出張ワタリーショップ 40時間の旅

昨日から月2回

始まりました。


考えてみたら、渡さんの事を去年の8月に知ったな。
一年後、こんななるとは思ってもいなかったなぁ。


そういえば

出張ワタリーショップの前の日は、コンタクトインプロをやったのでした。


コンタクトインプロは
「誰でも出来る即興ダンス」

かね。わかりやすく言うと

動きが自由でデタラメなのだが
なかなかおもしろい。

デタラメなので運動が苦手な私も出来る。


普段はノートを取らない私ですが
コンタクトインプロは家に帰って、勉強しちゃったよ。

なぜかしら。


そして次の日

出張ワタリーショップ40時間の旅初日

もう面白くって面白くって
今日はしばらくぼんやりでした。

もうね。
これから、責任を持ってどんどん間違えて
失敗しちゃおうかと思っているの。


この二日間で


いままでかたちにばかりこだわって
周りの良いところに蓋をして
自分を殺して
本当に大事な事を忘れてしまっていた私が

かたちにとらわれず
自由にやっていく場所を自分を、描いたりして
少しずつ実現していく楽しみを感じたのでした。

はじまりはじまり~!
前を向いて、しっかり歩くこと。

とにかく笑うこと。

人前では笑顔でいること。

わくわく楽しい気持ちでいること。

過去の悲しいことを、きちんと受け入れること。

思い出して悲しくなったら、きちんと泣くこと。

でも人前では笑顔でいること。

今のじぶんに泣きたくなったら、

泣いてもいいけど、ちゃんとこらえるじぶんを作ること。

やっぱり人前では笑顔でいること。

今までの悲しいことは、きっと誰かを前向きにさせるためのものだから

その悲しいことは、決して無駄では無く

苦しいこともまた無駄ではなく

じぶんを超えるための試練なんだと思って。

私たちは産まれた時から

だれかに見守られていて、だれかに前向きに押し出されている事を、思い出せば

どんな悲しいことも

乗り越えられるのだと思うの。


どんなに悲しくて
どんなに苦しくて

そんなことにとらわれていたら

それだけの人になってしまうのよ。

だからやっぱり笑顔で。
無理にでも。

そうすればきっと

誰かをしあわせに出来た、じぶんに

しあわせになるんじゃないかと思うの。


そんな朝なのです。











iPhoneからの投稿
最近いろいろ書きたいと思わない私。

まあ、実は好きじゃ無かったのかなぁ。
なんて思ったりします。

で、私が好きな事は

「人と話すこと」


もう、これは無意識にいろいろいろいろ言葉が出てきます。

ですが、この歳になると、恋愛に関しては全く出せなくなっていってしまうのです。
そんな機会ないし。

きっと、歳をとってもまだまだ衰えていかない、むしろ歳を取るごとに深くなっていく、自分の愛情に関してここでは出して行きたいなぁ。。。なんて思ったりしています。

ま、思う事ばかりなので「それちがうよー」というものも、多々あると思うの。
でも、それもいいかなぁ。なんて思ったり。

最近、よく耳に飛び込んでくる音楽が、Sadeという女性の「Smooth Operator」という曲。

この曲はもう、25年以上前の曲なんですけど。
当時私は中学生で、この曲を聴いたときはちょっとした衝撃でした。

Sadeって、ほんとにほんとにかっこいいっ!
と当時リアル乙女だった私は、大人な感じの曲にほわ~っとなったのを覚えています。

ですが

英語が分からない私は今までほんとに曲だけを楽しんでいて、歌詞なんて全く分からず聴いておりました。

そして最近気になったので、ちょっと調べてみたら

なんとまぁ。
あらステキ。

私の中の何かが、がもくもく沸き上がるような内容でございます。


実はずっとビデオのイメージだった。
ビデオのイメージと更に足して、深い深い内容ですわよ。


ビデオはYou Tubeで調べてみて。
そして80年代の感じも合わせてお楽しみ下さい。


Smooth Operator/Sade
(長いよー)


 女といちゃつく彼
 また別の娘を玩んでいる
 火遊びをして 女心を傷つける彼は
 七ヶ国語で愛されている
 宝石箱の生活 ダイヤの夜 ルビーの輝き 天にきらめく
 神さま 墜ちる彼に救いの手を

