をすればする程、空しくなっていった。


今回は、長くなりそうだから、次に続きます。


デトックスという言葉を良く聞く。

ダイエットやなんかで話題になり、岩盤浴やゲルマニウム温浴なんかは大流行だ。

実際、ゲルマニウム温浴は割と値段もお手ごろで、気持ち良い汗がかける。

不要なものを捨てるのって確かに気持ち良い。


綺麗になった気がする・・・。流れ星


それとは、関係ないが、夕方のテレビを見ていたら「ごみ屋敷」が話題になっていた。

何でもかんでも、家に持ち帰り、家をごみの山と化してしまっている高年齢の女性の話だった。

当然、市ともめあい、捨てるだ捨てないだの押し問答だった。


その様子を見て、キャスターが一言。

「この人、孤独なんですね・・・。」


ゴミタメ屋敷なんかにもちろん住みたくはないが、当人にとって見れば、宝物か何か。

いや、城壁だ。

自分を守る為に、城を築いている・・・。

心を守る為に。

多分、この人も幸せならこんな行動に出なかったのではないか。

まるで何かを失わない様に、失ったものを取り戻すかの様に、ごみに執着していた。

私も、以前、似た様な経験がある。

ごみではないが、買い物をすることで何かを埋めていた時期がある。

私の場合、その何かは自信だった。

自信がなくなったら、洋服や化粧品や自分を着飾るものを買って一時の安心を得る。

本当に、欲しかったなら問題ないのだろうけど、大抵、そういうものは使わない。

自分に対する自信喪失や優越感や矛盾したありとあらゆる感情の波が行き場を

無くした時、ものに執着するのか。

体だけでなく、本当は、心のデトックスが重要なんだな。

心がデトックスしたら、体は自然と痩せるとある本に書いてあった。

リラックスが一番なんだと。



人が生きていくには、何か食べなければ行けない・・・。

日々の食事って本当に大切。おにぎり

食べ物の種類によって、人の体って健康にも不健康にもなる・・・。


って、わかっちゃいるけど、結構毎日正しく食べるor作るって物凄くメンドクサイむっ


自分のためとは分かっていても。


現在の家計としては、毎日外食産業の力を借りる程、裕福ではなく。

よって、私が作るのであるが・・・。

先週の土曜日だ。

親子丼を作ってみた。

レシピとしては、難しくない。

普通に料理が出来れば、作れるしろものだOK


なのに・・・・。


どんぶりどころか、汁丼?ご飯に煮物をかけた様な、うすーい味のものができた。

夫いわく、「君はやる気ない時につくるととんでもないものを作るね。」

と、一言。


私も感じていた。そうなのだ。料理はやる気というが、それ以上に、集中力が必要だ。

集中力を持って、頭と体の感覚を敏感にして作ると創造性のある、

おいしいものができる。

しかし、モチベーションが低いままつくると・・・。NG


日々の家事というものは、自分のモチベーションを上げるものが目で見えない。

仕事だと、評価がつき、昇進につながり、給料が上がる。

明確なビジョンが見える場合が多い。

しかし、家事は、夫の笑顔とか、「ありがとう」という言葉とか、

目に見えるものでは返ってこない。


目に見えるものと見えないもの。

目に見えるものは、分かりやすいが、結局はもので終わってしまう。

形あるものが、いつか崩れるように。

しかし、目に見えないものは思い出すたび新鮮に心に問いかける。


目に見えない報酬。

私には、それを学ぶ必要性があるんだな。

ご飯を作る、洗濯をする。

奥が浅いと感じていたが、本当はもっと奥が深く学ぶ事が沢山あると感じた虹