photo:01



月の女神アルミテス

月は色々と女性の様々な事に例えられることもあるわね。

満ち欠けがあることで、女性の気持ちを表すこともあるし、月は母を示すとも言われているわ。



平坦で平凡な毎日を過ごすには、とても努力が必要ね。

穏やかでいつも温和になるには、とても努力が必要だわ。



いろんな感情が渦を巻いて



「我慢」



する。




思いのままの感情に任せたら、どんなに楽か
でも、思いのままの感情になった先を考えると



じっと
ぐっと



「我慢」



しかないのよね。




でも

自分を殺すより、全然楽なのよ。




自分らしく生きるための我慢



今は母のペルソナをきちんと作るために、優しかったり強かったり試行錯誤だわ。



先々の不安は置いといて



「娘は母の背を見て育つわよ」と母に言われたのを思い出し



必死で「今を生きる」私。



優しいだけじゃダメなのよ。
強いばかりでもダメ。




月に満ち欠けがあるように、人生にも自分の感情も変動はあるの。


それに耐えられる強さと優しさが必要だわ。



娘と生活する日々
楽しくて暖かい日々


でも
娘よ。



甘えるなよ。
自分で食べた皿は、自分で洗うんだ。



そんなことで、きいっっっっ!
と、ヒステリックになった、月明かりがきれいな夜なのでした。
手元に戻ったふたつの宝


宝が戻った生活は、私が一年前家を出て行く前の暮らしとあまり変わらない


今はお金の心配なんてものもあるけれど


娘たちふたりは、今までより不自由な生活の中で、楽しむ術を持っていたわ



部屋が寒いので、色違いで買ったお揃いの部屋着とブーツ型のスリッパを三人で愛用し、一枚30円のフェイスパックをみんなでする夜


よくよく考えると、いろいろあってから、私たちは今までより更に寄り添うようになったような気もするわ



お金をかければ刺激があって、不自由なく毎日楽しい暮らしが出来ると思うけれど、節約しながら日々の事を話し合う、穏やかな毎日の方が私は好きなんだなぁと、しみじみ思ったわ。



一番大切な人と毎日安心して暮らせる日々



娘たちの将来や自分のこれからの幸せのかたちを考えると



また


新たなスタートがいつかやって来るんだろうけれど



いまはただ



暖かい部屋で暖かい食事をし、暖かいお茶を飲んで、暖かい布団で寝る




いろんな事がたくさんあった私にとって、今必要なのは



「暖かい毎日」


なんだと思うの



いつか誰か私の中にいる霊的なメッセージを伝える相手がきたら、きちんと伝えられるように



いまは、ゆっくりゆっくり時間を使っていく



暖かくて穏やかな毎日はゆっくりの神さまが降りた日々より、更にゆっくりだわ



でもそれを楽しんで
前に進んで行くわ。
photo:01


ともガチからもらったハーブティー


今日は「SILENT NIGHT」を頂いたわ


あれやこれや考えずに、ゆっくりお茶を飲む時間


とっても大事


いろいろ考えずにゆっくり飲んで、ゆっくり寝よう


「静かな夜」


心がザワザワとすることは無くなり、落ち着いて静かな夜を過ごせるようになって来たわ


お金では変えられないもの
穏やかで優しくて柔らかい感情


全ては自分の中に


ペコちゃん
静かな夜をありがとう




iPhoneからの投稿
photo:01



この絵のタイトルよ。
私が持っている本の説明には「この絵にはある、暗喩が含まれている。それはなにかしら人生の定めに対する諦念と讃嘆の入り混じった、微妙なある感情のように思われる。「処女」とは仮の名、かりそめの状態であるが、常に存在している状態でもある」と書いてあったわ。



わかるわ。
本当にわかるわ。



人生の折り返し地点、子どもを二人産んでも、このおとめの感覚はまだ残っているのよね。



そうよ
常に存在しているわ。



今までどんな恋愛をしたとしても、結局ベースにはこの処女(おとめ)が自分の中にしっかり残ってる。


ただ本当の処女ではないので、いろいろ学習するわ。



今は讃嘆と諦念を行ったり来たり。


恋に向けて
恋をしたら

讃嘆と諦念を行ったり来たり。


でもおとめは変わらないまま、私の中に残っているわ。



今は恋愛なんて考えられないけれど、いつか出会いがあったら、自分の中のおとめも出せるような人が良いわね。






iPhoneからの投稿
photo:01




「出る杭は打たれる」

そんな諺があるわね。


思い返せば


学生時代、OL時代、専業主婦時代は相当打たれたわ。


何らかの才能は全くないのに。
才能と違った意味で打たれていたわね。




学生時代は打たれた時、鼻をほじって聞き流す強さを持っていたけれど。


大人になるにつれて「みんなと一緒じゃなきゃ」とか「世間ではこうあるべき」とかに囚われて、学習して学習して、今があるわね。


思えば


普通のいい人の仮面を被っても、所詮その奥には本当の自分がいるから、すぐ化けの皮が剥がれてしまうわ。


目の前にいる人と、どうしたらいい関係を作れるかよく考えて、もしそれがダメならさらりと手放す勇気が必要だわ。


打たれやすい杭はそういうことを学習したわよ。


気持ちよく付き合える相手を選んで行くわ。


みんなにいい顔ばかりしないわ。
だから、厳しいことも、厳しい指摘もたくさんもらうわ。



でも、ぜひとも

即興を復活したら、打たれやすい杭になりたいわね。


良くも悪くも、打たれないのはさみしいわ。


だから今はじっと、見て過ごすわ。
「声」も「種」もじっと見ているわ。



そう思う今日この頃。



ありのままの自分、また見つけたわ。



iPhoneからの投稿