 最上級の生活 色男
 彼は(ジェット機で)国中を飛び回り
 最小限の出費で最大の悦び得るの
 街の灯 ビジネスの夜
 あなたが「欲望という名の電車」を呼び止める時
 更に高みを目指すのね
  
 恋愛の初心者たちに入り込む余地はなく
 繊細な人たちも
 細やかな感情の(恋の)冒険に捨て去った時
 終わりの場所は どこにもなく
 でも またどこかで始めるのね

 人にたずねるまでもなく
 彼は口説き上手
 やり手の男
 お仕事上手の
 策略家かも 

 海岸から海岸まで LAからシカゴまで 西の男が
 北から南を縦断して キー・ラーゴへ 愛の安売りをするの
 
 顔をつきあわせ
 いつもの 昔ながらのやりかたで
 互いに格好つけて身構え
 そして裏切り だましあう
 それでもまだ 追いかけっこを必要とするの

 恋のライセンス 
 抱くための保証
 あなたの思い出を すべて溶かして
 それを黄金に変える
 彼の瞳は 天使のようだけど
 でも彼の心は 冷え切っているの

人にたずねるまでもなく
 彼は口説き上手
 やり手の男
 お仕事上手の
 策略家かも 

 海岸から海岸まで LAからシカゴまで 西の男が
 北から南を縦断して キー・ラーゴへ 愛の安売りをするの
 

オンナたらしですよっ!奥さんっ!
もうっ!

いまそんな人いるのかな。
探せばいるんだろうな。
きっと。

会ったらぜひとも合掌させてもらおう。

それは冗談として。


この曲は映画好きには面白いかもしれません。
もうエッセンスたっぷりです。

歌詞のひとつひとつの言葉が、映画のタイトルになったりとちょっと複雑です。

歌詞なんてそんなものなの?知らないけどさ。

この男性に遊ばれた女性の歌詞になっておりますが。
ビデオもそんな感じです。

思うのは

この男


ちょー傷付きやすくて、純愛を求めてるようにみえる。

それを彼女は知っていて、彼の事をちょー心配してる。

なんでか。

「街の灯」とありますが
チャップリンの映画の「街の灯」と同じスペルです。

あの映画
超純愛
もう、びっくり。

「欲望と言う名の電車を呼び止める時」とありますが

この「欲望と言う名の電車」は人の中身が出ちゃったよ。。と言う映画だと思うので(そんな風に捉えております。もっと複雑なんだろうけど)

電車を止める時(出会い)に、純愛を目指しているんだな。と思うのです。


だからこの男性。

女性と出会う度にいつも
「ピュアラブ」です。

でも仕事はやり手みたいで、相当お金を持っているので
様々なもくろみの女性が集まってきます。

純愛を求めているくせに、恋愛の初心者や繊細な人とは関わらないので、裏切りだましあい、終わることなく追いかけっこみたいに、恋愛のかけひきをしてる。

あちこち飛び回り、言葉を巧みに使い、キラキラと自分を飾って、自分を安売り。
彼の心が冷え切るまで。


でも彼が心配している彼女ときちんと向き合ったとき。
いままでの思い出をすべて黄金に変えてもらえるのよね。

なんでそう思うか。

彼女は

彼が持っている数々の宝石や言葉の先に、彼自身が天使のようなキラキラした瞳を持っているのを知っているから。

心が冷えてしまっているんだから、彼本人は相当隠してると思うんだよね。

でも彼女はわかってる。

そりゃ、女性を口説くたびに傷付いてるのだから、神さまにお願いするわよ。

おとこって。
おとこって。

かなり隠したがるしね。

だからそうとう傷付きやすいピュアボーイ?な訳ですよ。

合掌。

ちーん。

と、いつものね。

またなおします。たぶん。

でも以前より増して、恥ずかしいけど大満足。

意味が分からなくてもよし。
妄想だから。
えへ。
突然ですが

私の名前は

「伸子」です。

・・・・・ちょっと言ってみたくなっただけです(笑)


