Minstrelsy -8ページ目

Cherry Blossom -10-

適当に幾つかゲームをやって、ぐるっと一周して、また彼女の買い物に付き合う。そうすれば、適当に腹が減る。頃合いを見て適当に夕飯にして、適当に帰る。俺はそのつもりで居た。
「あ、お前も来てたの?」
そのつもりは、この一言で潰れた。
目の前には、いつもの連中。
「それはこっちの台詞だ。お前らも来てたのか」
これでは学校にいるのと変わらない。むしろ、彼女が側に居るだけに尚悪い。絶対何か言うに違いない。
「あー、あぁ、幼馴染みの例の彼女と一緒だったのか」
「まぁ」
何故か、連中が大人しい。それに、ぎこちない。
妙な勘違いでもしているのかと釘を刺そうとする。
「なんだー、やっぱり遊びに来てたんだー」
別方向からも声がする。彼女に一瞬戸惑いの色が浮かぶ。が、すぐにいつもの様子に戻った。
「まーね。せっかくの休みだし」
どうやら質の悪いことに、双方の友達グループと鉢合わせてしまったらしい。
いつもの連中だけならまだしも、彼女の方は面識が無い。
どうあしらえば良いのだろうか。やりすぎると妙なことになりかねない。
頼むから俺に関わらないでくれと本気で思う。
が、その願いは脆くも崩れ去った。
「あ、そっちがあの幼馴染み君?」
「こんな人だったのかー」
「クラス近いのに知らなかったなぁ」
「どうもー、この子の友達やってまーす」
やけに高いテンションで俺に絡んでくる。いつもの連中以上に厄介だ。
このまま放っておけばどうなるか解ったものじゃない。
「よし、お前そっちのグループで遊んで来いよ。俺はいつもの奴らと遊ぶからさ」
俺はそう言って彼女の背を押す。
「え、でも…」
「皆帰るとかそんなことになったら連絡してくれば良いだろ。それに、慣れてる方がやりやすいだろ」
「そういう問題じゃ…」
彼女は困ったような顔で俺を見る。
何か言いたいことがあるけれど、どう言えば良いのか迷っている。そんな表情だ。
俺はそんな彼女を無視して、彼女の背を更に押す。
「という訳で、俺らは俺らで遊ぶから。こいつのこと任せるわ」
彼女を友人達の輪に押し込むと、俺は彼女に背を向けた。全員の戸惑う気配が嫌でも伝わってくる。
それを振り払うように、行こうぜ、と俺は連中をゲーセンの奥へ引っ張っていった。


「お前、良かったのか?」
「何が」
「何がって、一緒に遊びに来てたんだろ?」
「別に」
俺は連中をゲーセンへと引っ張っていったのだが、昼飯がまだだと外へ連れ出された。
行き先は、よりにもよって彼女と食事をした店だった。流石に昼時とあって、かなりの人が居る。
無理矢理向こうのグループと合流するつもりかと勘ぐったが、どうやらそうではないらしい。
彼女達の姿は見えない。別の店で食事をしているか、買い物をしているか、そのどちらかだろう。
広いショッピングモールだ。連絡を取らない限り顔を合わせることは無いだろう。それが少し、俺を落ち着かせている。
「別にってことはねーだろ。お前、何にも解ってないな」
いつもの連中と一緒なのは良いが、それはそれで面倒なことになっている。
よりにもよって質問攻めかよ、と些かうんざりする。
「解ってねーのはお前らだって。何でそう変な方へ解釈したがる訳?」
声に棘があったのか、連中は気まずそうに顔を見合わせる。
苛立っているのかもしれない。変な方へ解釈したがる連中に対してか、それともまた別の理由か。
沈黙が重くのしかかってくる。
「お前がそこまで言うなら良いけどよ」
何かを察したのか、一人がそう言う。それで話は一応終わりとなったらしい。さっきまでの雰囲気を振り払うかのように、ゲーセンの話題に切り替わった。
俺は飲み干したカップを投げ捨てるようにトレーに置く。
昼食時、彼女からも質問攻めだったことを思い出す。
それから、何となく俺は落ち着かない。しばらくこの店には来たくないな、と思いながら連中の話を聞き流していた。
「ま、まぁ、腹ごしらえも済んだことだし、ゲーセン行って気張らしでもしようぜ」
「俺久々に格ゲーやりたい。勝負しねーか?」
「おぉ、良いねぇ。俺、今年入ってからまだ負けてねーんだ」
「うし、そろそろ行くか」
トレーを片付け、店を後にする。
ゲーセンに着くなり、勝負だと意気込んで筐体に座る二人。
俺は別の奴にレースゲームの勝負を挑まれ、そいつらと別れる。
硬貨を居入れると、割れんばかりの轟音が周りの音を掻き消した。隣の奴が何かを言ったらしいが、それも聞こえない。
程なくして、カウントダウンが始まった。ブルーシグナル。俺は思いきりアクセルを踏み込む。
マシンがタイヤを鳴らして走り抜ける。相手のマシンは見えない。
彼女は、今頃向こうのグループと楽しく遊んでいるのだろうか。
少しの居心地の悪さと、落ち着かない気持ちを晴らすようにゲームにのめり込んでいった。

