『ハンプティダンプティ』
非常に危なっかしい状態もこの言葉を言うようです。

私は煙草を吸うので、喫煙所で時折『男の見栄や本音』に出くわす事があります。

ある日携帯で仕事の同僚に写真を見せて、相手に「かわいいじゃん」と言わせたあと「この子カラダ目当て」と堂々と人がいる前で自慢気に話していたりする場をしばしば発見します。

私がおばさんだからでしょうか。
世のオトコたちは私の前で無防備です。


そういう会話を聞くと一応女性の私はやっぱり不愉快です。


昨日近所の人に勧められるがままに、家そばの居酒屋へ行きました。

後ろで大きな声で話している男性の会話に耳を疑います。


「口説いてセックスして、いかにポイするかなんだよ」と。

女性が行為の後、その男性に電話をしてもそっけなくして『捨てる』ようです。


何度も何度も「オレがひとりものだったらさ」と言っていたので既婚者のようです。


私は不愉快を越え、怒りに震えて振り向いてその男性を見ました。


ポイされた女性は見た目に騙されるようです。


こんな感じの方でした。

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40過ぎのハンプティダンプティに騙された女性たちを思うと悔しくて悔しくてたまりません。


時々女性の中で、口説かれていることが『モテる』と思う方がいらっしゃいますが、そうではありません。

「かわいいね」の言葉の奥に「やりたいだけだよ」を読みとかなければなりません。


これを読み解けず、苦労した方は多いと思います。

女性が一回こっきりの後で、彼に連絡したのはきっとゲームに負けた悔しさで「おかわり」させたくて電話をしたのではないかと推測します。

でも、彼らみたいな人には次はありません。


もし行為のあと「行為のあとすぐ帰りたがる」「行為のあと、さっさとシャワーを浴びる」など様子がおかしかったら、まずこう言いましょう。


「もっと満足させてほしかったな。期待はずれ。サイズ感も合わなかった。アタシ大きいのが好き」と。


そういう人には、まず先手を打ってゲームに勝って下さい!


私は帰るときに腹が立っていたので、そのハンプティダンプティに笑顔を5秒くらい向け、声を出さずこう言いました。


「キ・モ・チ・ワ・ル・イ」



口パクです。


ハンプティダンプティがぽかーんとしてる間にニコッと笑ってさっと姿を消しましたが



よくよく考えてみると。



売られてもなく買わなくてもいい勝負に、同じ土俵に上がらなくてもいいのに、酔っ払った勢いで、うっかり乗ってしまって




私もハンプティダンプティになってもうたな。


と朝起きて思ったのです。


神さま
罪なき女に同じだけあなたの愛を







どういうことだろうか。

昨日はびっくりするほどのアクセス数!

タイトルのせいかな。

記事の内容はタイトルと全く関係なかったわね。


でもタイトル通りなのですよ。



ウフフ



さて、あと1ヶ月で45歳になります。
アラフィフ突入な訳です。


長女が産まれた時、ぼんやりと「この子がハタチになるときは45歳なのね」と思ったのを思い出します。



それから約20年
いろんなことあったなー



幼少の頃から今までを振り返ってみてます。


私は小さい頃から人とあまり同じ意見でないので、苦労しました。



友達が少ないのもそこかな。

割と今までから削ぎ落として、お付き合いをしています。


当たり障りのない会話はビジネスだけで十分です。


それ以上無理に付き合う気はありません。



プライベートでは同意も求めないしね。


「私」は「わたし」デス!
勘違いされたらそこまでです!
割り切ったオトナなお付き合いです。



いや!これでもみんなと合わせようと思った時期はあったわよ。


でも頑張り過ぎて40すぎに、感情の器が壊れてしまいました。




いろいろ考えるわけです。



50歳に向かって生きるということは。



何事にも責任がついて回るわけです。
(今までも責任はありましたが)