みんなちゃんとした名前があって、両親がちゃんと考えてくれた名前があって、無意識につけた名前もちゃんと意味があるんじゃないかと最近思うのです。

ちなみに私は未熟児で産まれたので、無意識につけられたタイプ。
最近まで親をすごーくすごーく恨んでた。

もっといい名前ないのっ!って。

自分がドクドクと溢れて、ずいぶん自分をほじくった私。

一時期は思い込みの激しい私が、姿を変えておかしくなってしまうのかと実はかなり悩みました。


そんな時出会ったのが「般若心経」


思い込みが激しい私。霊感の強い私。業の深い私。
全てがバラバラなようで、実はちゃんと一緒なのもやっと実感しました。


あたしって、まじめなんだのー。


悩んで悩んで、神さままでにも思いを寄せるほど悩んでの般若心経。
人と空が星が繋がる、唯一わかりやすい言葉なんじゃないのかしら。


それを実感したのが「超訳 般若心経」


気になる人は「日経おとなのOFF 開運大全」をぜひ読んで下さい。

心に沁みやすいです。超訳般若心経。



人として


大きくも小さくも、強くも弱くもなく
今まで見えるものと、自分の心を勝手に繋げて
見えるもの全てを、自分のくだらない物差しではかって
それらがすべてが、自分が卑しい人間だったと言うことを知り