Cherry Blossom -9-

ショッピングモールの広さを実感したのは、今日が初めてだったかもしれない。
ここは専門店街と量販店が併設されていて、そこにゲーセンや映画館、レストラン街もあるかなり大規模なモールだ。一日遊び回るのは簡単なことだ。だからこそ、彼女もここに俺を誘ったのだろう。
見たいとこ色々ある、と引っ張られ続ける俺。入った店は五軒だけ数えて諦めた。
次々と見て回る彼女。全部見なければ気が済まないのか、と思う。今も女の子向けの店で鞄やら服を見て回っている。
「ね、ね、コレなんかどう?」
必ずと言っていい程に、彼女は俺に意見を求める。
「良いんじゃねーの?」
そんな彼女に、俺は適当に返す。
「彼女さん、結構お似合いだと思いますよ」
にこやかな店員さん。
「いえ、ただの友達です」
そうきっぱりと返す俺。
一体何回繰り返したやり取りだろう。
羽根を伸ばしに来たはずが、何だか余計に疲れが溜まっていく気がしてならない。
年頃の男と女が二人連れで歩いていれば、大抵はカップルだと思われても仕方がないだろう。
とは言え、行くところ行くところ全部でそのやり取りが続けば、本物のカップルでもうんざりするんじゃないかと思う。
ましてや、カップルでも何でもない俺達ならば尚更だ。否定するのも億劫になってくる。
正直、そろそろ帰りたくなってきた。
「一休みしよっか。そろそろお昼だし」
俺は余程疲れた顔でもしていたんだろう。いつもなら俺のことをさほど気に掛けない彼女が、珍しく俺を労るようなことを言ってきた。
「そうだな。そうしてもらえると嬉しい」
時計を見ると、お昼には少し早めの時間だった。少し早起きの俺にとっては良い頃合いだ。
いつもならここでからかうくらいのことはするのだが、その気力すら尽きてきた。
(で、この調子で夕飯までここにいるってか?)
朝の彼女の言葉を思い出す。昼前でこの調子だ。
夕食時まで俺の気力と体力は残っているだろうか。


お昼はこれくらいが良いよね、と入った先はハンバーガーショップだった。
別に、異存はない。少し時間がずれているせいか、人はまだ少ない。
「なーによー、もうへばっちゃってる訳?」
ポテトをつまみながら、彼女はちょっと呆れた風に聞いてくる。
「へばるっつーか気疲れするっつーか…何?お前いつも買い物ってこんな感じ?」
「うん」
「女子って大概そんな感じ?」
「だと思うよ」
「…そうかい」
少し遅れて運ばれてきたハンバーガーを頬張る。
頼んだのはいつものメニューなのだが、腹が減って疲れていればいつも以上に美味しく感じる。
「で、そっちはいつも何して遊んでるの?」
「俺?」
「うん」
「…別に、ゲーセン行ったりカラオケ行ったり、そんな感じだけど」
「他の女子とかとも?」
「あー、まぁ、そうだな。大抵いつも面子と一緒だから大人数だし」
「そっか」
彼女はどことなく複雑な表情をしている。最初に入った雑貨屋の時と同じだ。
納得しきれていない、何か言いたげな、そんな顔。
余り見せないその表情に、俺は目を逸らしてしまう。
何故だろう、彼女を見ることが出来ない。
感じたことのない気まずさ。どうしたら良いのか解らない。
「…それで?これ喰ったら何処行くんだ?」
だから俺は、こういう言い方で誤魔化す。いつもと変わらない風を装って、ぞんざいな口調で。
「んー…考えてなかったな」
困ったような彼女の笑顔も、今はまともに見られない。
「じゃあ、次はそっちに合わせるよ」
「…へ?」
「ゲーセン行こう!そこで遊んでから、次行くとこ決めれば良いからさ」
これでも結構得意なのはあるんだと付け足し、少しばかり胸を張っている。どうやら、俺に勝つ気で居るらしい。
「そうだな。それじゃ次は俺に付き合って貰う番って事で」
容赦はしないぞ、と一応言っておく。だが、彼女は平気だと笑っている。
何がそんなに楽しいのか、いつになく上機嫌だ。
そんな彼女を、俺はいつもと同じ様に見られない。

Cherry Blossom -8-

何事もなく無事な一日というのは、それこそ早く過ぎるものだ。
早々とやって来た一昨日でいうところの明後日、つまり今日、即ち彼女との約束の日。
登校よりは遅いけれど、それでもまだ早いと言えば早い時間だ。
朝から遊ぶんだと言われれば、この時間も致し方ない。俺はいつもの場所で彼女を待つ。案の定、彼女はまだ来ていない。
何故か落ち着かない。いつもの連中と遊びに行くのとは違う。多少の戸惑いがあるからだろうか。
いつもの連中とだったら、ゲーセン行ったり適当に見て回ったり飯食って解散とか、カラオケ行って解散とか、外で適当に遊ぶくらいだ。男同士気兼ねなく、それこそ羽根を伸ばすという表現がぴったりだ。
だが、彼女とだったらこうは行かないだろう。
別に女子と遊びに行ったことが無い訳ではない。気の合った連中で遊んだりはしていた。とはいえ、男女一緒で大人数が常だった。
参ったな、と思う。実を言うと、学校以外で彼女と顔を合わせることは殆ど無い。
メールのやり取りや稀に電話はしても、今日みたいに「何処かへ一緒に出掛ける」なんて経験は一度たりとも無かったのだ。学校以外で彼女と会う妙な緊張と気恥ずかしさ、それ以上に「どうすればいいものか」という気持ち。
一言で言えば、俺は途方に暮れている。
しかも、二人きり。
これはつまり、デートと言われても仕方がないのでは。
「おっまたせー」
そんな俺の背後から脳天気な声が飛ぶ。いつもより早いじゃないかと声を掛けようとして、振り向く。
声が、喉元で止まった。
一瞬、別人かと思った。
普段は制服で、それなりに校則を守った格好をしている彼女。それが今日に限って、雰囲気が、いや、それ以上に見た目が違う。
ファーのついた淡いピンクのスプリングコートに、白のハイネックのニット。それにギンガムチェックのスカートに、ロングブーツという出で立ち。いつもは二つに纏めた髪は降ろされ、緩くウェーブがかけられている。当然ながら、しっかりとメイクもしている。
「変わるもんだな…」
「そんなに違う?」
「俺より早く来てれば気付かなかったかもな」
「えへへー、出掛けるときはこんな感じだよ」
「そういうもんなのか」
何だか気恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「なーに?それはあれかな、可愛いとか思ってくれてたり?」
返す言葉に困る。少しだけでもそう思った、など言えるわけがない。
彼女はにやりと笑い、コートを翻す。そして早く行こうよと俺を急かす。
不意に漂う、香り。甘く、それでいて透き通った香り。
彼女の香水と気付くまで少し時間がかかった。
「さーてとぉ、今日は一日遊ぶぞー」
気合の入った彼女の後を、俺はゆっくりと歩き出す。
暖かな風が、もう一度あの香りを運んでくる。
「あ、夕飯は食べてきても良いって言われてるから、そのつもりでね」
長い一日になりそうだ。


