昨日は即興演劇のワークショップでした。

今日休暇を取った私は、昼と夜のふたつのクラスに参加しました。

昼は初心者が多く、夜は経験者のクラスでした。


私は『感情を出す』事をテーマにおいて、ワークを受けていたので、理性をすっかり失っていたようです。

昨日は場の雰囲気を悪くしてしまった事に関しては謝罪しましたが、指摘したプレイヤーには謝罪していません。

それはもっともっと気付いて、いいパフォーマンスを見せて欲しいからです。


まぁ、ここでとやかくいうのも嫌なので。


昨日の感想としては、理屈抜きで自由にやっている初心者の方が、心を動かされたと私は思うわけです。


TICくんのわけわからんラップを織り交ぜた即興ミュージカルが、頭から離れません。



私はマイノリティでオルタナティブなのかもしれません。
(使いたかった。覚えたての横文字)



一方で興味深い投稿を目にします。


教育の場で『叱る』『理不尽な制限をする』ことの意味が、どういう事なのかと言うような投稿でした。



私はある人事担当者と話をしたことがあります。


新卒採用において、弱い子強い子たくさんいるけれど、弱い子はすぐわかってしまう。


折れてもいいけど、起き上がる強さを持っている子がいいと、その担当者は言っていました。



私は様々な場面で、折れてしまって起き上がれない人をたくさん見ています。


社会に出て、様々な場面で『怒られる』と言うことをみんな体験します。



話はそれますが、私は二人の娘を育てて育てる上で一番重きを置いたのは『メンタルの強さ』です。


子どもたちが小さい頃は、父親が家にほとんどおらず、私ひとりで父親役も母親役もしました。



二歳くらいの頃から子ども社会の場に、がっつり飛び込ませて揉まれることをまず体験させました。


『思い通りにいかない』と言うことを知って欲しかったのです。


私もかなり辛かったのを覚えています。


特に長女はやんちゃ姫でしたから、私はいろんな人にあやまり、娘がどう悪いことをしているのか、当時の若い私は徹底的に娘をやり込めました。


ただ、ベースは娘を愛してますから、何かあるごとに『抱きしめる』と言うことを根気よく続けました。


娘は少しずつ、いろいろわかってきます。




小学校の頃はとにかく見守りました。
ただ『母は怒ったらこわい』というベースがあったので、娘たちは私に一切都合の悪いことは言わず、娘たちが自分で解決していきました。


小学校、中学校は様々な場面でたくさんの感情が起こります。
それを乗り越えるのは、子どもたちです。

親は見守って『いつもあなたの味方』スタンスでいないといけません。


高校に入ると、バイト社会に入ってきます。
お店の店長やお客さま、様々なクレームにこらえなきゃなりません。

仕事であれば、どんなに理不尽でもこらえなきゃなりません。
若いとなおさら怒られることが多いようです。


私は親として、徹底的にしらんふりしました。
まず自分で解決して欲しかったからです。


娘たちは周りの人に怒られて、徹底して向き合ったことで、社会の場で少しずつ『信頼』を勝ち得ているようです。


やんちゃ姫だった大学生の娘は、最初たくさん怒られた事で、様々な職場ですぐ評価が上がる術を身につけました。



学校など教育の場で、叱ったり制限をしたりするのは、私はひとりの親としては大事なことのひとつでもあるのかと思っています。


ただそこを支える所に『愛』を持って接し、フォローする役割の人間もいないと成り立たないのでは。と思うわけです。



『自由』の反対は『恐怖』と友達は言っていました。
本当にそうだと思います。


ただ社会では『恐怖』であふれかえってます。
私も仕事で、人から感情的になって怒られたりと様々な『恐怖』を味わっています。


ただそこにどう起き上がれるかと言うことを、娘たちには知って欲しいのです。


そこのベースはやはり、幼少期の『抱きしめる』という行為だったのかなと、娘たちが大きくなってから実感するわけです。



私は様々な場面で『恐怖』に立ち向かう人を見ています。
実際には出来ませんが、『心で抱きしめる』にはどうしたらいいかを考えて会話をしたりするわけです。


友達の投稿はかなり根が深いのです。
子どもたちや私たちがどう自由に自分を伸ばして『恐怖』に立ち向かうか。
やっぱりそこは親が責任を持ってサポートしないといけないと思ったわけです。


タイトルとは話がそれましたが、打たれ弱くても起き上がる強さも持たなきゃ行けないわけです。


そんなわけで


神さま
私に心の強さと弱さを