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株式会社 ビーケーワン
グロテスク 下
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株式会社 ビーケーワン

たまたま本屋で小説を見つけた。

題名が興味をそそった。

もともと本を読むのは好きな方。

上・下だったので、まずは上だけを購入し、

読んでみた。


久しぶりに痺れる内容だった。

決して、明るい感動ものではなかった。

そこはかとなく暗くて、恐ろしいほどに純粋な女の話だった。

やりきれない内容だった。


昼はエリートOLで夜は渋谷で娼婦をしている女性の話。


そこまでに至るまでの話が描かれていた。

最語には、何もそこまでと思うほど壊れていった。

だけど、その壊れる程の気持ちが痛々しかった。

もともと、昔におきた殺人事件がモチーフとなっているらしい。

その主人公の気持ちが痛いほど、胸に突き刺さってくる瞬間があった。


改めて思う。

人が健全に生きていくためには、包み込むような情愛が必要なんだ。

それは家族であったり、友人であったり・・・。

誰かに認められるという事は、自分のアイデンティティが確立される事でもある。


普通に生活を続けられている事。

それは、とても恵まれている事なのだ。


彼女はそれを求めていた様に思う。

等身大の彼女を受け入れてくれる場所。

そういう場所があれば、大抵の事は乗り越えていける。

そんな気がしてならない。

この歳になって、一つづつ経験をしていって

わかることがある。

例えば、自分の生い立ちの事や両親の事。

十代の真っ只中で、中年に差し掛かる両親の

気持ちが分からなかった様が、少しづつ気持ちや

両親の家族について一方的ではなく、客観的に見る

事ができるようになる。(この歳で遅いかも・・・。)


夫は、姉がいる。

とても兄弟仲が良い。

だけど、必要以上にべたべたしているでもなく、

健全に姉弟として仲が良い。


そんな関係だから、お互いの配偶者にも

きちんと礼儀を持って接してくれる。

当然といえば、当然の事だが、そういう関係でない

兄弟もいる。

例えば、私の父親は一つ上の兄ととても微妙で

複雑な関係を持っていた。

年子で絶えず比べられて育った父達。

また、叔父の方は、両親に過剰な期待を掛けられた。

一方、父の方は、一心に兄に向う愛情を少しでも

自分に向かせようと必死だった。


そんな時、叔父は今の奥さんと駆け落ち同然に

勝手に結婚。

残された家族は、叔父をなじり、悪者にし、絶縁状態となった。

そして、父は、今までの複雑な感情を持ったまま、

両親との架け橋となれず、同じように恨んだ。

コンプレクスから抜け出せなかった父。


そして、父も結婚して私が生まれた。

だけど、父は、母と私より残された自分の家族を

大事にした。そして、それを母と私にも強要した。

今、思うと自分の実家と現在の家族との距離の取り方に

歪みがあった。

また、父と母と私の3人の家族関係を濃くすることは

実家への裏切りだと思っていたところがどこかにあった。

叔父の真似はできないと・・・。

だから、家族は崩壊した。


家族が幸せになろうと、実家から離れることは

叔父がした事に重なったのだろう。


人を憎む、許せないという事は、その刃はその気持ちが

絶対に自分に向いてくることなんだと思った。

唯一、自分を等身大で認めてくれるはずの

妻と子という存在を結局手放してしまったのだから。


私は、反面教師になろうと思う。

決して、手放したくないから。

この間、新聞を読んでいたら問題になっていた。

少子化についてだ。

少子化だ、何だと問題になっている中で、

先進国の中でも父親が育児に参加する時間が

一番短いらしい・・・。


確かに。


自分がフルで働いていた時の事を思い出す。

一番働いていたのが中間管理職だった。

主にリーダーと言われていた世代。

自分も丁度その境目だった。

中間管理職になって、1年目。

やってもやっても終わらない仕事。

客との折衝。

後輩の面倒。

毎日、パンク寸前だった。

あれでは、子育てどころではない。

実際、一緒に働いていた同僚で子持ちの男子は

帰るころには寝てるし、出勤時に少し顔を見れるくらい・・・。

(しかも、ベビーだからね。)