ショッピングモールはいつもの賑やかさが無かった。
無理もない。開店して間もない時間に平日だ。流石に大混雑なんてことはない。
何処へ行こうかと聞く前に、彼女は俺を引っ張っていく。どうやら俺の意向は聞いて貰えないようだ。
連れて行かれた先は、雑貨屋だった。
ハンドメイドのアクセサリーやら、女子が好きそうな小物が所狭しと並べられている。
まず俺には縁のない場所だ。
「あ、見て見て。学力アップとか合格祈願とか色々あるよ」
そうでもなかった。今の俺はそういう言葉に弱い。
「色々あるんだな」
彼女の手元には、色んな石をあしらったストラップやらアクセサリーが並んでいる。ハートや勾玉の形に加工された石も並んでいた。
「何かお探しですか?」
にこやかな店員さんに、正直よく解らないんで、と曖昧に返す。でしたら、と店員さんは俺に一枚の紙切れを渡してきた。
そこには、石の写真とその効果みたいなものが書かれていた。
「お守りにもいいですよ」
その言葉に、ふと思い出す。
俺の携帯に付いているストラップ。あのチョコレートのオマケの、お守りのストラップ。
彼女とお揃いになった、シークレットのストラップ。
(ちゃんとした石の方が効果あるんだろうな)
紙にずらりと並べられた効能を眺めてみる。石の名前もあってか、霊験あらたかな感じがする。
困ったときの神頼みって奴だ。頼れるものなら、オマケにでも石にでもすがりたい。
彼女はというと、奥の方で何か物色していた。あれもいい、これもいいと迷っている様子だ。
「よろしければ、彼女さんとお揃いでアクセサリーはいかがですか?」
「いえ、アイツはただの友達です」
店員さんにそう言うと、彼女が振り返る。呼ばれたと思ったらしい。が、すぐに商品選びに戻った。彼女が視界から消える。
「友達ですよ、昔からの」
もう一度そう言うと、俺は小さな石を一つ買った。勿論、合格祈願の効果付きだ。
しばらく待っていると、商品を手に彼女もレジへとやって来た。彼女が選んだのは、小さな石とブレスレットだった。
店から出るなり、彼女は不思議そうに訊いてきた。
「店員さんに何か言われたの?」
「別に。石勧められたりとか紙貰ったりとか…」
「ふぅん…」
それ以上何も訊いてはこなかったが、納得した訳ではないらしい。
「何かさ、私のこと話してたような気がしたんだけど」
「お連れ様とお揃いがどうとかは言われたな」
「それだけ?」
「それだけ」
それでも納得しない様子の彼女に、次は何処に行くんだと促す。そう言えば見たいとこ色々あるんだ、と俺を引っ張っていく彼女。
俺と彼女は何も変わらない。何も変わらないんだ、と俺は無意識に自分に言い聞かせていた。

