会社の上司に、「演劇と病気」について熱く語っていたら



「のめり込んでますね。もともと仕事をしているのを見ててそういう気質だと思っていたけれど」


と言われた。



そう言えばいろんな人から、演劇についてはまっているとかのめり込んでいるとか言われてたけど、自分では全くそんなつもりは無い。


周りにはいろんなワークショップに通っている人がたくさんいて、時間もお金も無いから休みの日にちょろちょろ見学だけの私なんて全然だ。



私の仕事は人の話を聞く仕事なのだけど、上司に言わせると「人の話を聞き過ぎ」なんだそうだ。



簡単に言えばのめり込んで聞いているらしい。
「同調してしまう」とか。



考えてみたら、会社の上司も、同僚も、精神科の先生も同じ事言ってた。



でもって私は全く自覚がない。
でも調整してゆかねば。
なんでもやり過ぎはよくないわ。




ふーっ。



3年前の私だったら、こんな事上司に言われたら、死んでしまおうかと思うくらい嫌だったんだろうけれど、今は何とも思わない。


むしろ社会復帰して数ヶ月、色んな事を割り切れるようになって、演劇と病気について上司に熱く語った自分に満足だ。



即興演劇を始めて、どうしても嫌な自分と向き合わなきゃならなくなった時に、自分の魅力について、いろいろ考えた時期もあったなぁ。



「バカ」「しつこい」「くどい」「濃い」「エロい」これらの言葉を自分に向けられたら、昔は数日は悩んだわね。



スマートな人でありたいと思うわよ。
誰だってさ。


でも違うのよねぇ。
どういう訳か。



たくさんの嫌な自分を受け入れた時


気がつけば


今まで自分にとって大嫌いな所が、自分にとって最大の魅力である事に気づくのよね。



上司は何度も「のめり込むのは、良いことなんだけどね」と私に気遣うように言っていたわ。



気遣って頂かなくても知ってるわよ。



自分の弱点は最大の魅力なのだから。
趣味の演劇を毎週見学


ワークショップなのに見るだけ


医者から止められているのだから仕方ない



ただただ、月に数回ちょっと楽しんでやりたいだけなのに




でも見学



でもって、みんなが「マスクインプロやりたーい」って気軽に話してる中「それやると霊に取り憑かれちゃうよ」と思う私




インプロを見学した帰りは、たくさんの言葉が私から溢れて幻聴となって現れます。




インプロは脳の使い方が今までと全然違って、きっとやったとしたら、右脳が肥大しそうな感じ。←んな事あるわけ無いけど。



頭がぎゅーんとなるさ。
みんなよく平気でいられるなぁ。



それに思いもよらない言葉や動きが、つらつらつらつら出て来ちゃうんだよ!


あっ、それを楽しむのがインプロか。



自分の思っていることや、考えていること。
自分の内側の思いもよらない言葉。
そんなことを自由に出せる自由。



いつかきっと、出して楽しむ時間が出来ると思いましょう。



自分じゃない自分を遠くから見ている自分
楽しんでるみんなを見ている自分
いろんな側面のある自分


どれをとっても私なのよね。


複雑なものが重なり合って、いくつもの私を創る。
私にとって演劇する事って、楽しむ以外ではそこなのかな。



たくさんの自分を出したい。


ここからはゆっくりと。
病気と闘う私
スピリチュアルな私


医者には内緒だが、声は消えていない。



心の中で

「じゃーんけーん、グー」と思うと

「グー」の思いと同時にどこからか

「チョキ」

と聞こえるようになった。
そう、ひとりじゃんけんが出来るようになった。



病気なの?
ストレスのせいなの?



