人の前世の記憶がペラペラと出てくる私
でもって、最近宗教っぽい私

出てくるのは悪い記憶しか無くて、その人それぞれの本当の心の傷から今生きる上での役割がメッセージとして出てくる。


どんな人もみな、ドラマがあって
どんな人もみな、今生きる上でのドラマを抱えていると思う。


前世の記憶からの心の傷


なんだろか
これ
私は正直戸惑っている。

あと宗教なんて絶対に嫌だ。
難しすぎる。



先日友人から連絡があり

「友達を励まして欲しい」と言われ、前世の記憶から、よいしょっ!と励ました。



友人を含め、その時初めて会った人も何故か

「当たってる」

と言い始め、友人は本当に悩んでいることをカミングアウトし始めた。


最近、それぞれが今生きる上での役割を考え始め、使命や役割についてどうしたら良いか考えている人が多いなぁと思う。


私は


きっと答えはそれぞれ自分の中にあると思っていて、社会とやりたいことと折り合いをつけながら人と繋がり関わり、前向きに生きる。

それは

今生きていることが、一人では無いと言うことを知ること
目の前にいる人に愛を持って関わること

神さまはきっと
みんなの周りに溢れていて、たくさんメッセージを送ってくれる。

悲しい時、悔しい時、苦しい時の呪文を解く言葉は

「ありがとう」

なんだと思った。


毎日毎日ありがとう。

全てを克服すればきっと神さまかから
祝福される毎日が続く。


期待をしない。
希望を持って生きる。


祝福あれ!
祝福あれ!

自分を信じてくれる人にたくさんのありがとうを伝えながら

また

祝福あれ!
一つ一つきちんとこなしたわたし

出し切った私

人格は一つ一つ無くなって

前世の記憶と役割とペラペラとしゃべる霊とかだけが残った。



結局私が分かれただけだったのかしら。
霊だったのかしら。

いっぱいいた頃はつらかったなぁ。

約束を果たすために
私は進む


怪現象は脳の病気なのかいつも考えていたけれど
実はこうなってすぐに、きちんと検査をした事があったことを思いだし


それも怪現象だなんて思うわたし


私の業の強さ
かたいかたい約束


おそるべし

ピンチに突き落とされる日々はおわり

これからは

チャンスに飛び込むことから


もう約束でのブログの役割はおしまい
ともガチから言われた。

私は「マーライオン」らしい。



趣味のために始めた演劇は、とにかく自分の内側からきちんと出したくて即興からはじめた。

人に会う仕事
子どもと関わる日々

そんな出来事の方が遥かに貴重なことは分かっていた。
そんな中、自分のバランスを取るために趣味で始めた芝居




自分をかぶせたままの芝居や踊りはたくさんだと、心の底からいつも感じていた。

最近のドラマは面白く無い。
芝居なんて観る価値も無いものがほとんどだ。


友人に最近芝居を習っていると、言ったときに言われた言葉

「私をみて!」な人なの?

と言われた。

なんでもそうだけど、内側からきちんと出している人はどんな人でも魅力的だと思う
それが表現の魅力だと思った


私は芝居をこう思っている事が多い

「仲間で楽しんでいるだけ、ちっとも楽しくない」
そんな風にずっとずっと感じていた。


どこに行っても、勘違いの出し方が多い。
そんな風にも感じていた。
私が勘違いなのかともいつも感じていた。


だからこそ
人と関わる毎日を過ごしている私が、私や人の魅力を芝居でどうにか出したかった。


そうしたら


気がつけば

病気で

気がつけば

霊と会話する毎日が続いている


社会のきちんとした枠に収まりたかったわたし
気がつけば枠からはみ出していた私


私の事を見えていることで収めようととすればするほど、自分を否定しおかしくなる。
人と繋がらないと、わたしがおかしくなる。
見えないものを感じるだけで自分が広がる。


いい人だけでは収まらない
本当の私


これから人と関わりながら、社会と関わりながら
自分の枠にあった器を見つけて行く作業

今日から始まる。


心の膿は出し切った。
マーライオンもここでは最後

よく分かっていない私が、芝居を語るなんてちゃんちゃらおかしいのだ。
でも人はたくさん見ている。


そして芝居をしばらくやめる


ちいさいわたし
大きな自分

そんなバランスをとりながら、人と関わって笑って生きよう。


信じてくれる人の幸せを願って

狂うかと思った夏。
自然を感じて、幸せないま。


いつも崖から突き落とされているような感じ。


神霊たちに遊ばれる毎日。
病気なわたし。


夏から起こった出来事を書きたいけど
本を読まない私は、書き方が全く分からず

だれか取材してくれないかな。
貴重な体験なのに。


怪現象が起きてすぐに言われたこと

「巫病」

この歳でこの病気にかかるなんて思わなかった。


この病気にかかった人は
絶対死ぬか狂うかになる人が多いと思う。


この歳でかかったもんだから
かなりつらかったよ。


やっと受け入れたいま
役割と使命に奮闘中。
だって悪い病気と間違えられてしまうから。

子どもを愛しつつ、使命を果たす
女性でもあり続けたい

欲しがれば欲しがるほど、遠のく感じ

自分を受け入れれば、スッキリして
それから何故かきちんとしたくなる私。


この歳でこの病気になった意味が、いまなんとなく分かる。


まずは私を信じてくれる人の所に行く。
それが病気を治す第一歩。

早く治して
オンナになりたい。


がおーっ。
今日は出張ワタリーショップの最終日前の発表会

「プレ発表会」ってやつかしら


無理することなく
大きすぎず小さすぎず
楽しんで出来た

発表会に来てくれた人が
「幸せな時間だった」

と言ってくれたことが、嬉しかった


発表会の前に
自分の内側の声をみんなに出せて、みんなに分かってもらえたのも嬉しい


私にとってインプロは

勝ちたいとか
正解とか

そう言う事じゃなくて


自分を強く持って
相手を感じて
自分や相手にとって一番良いかたちを整えて行く

笑顔でいられること
くだらないこと
とことんへたくそなこと

そんなプレーヤーになりたいなぁ


今日の発表会で感じたのは

今の私の状況は、どんなに大きく考えても小さく考えても
これからの答えや道はもう用意されているじゃないかと思った


私が本当に行きたい方向へ行けばいい
だから相手を感じて、私を信じてくれるところに行く
無理はしない、本当のかたち

行けばわかるさー(笑)

大きすぎず小さすぎず
本当の本当の私のかたち

まずは16日の甘えん坊の神さまから
何が出てくるのかしら


今日はみんなありがとう
これからどんどんどんどん、良い方向にみんなが進んで行くよ。

みんなの幸せを願って