Cherry Blossom -7-

いつもの面子には、明後日の話は伏せておいた。散々言われることくらい、この俺にでも解っている。
君子危うきに近寄らずって奴だ。
「あの子の自転車直っちゃったんだって?残念だねー、登下校デートの時間が減って」
とりあえず蹴っておく。明後日の話はしなくて正解のようだ。
「なーにがデートだ。いっつも遅刻ギリギリで大変だったんだぜ」
「それもまた醍醐味って奴だろ」
蹴りをもう一撃。かわされたのが少し悔しい。
「そう言えば、そろそろ卒業だよね」
いつもの面子の一人がぽつりと呟いた。
「ぉー、そういやそうだったな。全然実感湧かねえから忘れてたぜ」
「そのまま留年しちまえ」
いつもの漫才を眺めながら、今更ながら俺も卒業する実感が持てていなかったことに気付く。
卒業すれば、こいつらと一緒にふざけたり昼飯喰ったりすることも無くなる。
友達では居られても、こういう光景はもう見られない。
「まー、ほら、試験とかもあるし、実感湧かないのもしょうがないかも」
お気楽そうに言うそいつの顔も、ちょっとだけ寂しそうだった。
「お前は進路決まってるんだったな」
「うん、推薦」
何人かは、とうに進路が決まっていた。中には親の反対を押し切って進路を決めた奴も居る。
それに比べて俺は、と思う。未だに進路は決まっていない。
希望する道へ進めるかどうかさえ、見えていない。
やりたいこととか、将来がどうだとか、今の俺にはよく解らない。
ただ、目の前のこの光景が無くなるのが堪らなく寂しい。そう思った。
今はそれが一番の正直な気持ちだった。
「何だ何だ、冴えないツラしてんなぁ」
ヘッドロックの矛先が俺に向く。寸前でかわし、手元にあった空のペットボトルで殴っておいた。こつん、とこいつの頭の中と同じくらい軽い音がした。
「うぉぉ、テストの記憶回路が五分の一も消失してしまった!」
「じゃああと四回殴ったらオシマイだな」
こつこつと小突く度に大袈裟にのたうち回る友人。この脳天気さが、今は少し羨ましい。
十人分程の記憶回路が吹き飛んだところで、そいつは俺の手から逃れるとこう言った。
「まぁさ、進路決まったり決まらなかったりしたら、どっかパーッと遊びに行こうぜ!」
「決まらない場合は考えたくねえな…」
「どっちにしろ、遊びに行くこと決定だな!」
一人だけ、今から予定を立てると張り切っている。いつもの漫才コンビは少し大人しい。それをまた煽るもう一人。馬鹿だなーと笑う俺。
入学してからずっと変わらないこの風景。それがもうすぐ終わってしまう。
何故だろう。いつもの馬鹿騒ぎが、少しだけ寂しく見える。どうしても感傷的になってしまう。
「おーぅ、そろそろ授業始めるぞー」
担任の声に、慌ただしく席に戻る友人達。
その背中がほんの少し、いつもより遠く見えた。


「それは考え方の違いだよ」
俺の話を聞いた彼女はそう言った。
「考え方の違い?」
「そう」
並走する彼女はそう言ってスピードを落とす。漕いで登るにはややきつい上り坂、彼女はいつも押して上る。俺も降りて後に続いた。
影が長く伸びている。
この光景が見られるのも、後少し。何となく感傷的になる。
俺は寂しいと感じているのだろうか。
それを振り払う様に、俺は彼女に問い掛けた。
「考え方の違いって、つまり?」
「別れる別れるって思うから寂しいのよ」
「あー…あぁ、そういうことか」
「別に二度と会えなくなる訳じゃなし、会おうと思えば会えるんだし」
影が彼女の表情を隠す。口調はいつもと同じだ。けれど、彼女がどんな顔をしているのか伺うことは出来ない。
「まぁ、そうだよな」
それでも寂しいなとは思ったが、口には出さなかった。言えば、それこそ本当に寂しくなりそうで、何だかそれが酷く怖く思えた。そう思ったのは初めてだ。
「それよりも、明後日」
気付いたら後ろにいた彼女が、俺の背中に声をかける。
「約束、忘れないでね」
再び夕陽が映したその表情は、いつもと同じ明るいものだった。

Cherry Blossom -6-

翌朝、彼女は自転車だった。
何でも、昨日帰ったら戻ってきていたらしい。だったら連絡くらいくれても良いだろうに、と思う。
彼女の自転車がパンクしてから、俺は少し早く待ち合わせの場所に居た。遅刻気味の彼女を乗せていくためだ。当然、彼女もそのことを知っている。
そこまで考えてから、俺はようやく気付いた。
これは、メールも電話も返さずに彼女を待たせた「昨日の仕返し」だ。その証拠に、眠たげな俺に対しニヤリと笑っている。
「…昨日は悪かったよ」
「はい、素直でよろしい!」
その声を合図に、俺達は自転車を漕ぎ出した。
昨日の少しむくれた雰囲気は影も形もなかった。その事に、俺は少し安心していた。
さっきの詫びは、彼女を待たせた事ともう一つ、気遣いの足りなかった俺の言葉に対してだった。
喜んでいた彼女に水を差したのだ。幾ら何でもきまりが悪い。
果たして、彼女はもう一つの詫びに気付いたのだろうか。
俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は上機嫌だった。
歩けば遅刻寸前の時間でも、自転車ならば余裕で着く。今までで一番早いくらいだ。
「桜」
「何?」
「桜が咲いてきたね」
彼女に言われて、流れる景色に目を遣る。ちらほらと咲き始めた桜が目に映った。
「少し暖かくなってきたからな」
「そういやそうだね」
風になびく彼女の髪が、開きかけた蕾を撫でる。
桜並木は穏やかに枝を揺らしながら、俺達を見送っていた。