自分の発言も然り
自分の顔や仕草も


これは大まじめになれということではなく、ユーモアも何もかも責任がついて回るわけです。

いいかげんにやるのも、責任がついて回ることを自覚しなければなりません。


『責任』でガチガチになるのではなく、余裕を持って熟成したオトナを楽しみます。


『責任』がついて回ることによって、関わり方や遊びなどにより深みが増すのだと思ってます。


さてあと1ヶ月!
45歳までのカウントダウン楽しみます。


スケジュールびっしりで嬉しい。
ゆっくり過ごすのもまた、楽しいものです。


神さま
美しい毎日を






昨日は即興演劇のワークショップでした。

今日休暇を取った私は、昼と夜のふたつのクラスに参加しました。

昼は初心者が多く、夜は経験者のクラスでした。


私は『感情を出す』事をテーマにおいて、ワークを受けていたので、理性をすっかり失っていたようです。

昨日は場の雰囲気を悪くしてしまった事に関しては謝罪しましたが、指摘したプレイヤーには謝罪していません。

それはもっともっと気付いて、いいパフォーマンスを見せて欲しいからです。


まぁ、ここでとやかくいうのも嫌なので。


昨日の感想としては、理屈抜きで自由にやっている初心者の方が、心を動かされたと私は思うわけです。


TICくんのわけわからんラップを織り交ぜた即興ミュージカルが、頭から離れません。



私はマイノリティでオルタナティブなのかもしれません。
(使いたかった。覚えたての横文字)



一方で興味深い投稿を目にします。


教育の場で『叱る』『理不尽な制限をする』ことの意味が、どういう事なのかと言うような投稿でした。



私はある人事担当者と話をしたことがあります。


新卒採用において、弱い子強い子たくさんいるけれど、弱い子はすぐわかってしまう。


折れてもいいけど、起き上がる強さを持っている子がいいと、その担当者は言っていました。



私は様々な場面で、折れてしまって起き上がれない人をたくさん見ています。


社会に出て、様々な場面で『怒られる』と言うことをみんな体験します。



話はそれますが、私は二人の娘を育てて育てる上で一番重きを置いたのは『メンタルの強さ』です。


子どもたちが小さい頃は、父親が家にほとんどおらず、私ひとりで父親役も母親役もしました。



二歳くらいの頃から子ども社会の場に、がっつり飛び込ませて揉まれることをまず体験させました。


『思い通りにいかない』と言うことを知って欲しかったのです。


私もかなり辛かったのを覚えています。


特に長女はやんちゃ姫でしたから、私はいろんな人にあやまり、娘がどう悪いことをしているのか、当時の若い私は徹底的に娘をやり込めました。


ただ、ベースは娘を愛してますから、何かあるごとに『抱きしめる』と言うことを根気よく続けました。


娘は少しずつ、いろいろわかってきます。




小学校の頃はとにかく見守りました。
ただ『母は怒ったらこわい』というベースがあったので、娘たちは私に一切都合の悪いことは言わず、娘たちが自分で解決していきました。