今までの卑しい自分を全部捨てて
見えるもの全てを、見えなくなるくらいしっかりとしっかりと見つめて

自分を一切捨てて

人が必要としていることを、がしがしやって
人のために、善のために自分を使えば

そうすれば
自由の空に飛ぶことができる


と言うことが書いてある。
もっともっとかっこよいが。

でもね。これ。

きちんとは出来ない。
だって、人だもの。


矛盾している事を言うけれど。。。


般若心経の言っていることはよくわかる。
この教えをしっかり持っていないと、いろんな事に囚われて自分が歪んできちゃう。

でもね。
神さまは私たちに、自分と同じかたちを与えてくれたんだよね。

ギリシャ神話の神さまたちは
もうやりたい放題なのよ。

戦争したり、殺したり、殺した後バラバラにしたり、浮気したり、子どもを食べたり。

こんな事書くと、罰が当たるかもしれないけれど

親って自分がしてきて、反省することは絶対やって欲しくないのよね。
神さまはそう言うことを、私たちに同じ事をして欲しく無いと思っていると思うのよね。

でも、本当の自分を隠してまで、よいかたちに囚われたくはないのよね。

私も娘に自分を殺してまで、いい子になって欲しくないし。


自分を捨てて、そうした事によって自分にとって何が一番大切なのかがわかり

大切なものを見つめて
でも、全てに執着せず

等身大のままで自分を人のために動けば

きっと

全て自由ではなくても

「人」らしく生きる事が出来ると思うの。


自分の意見をアピールするとかじゃなく
自分を、身近にいる人たちをみつめて
しっかりと前を向き
みんなが笑って日常を過ごす

それが

人として生きる、一番の近道なんだと思うの。


物語でも、街を歩いていても


前向きなメッセージはたくさん溢れていて

それは

きっと「人」が創りあげたのではなく
神さまからのメッセージなんだよ。

全て。

でもそんな事を見ないで
人を見ないで
自分も見えないまま

携帯やPCモニター越しに
自分の想像のフィルターをかけて
人を見ているから

様々な障害が起こるんじゃないかとも思うのよね。


だから様々な事に囚われて、自分が歪んできそうだったら


空を見上げて
風を感じ
耳に飛び込んでくる音を受け入れて
そこにただいるだけで

きっと等身大の自分をとりもどして

自分にとって一番大切なものは何かが、分かるんじゃないかと思うのよね。


よく「生かされてる」とみんなは言うけれど
ひねくれた私は

「誰に」

と思っていました。


でもそれは、人として生きる事を選んだ自分の魂が

誰かと、どこかで
人として生きる事を

約束したんじゃないかと思うの。


だからこそ
自分の名前があるのよね。


なんか訳分からないけれど。
今思っているままに、書いてみました。

まあ、そう言う私も
まだまだ、いろんな物差しのめがねをかけているので

本当に人として楽しく生きるには
まだまだなんだなー。

めがねを外すには、人とたくさんたくさん話さなきゃね。

旅は始まったばかり。
だからこれからも、楽しく明るく前向きに生きたいなぁ。
久々に書きます。

久々のタイトルがこれ。むむむ。


物語を書こうと思いましたが、書くまでには至りません。。。

私の妄想は人よりか、少しずれているようないないような。。。
まぁ。妄想なんて使い方によってかなり危険なのですよ。きっと。

私は昔から人と少し違った考え方だったのです。
いままで、みんなと合わせるのに必死でした。

みんなと違うと感じたのは。。。

中学のころ、国語の時間で予習をしていない私は、クラス全員対私で、表現の解釈の違いで熱く討論したことがあります。

教科書をよーくみると、最後に解説があり、みんなの意見が正しかったのですが

国語の先生は

「おもしろい」

と無責任に言ったけれど

私は違う意見に熱くなったことを後悔し

「もう意見なんていうもんか」

と心に誓ったことがあります。


それから、あまり想像を人に話さなくなったのですが。。。

想像力のたくましい私は、病気なのではないかと思う日もあるのです。
それでいて、自分が膨らんで膨らんで。
針で穴を開ける事もないのです。
だからさらに膨らむ。

ちーん。


そこで


私の想像力を

「まあ、たいしたことないじゃん」

に変えるため

ちょっと披露する事にしました。



最近、自分の事を認めた私は、いくつかの言葉が頭に残ります。

それは


「あま」と「あわび」


あまは良いとしても
あわびはちょっと。。。

なんでか。


女性は自分自身を見たことがないので、その自身は想像よね。

で、あわび。

旅番組なんかで、火に炙られてクネクネしてるあわびは、これからぜひともモザイクをかけて頂きたい。

本当に恥ずかしい。。

なので気になるので、検索かけてみた。

そしたら出てきた。
千葉県の昔話。

千葉の海は波が激しいから、激しい波を見て育つ人も、また激しいのよねと思わせる昔話。

かなり切ないお話。



「海女と大あわび」

昔千葉のある海には大きなあわびがいて、それに触れると大嵐が起きると言われ、
その浜の海女達は大あわびを恐れ誰一人近付こうとしなかった。
ある日のこと、その海女達は浜に火を炊いて濡れた身体を乾かしていた。
その中にひときわ美しい海女がいた。その海女には愛しあう男がいた。同じ浜に住む漁師の男であった。
男は一日中舟を操っては沖へ出て魚を捕りよく働いていた。その雄々しい姿は女達の憧れであった。
この海女もまた海に生きる男の姿に深く胸を打たれていた。
その10日程前の夜のこと、その夜はシケで、思いがけず男がこの海女の家に訪れた。
男はその日一日女の側ですごした。女にとっては夢のような一日だった。
やがて夜が明けると男は漁に出るために早くに家を出た。
女が「今度いつ会える?」と聞くと男は「またシケになったらな」と答えた。
女はその言葉が忘れられず、「シケになればまたあの人に会える…」とずっと考えていた。
あくる日、女は他の海女の目を盗んで海底深く潜っていった。そして大あわびに近寄ると、持っていた小さな貝殻を投げ付けた。
そして海から上がり、海の掟を破った恐ろしさに震えた。その時、そらがにわかにかき曇り、やがてシケになった。
それから間もなく男が女の家にやって来た。女は男の顔を見るなり、想いが関を切ってあふれた。
そしてその夜2人は何もかも忘れて愛しあった。そして空が白んできた時、男は漁に出るためまた早く出ていった。
男が帰った後、会わずにいた時よりさらに寂しさがつのった。
そして来る日も来る日も男には会えず、女はシケになればまた男に会えるということしか考えられなかった。
そしてふらふらと大あわびに近寄り、貝殻を投げ付けた。そしてまたシケが起こり、女はまた男に会えた。
しかしシケが過ぎると今までよりもっと会えなくなってしまった。
男はシケの分を取り戻そうと、昼も夜もなく海に出てしまった。女がシケを起こせばその分、男が海にいる時間が長くなった。
毎日シケが起きるので、他の海女達は誰かが大あわびを怒らせているのではと口々に騒いだが、女の耳には届かなかった。
ただ男を駆り立てる海が憎かった。
ある日、女はまた大あわびに近寄り貝殻を投げ付けようとしたが、女のビクにはひとつの貝殻も無かった。
すると女は貝を捕る小刀を取り出し、大あわびに小刀を突き立てた。
これでもかこれでもかと突き立てていると、突然大あわびが水を吹き出し
、女はその勢いで吹き飛ばされ、浜に打ち上げられてしまった。
すると海は荒れ始め、今までよりさらにすごいシケが起こった。
他の海女達はこれな何かのたたりだと恐れ、このシケでは沖の舟は全滅だと嘆いた。
それを聞いた女の顔色は変わり、急いで舟を沖へこぎ出した。
他の海女達が止める声も女の耳には届かず、女は男の名を叫び続けた。
そして男の舟が見え始めると女は手を伸ばし男の舟に近付こうとした。
男は浜へ戻れと叫んだが、女にはもう何を言っても聞こえない様子だった。
そしてもうすぐ男に手が届くという瞬間、巨大な水の竜巻きが起こり、女は天高く巻き上げられ、やがて海深く沈んでしまった。
女を助けようとした男も同じように海深く吸い込まれてしまった。
やがて雨雲も切れ海は元の静けさを取り戻した。
しかし、浜の人達がいくら探しても、2人の亡きがらは浮かんでくることはなかった。