そもそも無理。


ある日、電車で外人の親子が乗ってきた。

パパと息子の組み合わせ。

パパは、ヨーロッパ系の人の様だった。

そこで見た光景が忘れられない。

パパは、電車に乗っている間中、息子の頭や顔、体を

ずっと撫でたり、触ったりしていた。

スキンシップ。

もちろん息子は、パパにべったりだ。

腰ら辺に腕を回したまま離れない。

とても、幸せそうだった。

電車で、日本人親子でそういう風景を見ることは

あまりない。

どちらかというと、叱る場面はよく見るが。

子供の髪を撫でたりというのは、母親の方が多い気がする。


なるほどね~。


という感じであった。

これは、多分、文化の違いであろう。

だけど、その子供の幸せそうな顔を見ていると

こういう文化はどんどん取り入れても良いよなあなんて

思った。

まあ、それにはまず親の心の余裕が大事よね。

だから、ワーカーホリックなんて言われるだろうな。

それはそれで、素晴らしいことなんだけど。


今はバイト生活。

生活費は、ありがたいことに夫が頑張ってくれる。

とは言っても、何もしないで家にいる事はない。

外に出るという事は、お金も飛んでいく・・・。

正直、以前、自分で働いていたときはそんな事考えなく、

使いたいだけ使ってもなんとかなっていた。

今は、そんな風には行かない。

使えば、使うだけ、貯金が目減りする。


ということで、我が家では家族会議を開き、

1日1000円で生活していこうと目標を立てた。

(さすがに、電車交通費は別)