予想通り、俺達は早めに学校に着いた。
時間が少し違うだけで、廊下を歩く面子も随分と少ない。見知った顔に出会わないのが何よりの証拠だ。
「明後日、暇?」
「受験生に暇などあるか」
「…学校、休みなんだけど」
すっかり忘れていた。明後日は臨時休校なのだ。
入学予定者への説明会だったか、何か学校であると聞いた気がする。正直よく覚えていないが、昼まで寝られるとこっそり喜んでいたのは覚えている。
が、そんなことを言う訳にはいかない。
「い、一応受験生に休みはない」
とりあえずそう言ってみた。
「どうせ昼まで寝られるとか思ってたんでしょ」
あっさり見破られてしまった。
言い返せない俺に、彼女は勝ったと思ったらしい。
「どうせ休みだし、たまには息抜きも必要だと思うのよ」
「まぁ、そうだな」
「私の買い物、付き合わない?」
「買い物ぉ?」
「バスですぐに行ける距離にあるんだし、ね?たまには良いでしょ?」
彼女の買い物に付き合うことが、俺の息抜きとどう関係するというのか。
だが、彼女の中では関係しているらしい。どういう理屈かは全く理解出来ない。
俺達の団地の最寄りのバス停(徒歩5分)から、ショッピングモールへのバスが出ていたことを思い出す。
そういえば明後日は平日だ。人もそれ程多くはないだろう。
「同じこと考えてる奴で混むんじゃないか?」
勿論そんな事は思っていない。が、こうでも言わないと無理矢理付き合わされる。
勘弁して欲しいのが俺の正直な気持ちだ。
「大して多くないって。それじゃ明後日、忘れないでね!」
そう言うと、彼女は教室へさっさと行ってしまった。すぐに笑い声が聞こえる。彼女の友人達はどうやら規則正しく早めに来る性格の持ち主らしい。
それに比べて、と俺は溜息を吐く。お決まりの面子はまだ誰も来ていなかった。
それよりも、明後日の話だ。
俺は疑問を呈したはずだが、彼女にはそれが「肯定の意志」として伝わったらしい。
ささやかな抵抗は無駄に終わった。
決まってしまえば覆ることはまず無い。どちらかが寝込むか、槍でも降らない限りは。
(たまには息抜き、なぁ)
確かに悪くないと思う。
ただし相手が彼女でなければ、という条件付きではあるのだが。

Cherry Blossom -5-

結局、いつものコンビニに着くまで二人とも無言だった。
彼女は口を利かないし、俺は特に話題もない上に疲れていた。それで、無言のままコンビニまで来たという訳だ。
「すぐに戻るから」
そう言うと、彼女は俺の返事を待たずにコンビニへ駆けていく。
帰り道に初めて発した言葉がこれだった。息苦しいくらいの沈黙からようやく解放され、一息吐く。
足代のつもりなのか、彼女は毎日のように寄っては俺にあのチョコレートを買ってくる。桜のパッケージの、あの”サクラ サケ”のチョコレートだ。
彼女は自分用にも買ってはいるのだが、オマケのお守りを俺に渡してくる。お陰で全種類コンプリートしてしまいそうなくらい集まった。
(肩こったー…)
いつもなら寒いくらいの風が、今日に限って暖かいのが恨めしい。
制服のネクタイを緩めて風を通す。これで少しは涼しい。
付き合いが長い、もとい幼馴染みの俺にとっては、彼女が何故口を利かないかぐらいはお見通しだ。
きまりが悪い、ばつが悪い、つまりは少し拗ねている。
昔から彼女はそうだった。素直にごめんなさいが出来ないヤツなのだ。
何十回と喧嘩をしてきた俺だ。もう慣れた。
だから別に気にもかけない。放っておけば良い。今むくれていも、明日にはけろっとしているのだ。
「寒くないの?」
いつの間にか彼女が帰ってきていた。
「予定外の肉体労働は受験生には苛酷だったんだ」
「ふぅん…そりゃ、ご苦労さんな事で」
小馬鹿にしたような口調で、彼女はいつものチョコレートを俺に渡す。何故か、二箱。
「一個多いぞ」
「疲れてるんでしょ」
そう言って不機嫌そうに突き付けてくる。じゃあ遠慮無く、と俺は受け取る。貰えるものは貰う主義、それが俺だ。
「…ん?」
いつものオマケを取り出すと、いつもと違うオマケが出てきた。
これは所謂「レア」とか「シークレット」なのだろう。全七種類+?の”?”らしい。
「あ、シークレット!」
彼女が声を上げる。
てっきり俺のを見て言ったのかと思ったが、彼女が見ているのは、彼女の手の中のオマケだった。
どういう訳か彼女もその”+1”が当たったらしい。偶然とはかくも怖ろしいものなのか。それとも誰か謀ったのか。
「二人揃ってシークレットが出るって、レアじゃん」
嬉しそうに彼女は言う。シークレットが出たのがよっぽど嬉しかったのだろう。
「そうだな」
余りにも嬉しそうな彼女にどう返して良いものか困った俺は、少しぶっきらぼうに応じる。
珍しいはずのシークレットが、目の前に二つ。秘密でも何でもない。
「被ったから、これは私のでいい?」
「好きにしろよ。お前が買った奴だし」
さっきまでの不機嫌顔はどこへいったのか、彼女は更に嬉しそうな顔をしている。
「お揃い?」
「それだと引き当てた全員とお揃いになるな」
「夢もロマンも無いこと言うね」
彼女は拗ねたように口を尖らせる。
「お前と夢やらロマンとか、柄じゃない上に勘弁して欲しいところだ」
言ってしまってからマズイと思った。このままだと自転車ごと蹴り飛ばされる。
いつもの彼女なら必ずそうする。間違いない。
だが、彼女は何もしなかった。
「早く帰ろ。暗くなってきた」
「え…、ああ、うん」
余りにもあっさりとした反応に、俺の方が動揺する。
恐る恐る彼女の表情を伺う。見る限りは、普段と変わらない。
ただその瞳は、少しだけ寂しそうだった。


「じゃ、ありがとね」
彼女は俺の自転車から鞄を引き上げると、さっさと帰って行ってしまった。
結局あれから一言も喋ることなく、黙って帰ってきたのだ。
揃いでシークレットを引き上げたあの雰囲気は、あっさりと無くなってしまった。
迂闊だったな、と思う。
幾ら慣れているとはいえ、少し気遣いが足りなかったかと思う。
滅多に出会えないシークレットだったのだ。もう少し一緒に盛り上がった方が良かったかもしれない。
それでも彼女は、俺の考えなどお見通しなのだろう。こうやって後悔してる事さえも。
(幼馴染み、か)
ぬるい風に桜並木の蕾が揺れる。
ざわざわと、まるで笑っているかのように。