と言うお話。


不謹慎だと思うけれど、これ不倫の話ではないかと想像してみた。

漁師は夫、海女は彼女、大あわびは奥さんだ。
シケは奥さんのヒステリーかしら。
海は家庭。

もっともっと想像すると、大あわびは他の海女たちなのかもしれない。
漁師は他の海女たちの夫と考えてみる。

貝殻を投げ続けた海女は、夫のいる仲間の海女に嫉妬していたのかもしれない。
美しいならなおさらだ。
「なんで私だけいないの」と。

だから仲間内でトラブルと言う名の貝殻を投げる。
最初は仲間の海女たち(大あわび)は軽いヒステリーだけれど、どんどんエスカレートしていくから、家庭(海)も落ち着かなくなる。

漁師たちは、家の居心地が悪いから海女の所へ通うようになるが、奥さんたち(大あわび)のヒステリーがどんどんエスカレートしていくので、ただ事ではないと思いあわてて家庭(海)に戻るようになる。

でも本当はその漁師の中に、海女は愛してしまった漁師がいたのかもと思うのよね。
本当に愛してしまった漁師がなかなか来ないから、他の漁師も受け入れた。
だから貝殻も投げた。

なんでか。
さみしいから。

海女はさみしくて、海を憎んでる。
自分から彼を取り上げる憎い海がますます憎くなる。

人を好きになったり、愛してしまうと元々のさみしさが増すんじゃないかと思うのよね。たぶん。
だからこそ憎いのよね。

そこで、さみしいを埋める事だけ求めてしまった海女は、誰も来なくなってさらにさみしさがつのってもう海は憎いし半狂乱。


とここで、それぞれの本当の気持ちが出て
(人は窮地に立つと本当の姿が出るから)

漁師→夫
海女→彼女
大あわび→妻

に切り替えてみる。


そこから
愛してしまった漁師の奥さんを直接傷つけてしまう。もしかしたら刺したのかも。

そうしたらもう大変。
世間が許さないですよ。

今まで大あわびに貝殻も投げていたわけですから。

みんなの本当の気持ちが、大嵐になります。

でも海女はそんなことより、愛している漁師しか見えてないので、どんな言葉も聞こえません。

でもね。

大嵐が来て漁師の本当の気持ちが、わかったんじゃないのかな。

浜へ戻れと言った海女の愛する漁師は、実はその漁師も海女のことを愛していたんじゃないかとも思うのよね。


だからこそ、シケが多くなってから、あまり海女の所へは行かなかった。

海女を大あわびへの執着から離したかった、海も守りたかったしね。
一番は彼女を守りたかったと思うの。


それに漁師と海女が深く深く繋がっていた事を、きっと大あわびも知っていたとも思うのよね。
ずっと貝殻投げられていたんだもの。
オンナの第六感ですわよ。

巨大な竜巻によってその後、二人とも見つからないと言うことは、どこか小さな島に二人で幸せに暮らしているかもしれない。

時間がたって静けさを取り戻した海に、もう貝殻を投げつけられることもないので、穏やかに暮らせる大あわびもいるのよね。。


結局はこの話。

ハッピーエンドじゃん。

と思うのよね。


といつもの変な妄想。
お披露目なり。

お披露目したことで
私自身、後悔し恥ずかしくならないことを、ただ祈るばかり。