私は、弁当は作らない。

会社でお昼をする時、必ず外食をする。

PCの前で食べるという事に気が滅入ってしまうからだ。

気分転換にもなるし、ビルの外に出ると空気も違うせいか、

お昼から新しい気持ちで仕事に向う事が出来る。


ただ・・・。

こういう側面は持ちつつも、その時間を昼食代という

面目で買っている事は事実だ。

いやおうなしに、1000円のお金を圧迫する。

という事で、お茶を水筒に換え、ペットボトルの購入と

同時に、コンビニをできるだけ使用しないように決めた。


決めた直後は、泣きそうな程、貧乏・・・。

と思っていた。

しかし、実際始めてみると、楽しいのだ。

決められた金額の中で使い道を必死に考える。

会社の帰り道に、「自分にご褒美王冠1」などといって、

デパ地下の高めのデザート購入や、雑貨購入がなくなった。

これは進歩である。

もともと、お金を使う事、自分に使う事が大好きな私であったのに。

全然使わないという事はさすがに無理であるが、

化粧品も洋服も無駄なく、ノリ買いするのは辞めようと思った。


お金を使うだけが楽しみじゃない。

もっと、違うところに掛けても良いなー。

と思う体験だった。

価値観とは、こういう事がきっかけで変わるのかもね。

新しいパートの女性が来て1ヶ月。

前任の人の送別会を控えていた日だった。


辞めるはずの人が残り、後任になるはずの人が

辞めてしまった。

彼女は、50代後半の女性。

子育ても終了し、お金も心配せず、

悠々自適な生活。

私からしてみれば、生活が掛かっているわけでも

ないのだから働かなくても・・・・・。

という状況。


予想以上に作業が忙しいこともあって、

すっぱりとその日に辞めてしまった。


社員からは非難の声もあり、

わけが解らないといういう意見があり。


ある女性は、

「主婦感覚で仕事されても困るわ!!」

ともらしていた。


うーむ。

どちらの意見も間違えてはない。

雇用者としては、彼女の生活状況も踏まえ

採用するときに状況を把握しきれなかったのだ。

こうなることは目に見えていたはず。

だって、彼女は労働にお金を求めてはいない。

あくまで自己充実の範囲だ。

そもそも悠々自適な生活を出来る状況にあるのだ。

主婦感覚から抜けきれるはずもない。


会社は会社で、雇う限りは正社員扱いだ。

自給や待遇という事は後回しにして、

精神論や社会論で仕事を回してくる・・・。


私は、今回、アルバイトという形の雇用形態を

始めて経験した。

正直、私には難しい雇用形態だ。

やはり、働くならボーナスも欲しいし、

自分の仕事に意味を持ちたい。

成長もしたい。


アルバイト全てが難しいというわけではないだろうが、

先を見通すという点では難しいなあと思った。

だけど、一方で、雇用者に対して強気にはなれる。

正社員の様に、帰属的に会社を考えなくて良い。

以前の様に、育てる育てられることをしなくても良いのだ。


うーむ。

長い人生、いくらパニック障害だとか言っても

働かないわけにはいかない。

いつまでも、自宅にこもっているわけにはいかない。

むしろ、そんな人生冗談じゃない。

歳を取ったら誰でも病気の一つや二つ、

何か背負うものが出てくる。

それが遅いか早いかの違いだ。


今は、ペースを落とす時期だとしても

いつかはまた仕事がしたい。

そう思いながら、今できる事をしている。

次に繋がると信じて。


それにしても、

辞める時の軽やかな挨拶と笑顔から、

彼女の気持ちの切り替えの早さをうかがい知った。

そして、そんな彼女にギャルを連想してしまった。

嫌なものを嫌とばっさり切り捨てた彼女が

ある意味羨ましくも感じてしまった。

会社を辞めてから久しぶりに、

ワイワイと大人数で飲む機会があった。

本当に久しぶりである。

新人だと思っていた子が、もう3年目とか・・・。

だんだんと周りも結婚していって、

子供の話で盛り上がる。


あっという間だと思わされる。


そんな時中で、かつて一緒に仕事をして

最近結婚した人の話を聞いた。

仕事が本当にできる頭の切れる人だった。

けれど、私からするとあまり人間が好きというタイプではなく、

どちらかというと坦々とこなしている様に見えた。

もちろん、愚痴を言い合ったり、叱咤激励しったりという

関係にはなりにくい。

とても、割り切り型に見えた。

ドライというか合理主義というか正直好きになれるタイプでは

なかった。

だけど、そういう感情とは別に、遠距離の彼氏と大量の仕事と

責任の中で、何の迷いもなくこなしていく彼女をすごいなと

関心もしていた。


だが、そんな彼女も結婚が決まった2ヶ月前の

浮気をされたという話を聞いた。

そして、とても落ち込んでいたと・・・。

(それでも結婚したという・・・。)


そうかあ・・・。


何でもできるなんて幻想。

神様じゃないんだからね。


本当に、人生はうまく出来ている。

幸せばかりでも不幸ばかりでも

成り立たないんだな。

あらためてそう思ってしまった。

そして、彼女には悪いが私はホッとしてしまった。


まあ、その後は結婚し、

相変わらず遠距離のままバリバリと仕事を

しているらしい。

(週末婚ってやつ?!)

あらためて彼女に感心してしまった。

そのくらいの図太さがなきゃなー。

女やってられないよね。

たまにテレビで、食べながら寝ている子供の投稿ビデオを

見たりすることがある。

手に、フォークをもってこくり・こくりとやっている。

もちろん口回りは、べたべただったりするが、

それがまた愛らしい。

:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


食欲と睡眠欲って同時または、時間差攻撃でやってくる。

そうでなければ、どちらかを強く感じる人もいる。

睡眠時間を削っても食欲を優先する。

食欲を削っても睡眠欲を優先する。

朝の「あと5分・・・。」なんて、まさに後者。


そして、私自身もどっぷりと後者に値する。

体の調子を崩したと時でさえ、眠れないという事はまれだった。

眠るの大好き人間である。

だから、大抵土日なんて、昼近くまで寝ていたりする。

そんな様子を一番目にしているのは夫であり、

そんな眠りこけた私を6年近く見てきている。


ある日のこと

私:「なんでこんなに眠いのかな~。薬のせいもあると思うけど。

てか、そうだよね。」

夫:「・・・・。」

私:「寝ても寝ても寝たりなよ。まだ、寝れるよ~。」

※12時間程寝て、ご飯食べてまた眠くなった(恥)。

私:「そうだよね。そのせいだよねえ!?」

夫:「・・・・。(あきれ気味?)」

私:「ちょっと!!無視しないでよ!」

夫:「あ・の・さ。眠いのは今に始まったことじゃないでしょ?