Cherry Blossom -4-

翌日もそのまた翌日も、彼女は徒歩だった。
曰く、自転車の修理も終わってないし代車も無いから、だそうだ。お陰で遅刻ギリギリの連続だった。
「まぁ、場合によっちゃ一週間くらいかかるからなぁ」
昼休み、友人はそう言った。俺は頬張っていたパンを危うく喉に詰まらせるところだった。
「そんなにかかるんかよ…」
たかが自転車のパンク、てっきりすぐに帰って来るものだと思っていた。
「僕ん時はそれくらいだったよ。その時は代車借りられたから良かったけどさ」
代車も限りがあるからね、と友人は付け足した。
「って事は…それまでアイツと一緒に登下校かよ…」
「運が良かったと思って諦めなよ」
頭を抱える俺に、友人はそう言って笑った。他人事だからどうでも良いらしい。
だが、それ以前の問題がある。
「運が”良かった”って何だよ」
「女の子と登下校、しかも二人乗り、そして幼馴染み………それを運が良いと言わずして何と言う!」
びしっとスプーンを俺に突き付けて断言する友人。当然だと頷くその他一同。
とりあえず、端から順に殴りつけてから俺は言った。
「そういうんじゃねえっつーの」
大体どうやったらその考えに至るんだ、と呟く。
早いうちに幼馴染みに対する幻想を振り払っておかないと手遅れになりそうだ。
「だって幼馴染み…」
もう一発殴っておいた。前言撤回。既に手遅れだった。


気付けば辺りに人の気配は無く、廊下も静まり返っていた。
日が延びたとは言え、流石にもう薄暗い。
冷えた空気が、今はむしろ心地が良い。火照った身体を冷ましてくれる。
というのも、運悪く先生に捕まり、運悪く荷物運びを手伝わされ、運悪くこんな時間まで居残るハメになった訳で、普通ならとっくに帰っている時間だ。
「いやー、助かったよ、うん」
先生(第三者から見ればご老体)に頼まれれば嫌とは言えず、俺は曖昧に笑うしかなかった。
そういえば幾度か携帯が鳴っていた様な気もするが、確認する暇も無かった。それくらい荷物の量が半端じゃなかった。
次いで言うと、荷物運びは全部終わっていない。三分の一運べたかどうかだ。
「空き教室なんだけどね、来年度から使うから片付けてるんだけど一向に終わらなくてね」
「はぁ…」
「明日も頼んじゃおうかな」
「…せめて何人か助っ人ください…」
物置、もとい来年度から使われる教室として使われるという事は、新入生が増える。順調に卒業出来れば、俺はその教室の連中と顔を合わせることもない。
物置部屋だったと聞いたら、さてどんな顔をするのか。それが出来ないのが少し残念だ。
「遅くまですまんだな。じゃ、気をつけて」
「お疲れ様です」
職員室で先生と別れ、自転車置き場へと向かう。
今になって酷使した腕や腰が痛んできた気がする。家に帰るまで俺の身体は無事なんだろうか。
自転車置き場はがらんとしていた。そりゃそうだ、とっくに生徒は下校している時間だ。
寂しさに拍車がかかり、大きく溜息を吐く。
「遅かったじゃないの」
誰かの声がした。見なくても、彼女だと解る。
「先帰ったんじゃなかったのか」
「一人で歩いて帰るの嫌だもん。同じ方向に帰る子、居ないし」
彼女は所在無さそうに俺の自転車の荷台に腰掛け、足をぶらぶらさせている。
「まだ明るいうちに帰れたろ?」
「だって、メールしても電話しても出ないし!」
携帯の呼び出しは彼女からだったのか、と言われて初めて気付く。
「別に一緒に帰るって約束した覚えは…」
「おぉ、待ち合わせしとったんかね」
俺の声を遮ったのは彼女ではなく、先生だった。どうやら先生もお帰りらしい。
そっぽを向いていた彼女も、以外な相手に驚いていたようだ。
「そうならそうと言ってくれりゃ良かったのに。悪かったなぁ、付き合わせて」
「あぁ…いえ別に良いんですけど…」
「じゃあまぁ、気をつけて帰るんだよ」
先生の姿を見送ってから、ようやく彼女が口を開いた。
「…手伝い?」
「まぁな」
「じゃぁそう言ってくれれば良かったじゃん」
「そんな暇無かったんだよ」
「…解ったわよ」
彼女は俺を睨み付けて、そっぽを向いてしまった。
帰るか、と言う俺に黙ってうなずいただけで、それから一言も口を利かなかった。
俺はやれやれと溜息を吐き、二人分の鞄を乗せた自転車を押した。