小学校、中学校は様々な場面でたくさんの感情が起こります。
それを乗り越えるのは、子どもたちです。

親は見守って『いつもあなたの味方』スタンスでいないといけません。


高校に入ると、バイト社会に入ってきます。
お店の店長やお客さま、様々なクレームにこらえなきゃなりません。

仕事であれば、どんなに理不尽でもこらえなきゃなりません。
若いとなおさら怒られることが多いようです。


私は親として、徹底的にしらんふりしました。
まず自分で解決して欲しかったからです。


娘たちは周りの人に怒られて、徹底して向き合ったことで、社会の場で少しずつ『信頼』を勝ち得ているようです。


やんちゃ姫だった大学生の娘は、最初たくさん怒られた事で、様々な職場ですぐ評価が上がる術を身につけました。



学校など教育の場で、叱ったり制限をしたりするのは、私はひとりの親としては大事なことのひとつでもあるのかと思っています。


ただそこを支える所に『愛』を持って接し、フォローする役割の人間もいないと成り立たないのでは。と思うわけです。



『自由』の反対は『恐怖』と友達は言っていました。
本当にそうだと思います。


ただ社会では『恐怖』であふれかえってます。
私も仕事で、人から感情的になって怒られたりと様々な『恐怖』を味わっています。


ただそこにどう起き上がれるかと言うことを、娘たちには知って欲しいのです。


そこのベースはやはり、幼少期の『抱きしめる』という行為だったのかなと、娘たちが大きくなってから実感するわけです。



私は様々な場面で『恐怖』に立ち向かう人を見ています。
実際には出来ませんが、『心で抱きしめる』にはどうしたらいいかを考えて会話をしたりするわけです。


友達の投稿はかなり根が深いのです。
子どもたちや私たちがどう自由に自分を伸ばして『恐怖』に立ち向かうか。
やっぱりそこは親が責任を持ってサポートしないといけないと思ったわけです。


タイトルとは話がそれましたが、打たれ弱くても起き上がる強さも持たなきゃ行けないわけです。


そんなわけで


神さま
私に心の強さと弱さを



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私の大好きなブグローの絵。


演劇停止解除から1ヶ月ちょい経ちます。


それから様々な変化がありました。


私は趣味の演劇を通じて、これから生きる上で何かを学んでいるように感じました。


娘たちのこと、仕事のこと、関わる人のこと。


それぞれに想いがあります。


ここで読んでくださっている方は、私のまる裸の部分なので、受け取るのも様々だと思っています。


ここでは仕事でのペルソナを剥がし『のぶ』の仮面を被っているわけです。


そんなこんなを思い、今日は即興演劇のワークショップ。


とにかくとことん楽しみます。


夢中でやってしまうと、解離してしまうことに気付いたので、いまはとにかく相手の言葉で『感情を変化させる』事に集中してます。


思考は外して。
ただただ、相手に身を委ねるばかりです。


私はわたしで
わたしは私


なのです。


神の言葉は一切受け付けません。



でも


神さま
今日の私を見ていてください。
あなたなしで『愛』で溢れさせます。
本当の夜明けが始まりました。
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「山口小夜子 未来を着る人」を観てきました。


彗星のように現れた山口小夜子の幼少期から晩年まで、じっくりと観てきました。





パリ・コレクションの頃の小夜子は「服や素材を表現」していることに徹底していました。



内側からくるその表現にかなり魅了されました。

ここで彼女の「謎」めいた「謎」を発見します。






1973年から1986年まで資生堂のモデルとしていた小夜子も存分に観てきました。



『日本の美』について徹底的に個性的に表現していました。

ここで小夜子は一般にも有名になります。

どこかマニアな感じがしたのに、当時の資生堂がぐんと伸びたのは彼女無しでは語れません。

「謎」です。






その後はひとりの表現者として活躍します。


寺山修司の舞台や様々な活動をしていきました。

『月 小夜子/山海塾』ではアンダーグラウンドの中の一輪の華として、わかりやすく写真で表現。

様々な活躍をしていき、晩年は若い世代の表現者たちと、ファッション・音楽・映像・演劇・朗読パフォーマンス・ダンスなど、新しいもの、オルタナティブなものに対する強い感受性を持ち、積極的に活動しました。


彼女の彗星のように現れた頃から変わらない創作活動に「謎」が生まれました。





外見的なこと、内側からくること、技術的なこと、様々なことに対してかなりの執着を感じました。


自分をかなり持った方でした。




彼女の全ての「謎」に私は答えを知りたくなりました。

でもこれは答えはありません。


彼女はこう言っていたようです。

「真理を考えている時間が一番好きなの」と。


私はここに答えがつまっているのだと感じました。

いまどきオルタナティブですね。
でも古いメインストリームこそが、未来のメインストリームだったりするかもしれません。

彼女のブレない姿勢もそこだったりするかもしれないとも思いました。

良かった。
素晴らしい女性でした。
彼女を越える人はなかなかいないでしょう。


明日までやっています。
観ていない方はぜひ。

SAYOKOワールドへ。