薬飲んでようと飲んでなかろーと関係ないし。

なんで、そんなに寝れんの?羨ましい。」

私:「あっ!えっ、そうねえ(笑)。

えらいすんませんなあ・・・。」


夫から、嫌味っぽくいじられる始末。

そんな会話をしたりするうちに、自分がパニックであることを

忘れてしまう一瞬がある。


夫は、本当に変わらない。

病気になる前もなった後も。

過剰な心配や気遣いが全くない。

それが私にとっては救いである。

相手が意識しないで接してくれると、こっちはトテモ安心したりする。


そういった関係が、続いている友人達が回りにもいてくれる。

嬉しいなあー。

そう思いながらホクホクとまた床につく私であった。


音楽が大好きだ。

ジャンルは問わない。

けど、最近はジャズがとても落ち着く。

夫の帰りが遅いときは、ロウソクに火を灯し、

ジャズを聴く。


とても気分が落ち着く。

体の隅々が潤ってくる。

じんわりとほのかに暖かくなる。

私は、英語が苦手だ。

だから、聞き取れない。

当然、歌詞がわからない。

それがまた良い。

感情移入しないですむから、そのまま音に

体を委ねられる。

そのせいか洋ものが好きである。

邪道かもしれないが、意味を理解せず聞いている。

ただ、心地良いから聞いている。


こうした時間はある意味ストレス解消に思える。

端からみればとても贅沢な時間に見える。

だけど、こうした時間は長くは続かない。

飽きてしまうのだ。

だって、受身だから。

人が作った音楽をただ聞いているだけ。

受身じゃ面白くい続ける事は難しい。

これでも、かつてプレイヤーだった。(打楽器っす。)

血が騒ぐ。

演奏したい。

逃げる為でもなく、何となくでもない。

自分だけの為に。

私の家には捨てられないスティックが何セットもある。

もうボロボロなのに・・・。


ストレスは溜まる。

先の見えないパニック障害の治療。

仕事の復帰。

子供。

だけど、一つ言える事は、この病気で

死なないって事。

なあ~んだ、ダイジョブじゃん!!

(≧▽≦)


こういう事を越えて行こう。

そして、強くなって行こう。

自分が自分であることを受け入れ、楽しもう。

スティックを眺めながらそう思った。

夏だ。

もうすぐ秋が来る。

フルタイムで仕事をしていた頃って、こうして

季節を肌で感じることが少なかった様に思う。

一日中、空調の中にいるから、然程、汗もあまりかかない。

それどころか、夏なのに長袖のカーディガンなんか着てた。


こうして改めて扇風機で、夏を過ごしていると、

「夏って、暑いなー。」なんて、当たり前の感覚が

甦ってきたりする汗


仕事を辞めてから、人間らしい感覚が戻ってきている。

いつも何かに追い立てれている感じがしていた。

それがない。

だから、多少の変化にも強くなった。

焦燥感に駆られている時は、特に、環境の変化に弱くなる。

視野も狭くなるむっ


自然を感じられている時は、強くいられる気がする。

とてもフシギな感覚だ。

自然なんてものは、自分の気持ちではどうする事もできない。

あるがままに、存在している。

その中にいる自分もまた自然の一部と化す。

雷が来ても、台風が来ても、ただ過ぎ去るのを待つしかない。


そう思うと、焦ってもしょうがないかと思う。


仕事を辞めて経済的には楽ではなくなったけど、

それで焦っても今はショウガナイ・・・。


暫くは、そのままゆったりと過ぎ去るのを待とう。

そして、また一つ強くなる自分を想像しよう。




今月で元同僚が退社するとの連絡があった。

時期としては、後輩にあたるが同年齢ということもあって、

話易い仲間だった。


突然ではなかった。

彼は私の結婚式の2次会にも来てくれた。

その時、少し話しをしたのだが、

会社のことを訪ねると元気がなかった。

「相変わらずだよ・・・。」と。


彼は仕事ができる。

そしてムードメーカになってくれていた。

ギスギスした現場もホットさせてくれる人だ。

その彼が退社。

疲れたんだろうなーと思った。

彼を形容する言葉に悪いものはない。

しかし、好かれる人、いい人というのは、

時に、周りからの期待に応え様と必死に頑張る。

それが度を超えたのだろう。


常時、人の事を気にしていては身が持たない。

できない事はできないでいい。

今できなくても、明日明後日できる事もある。


私も人の事は言えないが、人に好かれるというのは

時に自分に刃を向けてしまう時がある。

その気持ち自身実は、不埒なものだったりする。

人に好かれたいという気持ちを持つのが

悪い事ではない。

しかし、自分が良かれと思って行動を起こしても

相手にとって不快な場合はただの迷惑となってしまう。


人それぞれ、万人に受け入れられるなんて事は

実は、考える方が傲慢なのだ。

だから、今の自分を好いてくれている人を大事にすれば良い。

世の中にはどんなに努力しても、自分を嫌いと思う人がいる。

逆に何をしなくても、好きだと言ってくれる人がいる。

「真面目だからね・・・。」

以前、言われた事を思い出した。

そういう意味だったんだろう。

だけど、その中に潜む不埒な気持ちにも気がついて

いたんだろう。

だから、私、言われた時に腹が立ったんだ。


人に嫌われることを怖がらず、

好かれることにも怖がらず、

もっと鍛えないといけないなーなんて

思ってしまった。