私に去年、神が降りてきた。


「もう一度人生やり直しの神」


もうこれは散々考えたし、ここでも相当書いたわ。


これ以上書いたらしつこいわ。



もう一回もう一回。


人生を楽しむチャンスを神さまから頂きました。


ウフフ


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今度誰かに出会ったら降りてくるかも


「今度誰かに会ったら、きゅうきゅうに抱いてあげるの神」


なんじゃこれ。


私はどちらかというと、抱いてもらいたい。


とにかく私は、誰かに抱かれたいわ。



でも降りてきたから、よーくよーく考えてみる。



「抱く」「抱いてあげる」と言う感情は、今まで娘たちにしか無かったわね。


私はいろんな事を器用に出来ない、ぶきっちょかあさんなので、とにかく娘たちは抱っこして育てた。


娘たちが小さい時は、娘たちの父親が仕事でほとんど家にいないのと、転勤族で周りに協力してくれる家族もいなかったから、子育てに関してよく知らない私は、なにかあればすぐ子供を抱いていたような気がする。

その逆もあるわね、心細い時はよく娘に「おかーさんのこと、抱っこして」と言ったわ。

あの私の顔まわりに、くるっとまわす小さい腕の感触は今でも忘れないわね。

小さい頃の娘たち。。。


きゅーん


今娘たちに、そんなことを言おうものなら


「気持ち悪いから、やめてぇぇぇ!」


って逃げるけどさ。

気持ち悪いって。。




くすん



成長するって、残酷になることなのかしら。



誰かを抱くなんて事、考えてもいなかったなぁ。



これから誰かを抱くかー
しかもきゅうきゅうに。



もし抱きたいと思った人に出会ったら、きっと心がきゅーんとなる、ステキな人なんだろうな。


よし!そうしたら


きゅうきゅうに抱いてやろう。



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私に神が降りてきた。

「がんばって!と励ます神」

昨日は自分を励ましたわよ。
いま自分を自分でしか励ませないわ。

この歳だもの、もう誰も励ましてくれないわよ。

ちっ。


心の奥の奥にある本当の気持ちにきちんと触れて、そこで自分を「がんばって!」と励ます。


自分の本当の気持ちに気付くことに、たどり着くまで、時間がかかったし、周りに理解してもらうまでも相当かかった。


ここまでくるのに、結構大変だったわ。


今では娘と病気とシャーマニズムについて、話し合えるようになった。

それ以外でもたくさんたくさん話してる。


ずっと疎遠だった、両親にも理解してもらえた。
年老いた両親に、ここまで理解してもらえれば万々歳だ。

去年に父方の先祖の寺で、親戚みんなの前で、人格(霊とも言うけど)を出してひとりひとりにメッセージを伝えた時も、不思議な出来事だった。ひとりひとりの、私の知らない事がいっぱいいっぱい出てきた。

そこから理解してもらうまでに、子供の頃からまともに話した事の無い父と、たくさんたくさん話をした。


ちなみに父は私の事を、先祖の祟りだと思っていて、父方の三代か四代前の先祖が、御神木を切ったようで「こういうことは、七代まで祟られるんだ」と言っていた。

「んな訳ねえだろ」
と心の中で突っ込んだり。


「お前は病気だ」と言ったおじさんも、メッセージの後に「不思議な感じだったけれど、あれはおばあちゃんだよ」とか言い出してるし。

「おじさん、アタシおばあちゃんか知らないけど、出ちゃっただけなのよ」
と心の中で思ったり。


なんだかそんな自分の家族が笑えて楽しい。



仕事では本当にみんなに優しくされて、申し訳ないくらい。

毎日毎日、顔を合わすメンバーに感謝ですわよ。

他愛ないやりとり、ふざけた会話、いつも思い出し笑いするくらい楽しいわ。



演劇では、即興のワークショップは受けられないけれど、その後のワークショップよりも長い呑みの時間で自分を発揮。
笑いが耐えない。
大好きな時間。


好きな事に囲まれている私。


たくさんの人に支えられて、ようやくここまでやって来れた。


これから色んな事にポジティブに進めると思う。

ううん。
進むわよ。


そう

きっと大丈夫なんだよ!
これから絶対ステキな方向に向かうよ!


だからこの先の目標に向かって



がんばって!



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おお!
いい神が降りたわ。


「もっと自分を励まそうの神」



人の話を聞くのが仕事の私。
「がんばって!」と励ますのも仕事の私。

「がんばって!」も無責任には言えないのよね。

どうがんばるのか、がんばれるのか、よーく聞いて考えて


「がんばって!」と人を励ます。


だから、自分に対しても同じ、自分に対して無責任なら、誰に対しても無責任だ。



どうしたら


よいしょぉぉぉっ!



と行けるのか、自分の心に聞いてそして考えてみる。


そうしたら



何もする必要は無くて、やりたいと思った所にしか進めない自分に気付く。



行きたい所に一生懸命に進めばいい。
そこで真摯に取り組めばいい。


そこでがんばればいいのだ。


愛する娘たちのところへ
仕事も嫌いじゃない
いつか恋愛出来るといいわぁ
演劇はいつか即興して遊べればいい
声と種はちゃんとコントロール出来て、いつか楽しんで遊べればいいのだ。

何事も時折、無責任に遊んじゃえばいいのよ。

進みたい道の答えはたくさんあるじゃないのー。



ノブさんがんばれー!



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ちょっと待って。


もう2個前位の記事で、さよならしたわよ。


でも何で?


「悲しい自分よさようならの神」


自分のしつこさとネクラがバレるわね。


でも、とうとうここまで来たって感じ。



病気になって、汚いものを捨てるかのように、慌てて離婚届を出した元夫の正体は、実は当時の不倫相手と一緒になりたかったと言う事実も、演劇を始めてから始まった、過去のつらい出来事の何度も何度もあるフラッシュバックも全部乗り越えた。


まだ今好き放題やって、どうしても守りたかった娘達を泣かせた元夫を許せずにいるけど、よく考えればこんな病気にかかった私も彼と同罪なのかもしれない。


父親と新しい母親みたいな人と嫌だ嫌だと言いながら暮らす、もう一人の娘が気掛かりで仕方がない。


でも



週末娘二人との食事は美味しいし、娘とおしゃべり出来る毎日は楽しい。

仕事はみんなに支えられて、ゆっくりと順調に進んでいると思う。
もしこれでいつか今の仕事が無くなったとしても、前向きに進めるような気がする。

医者から恋愛する事の許可をもらったし、台本だったら演劇できる。



いつかもう一人の娘を引き取るって言う目標も出来た。
将来は3人で暮らしたい。




がんばっていかねば。



がむしゃらに進む事ばかりじゃ無くて、何かになりたいという事でも無くて、今の自分がどう進もうか、きちんと考えられる自分もいる。


風のふくままにしか進めないけど、行きたい方向に行くには、行きたい方向をじっと見つめて、風の向きによっては時に立ち止まる勇気も、辛抱強さも必要だと思う。またその逆もあるわね。飛び込む勇気も必要だわ。


悲しくなんていられない。
母親でもあり、女でもありたいから。



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