ストレスと言えば、お金が無くって悩んでいるわ。
肉米野菜の安い店を探して、毎日あれやこれや考えてるわよ。
この間なんて八百屋でサラダ菜を欲しいなと思ってじっと見ていたら、あまりにも長いことじっと見るもんだから、八百屋のおじさんに一個10円で売ってもらったわよ。


でもって、八百屋のことは最近の私にとって最大の自慢話よ。


お金ないわぁ。
シングルマザーって楽しい事もあるけど、結構厳しいわぁ。


それでじゃんけんなのかしら。。。



いや、これはスピリチュアルなことなのよ。
きっと楽しい霊が私にまとわりついていて、私とじゃんけんしたがっているのかしら。

お盆も近いし、墓参りに行けってことなのかしら。



どこまでが良くて、どこまでが良くないのかわからないけれど。
どっちにしても、異常な事なのよね。



これから


そのうち私に妖精が飛んでくるのかしら。
子どもに戻っていくのかしら。
ばかになっちゃうのかしら。


もうどっちでもいいわ。
今が幸せなら。


悲しい思いを捨てて。
楽しい私に変わっていく。


どんな事があっても。
ハーレルヤ

とうとう

ハーレルヤ

7月23日で

ハレルヤハレルヤ

誕生日を迎えた

ハーレールーヤー!


祝う歳でもないけど。
でも何かを乗り越えて、次に進んだ感じがある。


怒涛の歳だったわ。
病気やら離婚やら。

悩んで悩んで悩み抜いた一年だったわよ。
色んな事の傷跡が瘡蓋になって残っているわ。

瘡蓋を剥がさないようにしないとだわ。


ふーっ




でも


去年の今頃に比べると、ずっとずっと楽になってる。

ご飯は美味しいし、質の良い睡眠も取れてるし。


何より「今が幸せ」って感じる時間が多い。


病気をした事でたくさんの大事な事を知ったわ。


たくさんの人がいて、それぞれ色んな思いがあるのよね。

そしてみんな割と自分の事しか見えてないから、人の事なんてあんまり見ていない。

でもそんなに嘆くほど、人は見てないわけじゃないのよね。


出会いも大切。


でも自分を多すぎず少なすぎず、きちんと満たす事はもっともっと大切。


そんな事に気付いた、誕生日なのでした。



歳ねぇ。


iPhoneからの投稿
私には二人の娘がいます。

高校生と中学生の。

もうすっかり大きくなっているのだけれど、でもまだまだ子育ては続きます。


子ども産んだら、きっと一生続くわね。
この感じ。


子育てってすぐ結果がでないから、子どもが幼稚園に入る前なんかは、怪獣みたいな娘たちを相手に「これが一生続くのね」と嘆いた時期もあったわ。


子どもを産んで、まず一番結果が出やすいのは、おむつを外すことと、断乳すること。

その子によってすぐ出来たり出来なかったりするけど、一番結果が出やすい。



そこから先はもう手探りで、いつ結果が出るかわからない。
とにかくひたすら言い続ける。
私はとにかく「目」を見て言った。


私が「キッ」と睨むと、娘たちは「キリッ」とした時期もあったわよ。



私が感じるのは、おむつが取れたとき、断乳出来たとき、しつけが出来たとき、子どもたちが何か出来たときは、私からのメッセージが子どもたちに届いて実を結んで、そこから小さな鈴の音が鳴るんじゃないかなと思うのよね。


メッセージは自分から発しているリボンみたいなもので、それを子どもたちが取って結んで、その結んだところから、鈴の音が鳴るんじゃないかと思うの。



これを大人がリボンをちゃんと出さないと結べないし、リボンが悪かったら、良い鈴の音が出ない。


子どもたちは大人たちから出てるリボンをしっかり取って結んでいく作業を、大人になるまで続けるんじゃないかと思うのよね。



子どももバカじゃないから、どのリボンが自分にとって良いリボンなのか、ちゃんとわかっている。大人はごまかせないよ。



親は子どもに豊かな人に育って欲しいから、その鈴の音が大きくていい音になって欲しいと思っていると思うの。



だから、たくさんの出会いがあって欲しいわ。
あんたたちを信用しているわ。
良いリボン、掴んでらっしゃい。



最近になって、私が言い続けて来たことを娘たちが言うのを見て、なんだかそう思ってしまったよ。



しゃららん
しゃららん



娘たちが笑う度に鈴の音が聞こえます。
きっとたくさんの人からリボンをもらって、たくさんの鈴の音が鳴っているのね。



しゃららん
しゃららん