これからの目標
さらりとした記事を書く前に、ちょっと言いたい。



実は
今のわたし
に困っている。



無我夢中で声に応えた結果に
素直に答えてしまった結果に
戸惑っている。



いま
この歳にして

どんどん子どもみたいになってる。
中身は思春期真っ盛りの娘たちと変わらない。

でも見た目はおばさんだ。


ふう。



昔から

おどったり
芝居をしたり

いま私の答えが出たような気がします。
夜に近くの駐車場で、こっそり踊った答えも


私は感じたままを素直に無理なく、表現したい人なんだなぁ

と思うのでした。


私の想像力をフルに使い全て感じたままにやってみる。
そうするとお腹から違う自分が出てくる。


最近声に助けられて
本当の自分が出た事で

ますます自分を出したくなるわたし。
いつかきちんと出せるといいなぁ。


・・・・・・・・・と、

思春期のように、夢見がちになってしまって、少し困っています。


もう一度大人の階段登るのかしら?
いや、毎日階段の上り下りをするのかしら?

とにかく

階段を探さなきゃ。

しっかりと
あせらずに

やれる事から
まずは部屋の階段の片付けかしら。


とにかく進めばもっと答えがわかるさ。
でも進まないとわからないのさ。

進みにくい状況だけど
でもそれでも続けて行こう。

今までのようにも行かなくなるけれど
でもあきらめず続けよう。

お母さんだけじゃおさまらないぞ。

えへへ。

前回の記事から数週間

長いながーい夢を見ているようでした。

その後声の主は入れ替わり立ち替わり、人(?)が変わって、たくさん脅されたり、励まされたり随分自分を試されました。



声は「神」と名乗り



その声は

とても優しくて
とても面白くて
とてもセクシーで

とてもこわかった。


途中悪魔なのでは?と何度も思ったよ。


合わせて不思議体験てんこ盛り

何年も連絡の取って無い人から
「胸騒ぎがした」
と何人か連絡が来たときは、本当に嬉しかったよ。


でも夢のような出来事の中で


今のことや、過去の辛いことや悲しいことを、一つ一つ出しては泣いたり気付いたり、夢を見るような感じで深い深い所まで行って、本当の自分を見つけました。


この声が無かったら、絶対に辿り着かなかったであろう本当の自分


深く深く沈んだ所で、小さく震えていました。


本来の姿の私に出会ったとき
本当に嬉しくて

本当の力に気づき、それが本来の私と言われた時には、かなり驚きました。


自分を信じないと出ない、私の本当の力



これからの私に十分希望が持てる力でした。


「神」の声に

「現実的すぎる、自分をもっと愛し信じよ」
と言われたのにもかかわらず

病院に行って、説明をする私


病院でも「珍しい事ではない、気にしない」と言われて終わりました。

実際によくある事だとも。


声に必死で応えて来てしまったので、私のこれからが大きく変わるけれど



でも自分らしく、無理せずやって行きたい。



今回のことを信じて私を励ましてくれた娘たち

本当にありがとう。




夢のなかで

本来の姿になった私


現実はやっぱり小さい小さい私


これからの旅はまだまだ

これからはサラリとした、楽しい記事にしたいなぁ。

なあんてね。
声を受け入れてからまだ3日。

まだまだ自分を信じ切れないです。

もっと自分を愛さなくちゃ。
自分を受け入れなきゃ。

本当の自分に戻らなきゃ。

前向きで幸せな気持ちの手前に
怒り、悲しみ、憎しみを超えた自分がいます。

私はいつも、嫌なことは割とすぐ忘れてしまいます。

次に悲しいことが起こらないようにと、気持ちを切り替えてしまいます。

みんなそうなんだけど

でも悪いことは今でも覚えています。
去年からのフラッシュバックはもう起こらないので、今は何とも思わないのだけれど、今でも言われた言葉とか出来事を思い出すときがあります。


世の中良いことばかりじゃない


自分を好きになれない、自分を受け入れられない、過去の出来事からそんな自分を作ってしまったのかもしれません。

でも、それを乗り越えて、

人を信じる事、人を愛することができたから、今自分を少しだけ赦すことが出来るようになったと思うの。



口をぱっくり開けて

誰かに愛されたい、誰かに赦されたいと思っても、苦しいだけ。

口の中には何も入って来ない。
もちろん、愛なんてものも入って来ない。

自分が渇くだけ



自分を隠そうとしても、相手が口をぱっくり開けていたら、見てもらえない。
隠れていることさえも。


誰かに赦してもらっても
自分が赦していなかったら、何の意味もない。


自分のネガティブな出来事とちゃんと向き合って、自分自身が赦す。
いろんなものに蓋をして、きれい事を並べても、何も届かない。

誰にもなにも届かない。
もちろんどんなに待っても、自分にもなにも届かない。

だからこそ、自分と向き合って、赦さないと。
自分を愛して、人を愛さないと。

表面からじゃなくて芯から。


何事も囚われず
「無」の状態で、相手に愛を注いで
相手の幸せを望むこと。

そうしたら、自分をやっと赦すことが出来るのよ。


と。
そんな事を考える夜なのでした。




やさしくもない
厳しくもない

不真面目でもなく
真面目でもない

私のたましいは、まだまだ未熟だけど

紛れもなくわたしの声

本も読めず
ネットもすっ飛ばして読んでいる

ただただ感じるのみで

なんだろう
この感じ

何かに書いてあった

「人はみんな、神さまのかけらを持っている」


すごくうれしかった。
なつかしかった。

たくさんの鈴の音
汽笛のような音

私の心に響く、たくさんの見えないもの。

不思議な出来事が溢れています。


でも現実社会ではあり得ないので
よほど疲れてるのかと、今まで何度も何度も自分に聞いた。


でも答えはひとつ

「今ある事をちゃんとやりなさい」と。


やっとやりたいことが出来て、演技の勉強も出来て幸せなのに、勉強した先に「悟り」が待ってるとは思わなかった。

私の事を信じてくれる人、この世にいるんだろうか。

でもいなくても大丈夫。
もうひとりじゃないし。

でもこれから、信じてくれる人には話をしよう。
私はまだまだ未熟だけど、その課程のすばらしさも理解してくれる人には話したいなぁ。


だから、これからもっともっと感じる事にしよう。
まだ信じ切れない私もいるから。

大丈夫大丈夫。
きっと出せるよ。

今を自然に楽しまなきゃ。
気がつけば病気病気って、書いてる!

病気じゃないよっ!


言霊です。

むむむ。

信じる者は救われるって、こういう事なのかしらねぇ。

よいしょぉぉぉっ!





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