Cherry Blossom -3-

これでも一応受験生の俺達は、とりあえずまともに授業を受け、規則正しく下校する。
清く正しく、早寝早起き。それくらいの心構えが必要なのだ。
部活はとっくに後輩に引き継いだし、隠居した今となっては顔を出すのも稀だ。
もっとも、今となっては顔を出す時間もあまり無い。これでも俺は真面目に勉強する方だ。
「わー、参考書片手に自転車とか危ない上に似合わないよ」
そんな俺を切り捨てる様に彼女は言った。
俺の自転車に便乗して登校した彼女は、当然ながら自転車で帰れない。
自力で帰る手段は徒歩以外に無い。やろうと思えば電車とバスでも帰れるのだが、如何せん本数が少ない。
時間によっては歩いて帰った方が早い事もある。それなりに需要は有ると思うのだが、一向に増える気配は無い。
それが理由か、彼女は徒歩での帰宅を選んだ。歩いて帰るから付き合えと当たり前のように鞄を俺に持たせたのだ。
行きは良いのだが、帰りは厄介だ。
緩やかとは言え上り坂が続く。彼女を荷台に括り付けて漕ぐには厳しい。
荷物だけ運んでやるから俺は漕いで帰ると言いたいところだったが、季節が季節だ。歩いていれば間違いなく暗くなる。
日の長い夏ならまだしも、暗い道を女子一人で帰らせるのは少し心配だった。
仕方なく、俺は彼女と並んで歩いて帰ることになった。勿論、友人達から散々囃し立てられたのは言うまでもない。
「うるさい。人を荷物持ち代わりに使いやがって」
「しょうがないじゃん…乗ろうとは思ったんだよ?でも、間に合わなかったんだもん」
「ホントに乗る気あったのかよ」
俺には最初から歩いて帰るつもりだったとしか思えない。多分彼女は乗り慣れていないし、お金もかかる。気持ちは解らないでもない。
荷車にされて無念なのか、自転車も心なしか足取りが重い。
自転車で行けば15分の道を、俺と彼女は並んで歩く。
「コンビニ寄ろうよ。お礼に何か奢ったげる」
「俺は早く帰りたいんだけど」
「ちょっとだけ」
「置いてくぞ」
「5分だけ」
「…はいはい」
待っててね、と念を押して彼女はコンビニへ駆けていく。
ひらひらと彼女のスカートがなびいて、コンビニの中へ吸い込まれていった。


我ながら押しに弱い。情けなさに溜息を吐く。
彼女の頼みは何故か断れない。多少厄介だと思っても、だ。
幼馴染みだからかもしれない。
小さい頃、少しだけ背伸びをしていた。彼女よりも年上のつもりでいて、ちょっとした事でも兄貴面をした。
何だかんだと世話を焼いて、頼りがいのあるところを見せたがっていた。
今となっては、単純に甘やかしているだけとなってしまった。
当時の世話焼きが今の押しの弱さに繋がっているのだと思うと、情けなさに拍車がかかる。
陽が少し傾いて来た。冬の冷たさが頬を撫でる。
俺はマフラーを巻いて、彼女を待つ。
最近暖かくなってきたとはいえ、夕方になれば寒い。マフラーや手袋無しでは帰りが辛い。
早く春になればいいなぁ、と思う。暖かいし、幸い俺は花粉症じゃない。一年で一番過ごしやすい季節だ。
程なくして彼女が帰ってきた。
「お待たせ」
袋を探っていたかと思うと、彼女が俺に向かって何かを放る。取り落としそうになったが、何とかキャッチした。
桜のパッケージのチョコレートだった。
「季節限定だし、私らには必要不可欠なもの!」
「必要不可欠?」
パッケージには”サクラ サケ”と印刷されている。それに、どうやらお守りらしきオマケが着いている。
「確かに、そうかもな」
俺は受け取ったそれを鞄にしまう。彼女も鞄にしまうと、マフラーを取り出した。
コンビニは暖房が効いていたから余計に寒いのだろう。俺よりもきつくマフラーを巻いて、手袋もはめている。
「寒くなってきたし、早いとこ帰るぞ」
「そうだね」
自転車を押して俺は歩き出す。彼女も俺の後に付いて、そして並んで歩く。
長く伸びた影と、時折吹く冷たい風。家に着く頃には、すっかり陽も暮れていることだろう。
そんな事を気にもしていないのか、彼女は他愛もない話を楽しそうにしてくる。
春はまだ遠いのか、夕暮れの空に二人の息が白く濁って消えていった。

Cherry Blossom -2-

「十年来の付き合い」というのは、別に誇張でも何でもない。
俺はまだ小学生の時、この団地に引っ越してきた。
幸い同年代の子供の多い団地で、遊び相手には不自由しなかった。その遊び相手の一人が、彼女だ。
女子は彼女一人だけだったかというと、勿論そんな訳はない。
当然ながら彼女が別段特別扱いされていた訳でもない。
男子も女子も一緒に遊んでいた。時には取っ組み合いや殴り合いの喧嘩(男子と女子の喧嘩でもそうだった)もしたけれど、割合仲良く付き合っていた。
それこそ、皆が兄弟姉妹のようだった。皆一緒に成長した、そんな風に今でも思う。
気が付いたら俺達は中学生になっていた。
その頃には、周りも随分変わってしまった。
小学生の時の様に遊ぶことは殆ど無くなっていた。
互いを異性として認識しだした事も関係あるだろう。いわゆる、思春期。
一緒に居るのが、何だか恥ずかしく思う事もあった。妙に反発したり、意固地になったり。
そうするうちに、気付けば話すことも減っていった。
それ以外にも何人かは転校していったりして既に居なかった。中には中学受験の為に引っ越した奴も居た。
そいつらとは引っ越してしばらくは手紙のやり取りはしていた。けれど、今ではたまにメールが来る程度で、一緒に遊ぶことも無く疎遠になっている。
今でも時折思い出す事はあっても、会う事はまず無い。多分、これからも。
受験生になって、それぞれの進路が決まって、俺達は本当にバラバラになった。
行く先が違えば、家を出る時間も違う。
たまに顔を合わせることがあれば途中まで一緒に行くけれど、すぐに別れる。
そして、それぞれの場所でそれぞれの友達を作って、いつの間にか合うことも無くなった。
ただ一人、彼女を除いては。
彼女だけは唯一進路が同じだった。
昔の遊び仲間が次々と離れていくのが寂しかったのか、それとも単に一人で登校するのが嫌だったのか、彼女は「待ち合わせして学校へ行こう」と俺を誘った。
入学してまだ間もない時期で、俺もそれなりに心細かったし、断る理由もなかった。
そして現在に至る訳で、彼女とは結構な付き合いになるのだ。
無論、今まで彼女を恋愛対象として見たことなど無い。
「うぁー…今日遅刻ギリギリだったー…」
自分から一緒に行こうと誘っておいてこの体たらくだ。
「だったら少しは早起きしろよ」
「朝もうちょっと飛ばしてくれれば良かったんだよ」
「それが乗せてやった俺に対する態度か」
幼馴染みイコール恋人だと思っている奴は一度この状況を体験してみたら良いと思う。
多分、三日と保たず嫌になる事必至だ。


休み時間が終わり、彼女と別れて教室へ戻る。
今でこそぞんざいに扱えるが、前は少しばかりぎこちなかった。
中学時代、思春期真っ只中。彼女を異性として見ていなかったといえば嘘になる。
やはり妙な気恥ずかしさがあったのだ。
あの頃の俺は、多分まともに彼女と話した事は無かったと思う。変に思われたくなかったのかもしれない。今の俺からすれば、単なる自意識過剰だったと解る。
異性として認識する事と、恋愛対象として見る事は違うのだ。
だから俺は、彼女を恋愛対象として見た事は一度たりとも無い。
いつもそう断言するものの、周りの理解は中々得られないのが目下の悩みだ。
どうしてこうも、周りは幼馴染みイコール恋人と決めつけたがるのか。

Cherry Blossom -1-

桜並木が、春の風に揺れている。まだ冷たい風に、蕾は固く閉じている。
その桜達の中で一際大きな桜の木。俺は、それを見上げながら彼女を待っている。
吐く息はまだ白い。それを風が掻き消していく。
腕時計を見る。もう来ても良い時間だ。いや、むしろ遅刻だ。
(先に行くか…)
自転車のペダルに足を掛けたとき、誰かがバタバタと走って来た。
「自転車パンクしたぁぁ~」
情けない声で彼女が走ってくる。俺の所に辿り着く頃にはぜーぜーと肩で息をしていた。
何か言おうとしているのは解るが、息が切れて言葉になっていない。
「じゃあ先に行くから、お前後から走って来いよ」
そう言って、俺は彼女を置いて走り出した。
が、彼女が荷台を掴んだせいで危うく転びそうになる。
「…ンの野郎…」
彼女は何も言わず、俺に鞄を放り投げてきた。それだけで言いたい事が解る。
「生徒指導に見付かる前に降りろよ」
呆れ半分、諦め半分で俺はカゴに彼女の鞄も突っ込んだ。
彼女は嬉しそうに微笑むと荷台に座った。自転車が微かに軋む。
「お前、重くなったな」
「うるさい!早く行かないと遅刻じゃないの!」
元はと言えば誰のせいだと言いたいのを堪え、俺は自転車を漕ぎ出す。
「しっかり掴まってろ。飛ばすからな」
緩い下り坂を、自転車は駆け抜けていく。
ぎゅっと彼女が俺のブレザーを掴んでいる。自転車のスピードと寒さのせいか、きつく掴んでいるのが解った。
春とは名ばかりの風の中、そこだけが少し暖かかった。


学校手前の曲がり角で彼女を降ろし、急いで校門を通り抜ける。遅刻だけは免れそうだ。
彼女も何とか間に合おうと必死で走っている。まぁ頑張れよ、と心の中で言い置いて俺は先に教室に入った。
「今日も仲良く登校かーい?」
べし、と後頭部を叩きながら友人がからかってくる。
「やかましい。そんなんじゃねぇって言ってんだろ」
「いやいやいや、別にどういう仲とも何とも言ってないのにねぇ」
「図星?ひょっとして直球ど真ん中ストレート?」
「はっはっは、照れるでない照れるでない。良いではないか良いではないか」
「うるせぇよ」
ぐりぐりとヘッドロックをかけられた俺を見て、他の友人達も笑う。
俺にとって彼女は「彼女」、つまり恋人ではない。単なる幼馴染みだ。
そういうと決まって連中は口を揃えて言う。
「普通、幼馴染みの女の子って彼氏彼女の関係になるもんだろ」
そして羨ましい奴だと言う。
明らかにその手のモノの読み過ぎだ。次いで言うと「幼馴染み」という存在に幻想を抱きすぎだ。
幼馴染みの仲が、いつのまにやら男女の仲に。よくあるシチュエーションだし、フィクションならばロマンチックに描かれがちだ。
彼女は「ただの」幼馴染みだ。しかも十年来くらいの長い付き合いになる。
お互いに居て当たり前。いつも一緒。だからこそ殴り合いの喧嘩もした。みっともなく泣き喚いていた事も知っている。
強いて言えば、兄妹に近いと思う。そんな存在だ。
彼女も多分、同じ風に俺を見ているだろう。
「おらー、ホームルーム始めるぞー」
いつの間にか教室に居た担任にどやされた。ようやく俺は友人達から解放され、席に戻る。
そして大きく溜息を吐いた。